1-7 名もなき兵士
2019/01/05 若干内容を修正しました。
――街の風景を目にしないで済む、この場所は大好きだ。けれど、自分が人から外れていくのを思い知らされる、ここに居るのは大嫌いだ。――
「今日は三回目のVR訓練となります。さて、少しばかりおさらいをしましょう。深淵の尖兵VOA。 Variant of Abyssの略ですね。 皆さんもご存じの通り、我々テランは勿論、連合の不倶戴天の敵です。テラン以外の種族が、我々テランを見たときに、テランは、気がどうにかなったのかと思われる速度と意気込みで、同族のみならず連合各種族を、広大な銀河宇宙に播種する原因ですね」
「さて、VOAが我々テランに知られたのは、何時、何処でしょうか?」
『韓国と言われていた場所では?』
『いや、中国じゃない?』
『え?やっぱりARISが最初に拠点を置いた、日本でしょ?』
『アメリカとか、フランスとかの欧米と言われた所じゃなかったっけ?』
「皆さん外れです。質問を良く聞いて下さいね?最初に現れたではなくて、最初に知られた場所は?です」
『最初に知られたのは、先ほどの国とは違うのでしょうか?』
「ええ、違います。最初に我々テランがVOAを知ったのは、当時の地球でプレイされていたオンラインゲーム「Beyond of the Boundary~境界の彼方」 で敵対勢力として知りました」
『あっ!授業でならった!そう!ゲームだよ、ゲームっ!』
「はい。ゲームでした。そのゲームの中の敵が、現実世界に現れたのです。当時の人達は、それは驚き、恐怖したと言われています。当時の地球には、皆さんが小学生の頃から講習が義務付けられている対VOA避難訓練の様なものはありませんでした」
『えっ?あの当時は、避難訓練は無かったのでしょうか?』
「いえいえ、天災例えば地震等や火災等に対する避難訓練は実施されていましたよ。けれど、VOAはその想定外でした。いきなりVOAと対峙したため、最初の頃は、その姿に慄き、立ち竦み、刈られていく人達が多かったのですが、ARISの稼働率向上と反比例して、被害者数は激減したと言われています」
『先ほどのオンラインゲームは、訓練ではないのですか?』
「残念ですが違います。先ほどのオンラインゲームは、あくまでもゲームでした。そして、今の皆さんには信じられないかもしれませんが、二次元でした」
『え?! 二次元!?バーチャルでも、3Dでもなくて二次元?!』
「ええ、二次元です、装着型VRでも没入型VRでもありません。当時の技術では、その様なものは存在しませんでしたから。さて、今日、皆さんが受講されるのは、VOAと暴徒が同時発生した場合の対処方法です。今回はVOAに攻撃可能なシナリオを、没入型VRで受講してもらいます」
『おおぉ。最新型の没入型VRっ!高校生になったら出来るから、楽しみにしていたんだよね、やりたかったぁっ!』
「楽しみだったのですか?訓練の後も、同じことが言えたら良いですねぇ。何しろ今日は、ARISの個人兵装ではなく、当時の地球で一般的だった個人兵装しか使えません。更に、訓練されたARISとしての動きではなく、皆さんの現在のレベルと同等の動きしかできません」
『えーっ、訓練されたレベルじゃなくて、今の体力のままぁ?』
「訓練されたARISの動きが体験できると思っていたのに、残念だと思う気持ちは理解出来ます。けれど今回は、先ずは、今の自分で経験してもらうのが目的なので、我慢して下さいね?」
『うぇぇ今回は違うのかぁ……』
「訓練されたARISのレベルは別の回で経験できますから、それまで我慢してくださいね。さて、今回のは、ともかくきついですよぉ?訓練の後の皆さんの顔を見るのが楽しみです。この初回訓練は、VOAの発生がどれほどの恐怖であったかを、味わってもらうのが目的となっています。また、一部の星系は、なぜ立ち入りが制限されているのか?連合各種族が入植している筈なのに、VOAが大量に発生し、立入制限地区なのか?その星系への技術移転が、なぜ制限されているのか?の理由を考えてもらうためでもあります」
『あの……何か凄く怖いんですけど、その……現実を知って貰う重要な訓練だから、今日はこんな全身タイツみたいな特殊スーツを着て、VR装置に入るのでしょうか?だから今日は、朝食が無かったのでしょうか?』
「おや?良く気付きましたね。でも、ちょっと、気づくのが手遅れな感じですけどね。でも、終わったら食事はできますよ?出・来・れ・ば、ですけれど。今から辞退するのは、無理ですよ?辞退しても、後日受け直さなければなりませんから。ええ、この特殊VR講習は、必修講習ですからね。ほらほら、そんなに悲壮な顔をしないで。ダイブ時間は30分程度ですからね。では、2時間後にまた会いましょう。皆さんの頑張りを期待します」
『……』
「お疲れ様でした。シャワーも浴びてリフレッシュした割には……皆さん酷い顔をしていますねぇ。ええ、ええ、大抵は皆さんの様になりますので、気にしていませんよ」
『――が、もっと巧く出来た筈と思うと』
「何もできなかった、こんなはずじゃなかったですか?落ち込まないで大丈夫ですよ、皆さん同じ様なものですから。ところで、当時の兵装はどうでしたか?」
『遠距離だと、小銃が全くVOAに効かなかったし、殆ど弾かれて、近距離でやっと、VOAが倒せるようになるけど、そしたら……VOAが目の前で、逃げ切れなくて……』
「怖かったですか?でも、皆さんは未だ良いんですよ?没入型VRですから、何度も死に戻りが出来たでしょう?でも、当時の地球の兵士や警察官は、死ねば終わりだったのですよ?VOAを前にした彼等の絶望感が分かりましたか?」
『こんな状況で、彼等は戦えたのですか?』
「はい、一部を除いて、彼等の殆どは勇敢でした。敵わぬ武器でVOAに対峙し市民を守り、逃がしたのですから。『我の後ろに敵は居らず、我の後ろは無辜の民』これを、身をもって行ったのです。ところで初期にVOAの被害が多かったのはどこでしょうか?」
『半島国家が一番の筈です、だって封鎖地域になったくらいだから。あれ?違ったっけ?』
「その理解はまぁ、おおむね外れではありませんが、正しくはありません。当時の地球の大都市、その一部で満遍なく発生しています。半島国家だけが発生頻度が大きかった、というのは間違った知識です。後で、試験で困りますから、早めにその知識は修正しておきましょうね」
「さて、VOAの発生原因を覚えていますか?」
『負の感情が高い人や地域で、発生が増えます』
「より正確に言えば、VOAはAbyss Coreが発生した場所に近い場所に、負の感情が大きい人達が多く居る場合に発生し易くなります。例えれば、ファンタジーゲームのダンジョンコアみたいなものですね」
「ところで、今回のVR講習で、VOA以外に困った事はありませんでしたか?」
『暴徒が発生して、VOAとの混戦になるし、誰が暴徒で、誰が難民か分からないし、難民だったのが暴徒になるし、軍隊や警察がいきなり襲ってくるし、意味が分からなかったです』
「意味が分からないと言われましたが、今回の講習では、壊乱し市民を見捨て、先に逃げた一部の国で起きた実際のケースも、体験してもらっています。本当に、あったことなんですよ?」
『えっ!?さっき、兵士や警察官は英雄と言わなかったですか?』
「ええ、言いましたよ。一部を除いて、殆どの警察官や兵士は英雄だったと。残念ながら一部の国では、警察官や兵士の一部が、賊化した場所もあります」
「VOAの発生を原因とした、二次的要因による治安の悪化。これを先ず知ること、経験することが今回の目的です。今から、当時のARISの再現記録を見てもらいます。時期的にはVOA発生から半年を過ぎ、大量送還が始まりだす時期ですね。内容的に若干厳しいものもありますが、これが現実だったのです。質問があれば、見ている途中でもして下さいね」
~あるARISの記録~
誰かが置いたのか?突如そこに発生したのか?それは誰も分からない。VOA発生原因でもあるAbyss Coreが胎動しだしたのは、重慶、ソウル、釜山、東京、ブリスベーン、シカゴ、ケベック、ロンドン、パリ、ウィーン、モスクワの街角にある古い雑居ビルや、寂れた建物の地下や、物置等の中だった。
VOAが初めて発生したのは、中国と北朝鮮国境の近くの自治地区又は、ソウルだと言われている。今となっては誰も気にしない、どうでも良い話だ。
中国は、自国に発生したAbyss Coreを、複数の戦術核で街ごと吹き飛ばした。退避中の戦術核ミサイル搭載車両が暴発したと、中国政府は言っているけれど誰も信じちゃいない。綺麗に東西南北そして中心の五点で同時に起爆しておいて何を言うのやら。
まあ、誰も突っ込まない。いや、放射性降下物が来るかもしれない我が国を含めた周辺国は抗議をした。ジャイアンな赤い大陸は、全く聞いてはいなかったけれど。
雨で落とされ余り飛散しなかったのか、さほど周辺国に放射性降下物は降ってこなかった。更に想定より放射線量が著しく低く、その抗議もと沈静化してしまった。マスコミは線量の単位を変えてあの手この手で危機を煽ろうとしたけど、誰も乗らなかった。そりゃそうだ、何度も同じ手で騙されるのは、馬鹿だけだ。
得られたこともある。この吹き飛ばし事件とシカゴ殲滅戦を比較できたことで、Abyss Coreを破壊すると、VOAの発生が止まる事が判明したのは怪我の功名かもしれない。
東京でVOAは、発生しなかった。その代わりなのか、後日、変異種が大量発生する事になったが、VOAも変異種も両方発生していた他国に比べれば幸せな方だ。
変異種の移送は、大変だったと聞いている。捕縛して、封鎖地域に送り込むために、異性同士の変異種を一緒に輸送しようとすると、輸送中の檻ですぐさま繁殖行動に移る。そして汚しまくる。輸送後の掃除をあきらめて、空ユニットをその場で捨ててくるのが頻発したらしい。
半島は、種類の異なるVOAの多発的な発生。一部国民の、短期間で変異種へ変貌。VOAに対処していた軍、警察の壊滅と壊乱。それと並行して起きた、治安機構の崩壊。これが全て、同時並列で進行してしまった。
壊滅とは、文字通り市民を守って、軍と警察の一部が壊滅した。壊滅した軍と警察の、名もなき兵士達と警察官、婦警達は英雄だった。彼等は、逃げなかった。最後の一人になるまで、市民を守る盾となった。
米軍に聞いた話だが、場所によっては体育館の出入り口前で、鉄パイプ流用の槍を小型VOAに刺したまま息絶えた亡骸が、そんな亡骸が多数あった現場もあったそうだ。その体育館の中は……小さな子供の遺体ばかりで、見つけた米軍兵士のカウンセリングが大変だったらしい。
子供の遺体は、堪えるからな。
壊乱とは、壊乱した警察や軍の一部が、略奪者に変貌したためだ。そこになぜか壊乱した北部の軍が合流、混乱に拍車がかかり制御不能に。
名もなき英雄達が、市民を守ろうとしている横で略奪暴行に勤しんでいた。英雄達が消滅した状況で、略奪者に変貌した者だけが残るのだ、そりゃ、治安が崩壊するのは、当たり前だ。
我々の常識を彼等に当てはめても、無駄だ。常識が通じない場所、それがこの場所だ。
常識が崩れ去ったお陰で、最初の頃、ARISによる、毎夜のVOA掃討戦のみだけだった計画が、今では、米軍基地を、南北の軍と警察であった集団を主体とした野盗と暴徒から防衛しつつ、米軍及び米軍族の撤退の支援を優先している。
VOAはどうした?ああ、基地に来なければ、放置する事となっている。VOA駆除のための、間接的な国家支援の名目はどうした?そんなもの、前の週に生ごみと一緒に捨てられている。
それ以前に、南北の軍・警察を主体とした、野盗と暴徒って何だって?聞かれる此方も困る質問だな、それは。
防衛戦が失敗に終わった後、時を同じくして北から流れ込んできた難民と、南の軍と警察が合体して野盗や暴徒になってしまった。そこからは、混乱の渦。米軍基地を防衛できたのが、奇跡だった。




