1-21-3 スレクラ(貧乏人の船)
「回転砲塔の数が増やす?何を言っているのだ、君は?」
「いや、よく見ろ、十分に設置できるスペースと、エネルギー容量がある。これだけ増やせば、敵は対処できなくなる。更に素晴らしいことは、標準設計から逸脱していないのだ」
今までの船体の大きさであれば、回転駆動部の為の空間を必要とする回転砲塔は採用されるはずはなかったし、エネルギー事情を圧迫する他砲塔化も許されなかったが、大型化により膨大な空間余剰を得てしまった船は、新しいジェネレーターの設置や、砲塔の設置空間を許容してしまった。
相手より攻撃回数を増やすために砲塔を増加させるために大型化し、大型化によって余剰空間が産まれ、搭載ジェネレーター数が増加した。
その結果、シールドが強化され、その強化されたシールドに過負荷を与えるために砲塔を増加させるために更に艦を大型にと際限のない大型化競争が始まった。
回転砲塔が増えるに従って、如何にエネルギーの減衰が少ない距離で畳みかける様に攻撃できるか、相手のシールドに連続的に負荷を与え続けられるかが重要になってきた。減衰を少ない、近接距離戦闘になっていくのは自明の理だった。
どれだけ高出力を維持できるかが、死命の分かれ目になった。その結果、機動力より出力増強が望まれ、ジェネレーターを多数設置するために軍艦は更に大型化していった。
元々、高機動とは言えない豪華客船や移民船をルーツに持つ戦列艦は更に機動性の無い軍艦へと姿を変えていった。
際限のない大型化は、使われない余剰空間も産み出していた。如何に余剰空間が当たり前と考える彼等でさえ、行き過ぎた余剰に何かを入れられないかと考えだすのは自然の流れだった。
「回転砲塔を追加するべきではないか?」
「いや、それはジェネレーターの更なる増加を意味し、本末転倒だ」
「ミサイルでも入れるか?いや、ミサイル等いれても役に立たんな」
「そういえば、最近小型機による連続攻撃によって、敵艦のジェネレーターに負荷を生じさせ、ジェネレーター強度を低下させるという話があるな」
「小型機?よせよせ、あんな殆どシールドもない機体なんて誰が操縦するんだ?兵の無駄だろう?」
「いや、下層民の口減らしと考えれば……そうだな、軍功をあげれば上級市民になれるとでもすれば、増えすぎた下層民から志願も増える。死んだとしてもどうせ下層民だ惜しくはない」
「ふむ……悪くないな。上申してみるか」
最初は余剰空間の有効利用としか考えていなかった小型機だが、
艦隊戦の前に、多数の攻撃機による攻撃でシールド負荷を上昇させるとともに、シールドの薄い部分を破壊しダメージを与える。
相手の射撃管制に混乱を生じさせる小型攻撃機の活用は、連合各種族に浸透していった。
数が多ければ多いほど、相手の射撃管制を混乱させられるのだが、小型攻撃機は自前のシールドを持たないため損耗率が高かった。
「搭載機数を増やせばよいだろう?どうせ下層市民だ、腐る程いる」
更に多数の小型機攻撃機を搭載するために、艦は大型化し、大型戦艦空母の様な、鈍重だが出力の有る戦列艦が標準となっていった。
テランが連合に加盟した頃の宇宙戦争は、遠い視認不可能な距離から狙撃して一瞬で終わる様な宇宙戦争では無く、前哨戦で小型機での応酬を行った後に、戦列艦が近接距離から殴り合う、大航海時代の帆船同士が近距離で大砲を撃ち合うのと大差のない世界だった。
大型化した戦列艦の搭乗人員数は、1隻あたり5000人近くを擁するのが当たり前になっていた。
そのため、大型戦列艦は人口規模も、資源も余裕のある列強種族以外は、各種族1~2隻あれば良い方だった。
限られた資源と時間で移民船、軍備を整え、2足歩行型VOAと列強種族の両方に対処しなければならない。資源も、人的リソースも、時間も限られているテランに、こんな建艦競争に付き合う余裕は欠片も無かった。
VOAと列強種族と言う2つの脅威に対して後が無いと考えたテランは、単位当たりの投入資源量の削減による配備数の増加と、投入工数の削減による工期削減という、最も簡単な効率化を行うことにした。
先ず設置スペースの余裕を削減し、余剰空間を少なくした。マシナーのエンジニアは、問題発生の可能性を指摘したが、何も問題は起きなかった。
「資源と建造期間を、更に何で削減したらよいのか……」
「やはり、ジェネレーターの小型化に臨むしかないのではないか?ジェネレーターの小型化は資源の大幅削減につながるぞ?」
「だけど誰も、どの種族もそれに臨んだことはないのでしょう?無駄な挑戦をしている時間はないのよ?」
「いや、誰も挑戦しなかったではなく、誰も思いつかなかったじゃないのか?連合の船に対する考え方を見ると、そうとしか思えないのだが?」
「確かに……、理解の範疇を超える使い方をしているからな」
「先ずは簡単な無駄な空間の削除を始めましょうよ。これだけでも資源が節約できるし、建造期間も短くなるはずよ。時間が勝負でしょ?スレクラ達が気づく前にある程度の軍備を増強しなければならないのよ?先ずは出来る事からが先よ」
「そうだな、先ずは空間だ、ジェネレーターはその次いや、ジェネレーターの件は、お前の班が専任でやってくれ」
「いいのか?!」
「良いも、悪いもないよ。出来る事は今の内にやるべきだ。もし……もし仮にジェネレーターが小型化出来てみろ!俺達は生き残れる!列強に滅ぼされるかと怯えなくて済むようになる!」
あのオンラインゲームが現実世界となった時に、マシナー達から提供された航宙船は、基幹部分は最新だが、船内空間が狭く装飾の無い船だった。連合の中では貧乏人の船と呼ばれる類の物だった。
「無駄だらけ過ぎて、何から削って良いのか分からないくらいよ、これで貧乏人の船って言うのだから意味が分からないよ……」
「もうこれは、基本設計を変えた方が早いのでは?」
「そうね、これは基本設計思想を変えた方が早いわね。わかったマシナーとの打ち合わせを直ぐに、そうね2時間後に設定するね」
下手に最新型の航宙船をテランに供給すると、それを理由に列強種族達からの横やりが入る可能性が大きかった。それを避けるため、マシナー達は忸怩たる思いを抱えつつも貧乏人の船をテランに提供していた。
航宙船を提供された当のテランは、全く貧乏な船とは思っていなかった。テラン基準でみれば、提供された航宙船でさえ十分に贅沢だったし、連合各種族の軍艦は贅沢を通り越した無駄の極みどころか、理解の範疇を超えた船だった。
「空間削除の為に基本設計を変える?何を考えているのでしょうか?我々が貧乏人の船しか提供できなかったことへの抗議なのでしょうか?」
「何を馬鹿な事を言っているの?私達テランからすれば、貴方達マシナーの船は、無駄な空間が多すぎるの。これ以上小手先で減らせないから、基本設計をかえるしかないの」
空間の無駄だけではなかった。軍艦なのに装飾照明が設置されていた。それだけならまだしも、可燃物を嫌うテランからすれば、ダメージコントロールに真っ向から喧嘩を売っているような、狂気の沙汰にしか思えない絨毯引きの艦内通路。
「艦内生活にも潤いが必要です、なので装飾は必須でしょう?」
「旅客船や、余裕のある母船じゃあるまいし、戦闘艦にそんなもんは必要ない!娯楽ルームがあれば十分!」
「ならば、階級別の娯楽ルームを……」
「待った!階級別なんかいらない、共通の娯楽ルームで十分なんだ!」
「でもそれでは、階級差の示しが付かないと言われますが?」
「そんなもの生ごみと一緒に捨ててしまえ!」
客船ならば船室等級で異なる食堂やラウンジがあるのは不思議ではないが、軍艦にすらそれら階級別の設備が、階級別の厨房設備とセットで設けられていた。
我々テランの船では、食堂や浴室に階級差はなく共用となっている。当初は階級別とうい話もあったが、その資源、その工程すら無駄と判断された。その工程で軍艦か移民船が作れるかもしれない。それが全てだった。
「厨房は共通が一か所あればいいわ、階級別の厨房なんて要らない」
「しかし、それが普通でしょう!?」
「何度も言うわよ、私達テランからしたら、無駄なの。私達は無駄な物に資源も、時間も掛ける余裕なんてないの。時間が経てば経つほど、列強種族がやってくる可能性が大きくなるのよ!」
「本当に、階級別の糧食設備無くすのですか?!」
「当たり前でしょう?共通で十分よ。減らした資源で、船が1隻増やせるかもしれないのよ?無駄は削るの。いいから削った設計にして」
中には、階級別の設備を強く望んだ士官も居たが、全て短期間で退役に追い込まれた。VOAだけではなく、列強種族に対する人類の存亡の危機であるのに、作業工数を増加させるような自己満足のエリート主義者は害悪だったのだ。
スレクラの設備からの遺体回収が知られていくに従って、エリート主義者の事故損耗率が上昇したのは偶然である。
余談だが、テラ惑星内での海軍では、1週間の区切りをつけるために特定の曜日に特定の料理を出す習慣があった。日本地区の海軍が採用していたカレーが、その理由は不明であるが、今もテラ軍の伝統として受け継がれている。
「ジェネレーターを分散配置している理由が分からない?」
「ああ、誰に聞いても、どの資料をみても分離配置する理由が書いてない。それどころか、それが常識とか、総設計図にかいてあるからで話しが終わる」
「これは……誰も疑問に思っていない?」
「ああ、それが濃厚だな。試しにジェネレーターの配置間隔を短くしてみたが、何の問題も起きなかった。可能性の話だが、ジェネレーターの小型化も可能かもしれない」
最初に無駄な空間を削ることで艦形はスリムになり、エネルギー消費の低下により、必要ジェネレーター数を削減した。
無駄な装飾品を徹底的に排除して死荷重を無くすことでジェネレーター数を更に削減して、艦形をスリムにした。
「こんなにも資源が削減できるのですね……」
「いや、これをやらなかった貴方達に私達は驚いているよ……なんで誰もやらなかったの?」
「なんで、と言われても?何故なのでしょうか?」




