1-21 廃墟の月夜 その3(英雄願望)
フェイスプレートに警告表示。奴等が来たのね。
「音を検知。擦過音。多い。VOAと思われる各員警戒」
あらあら、新人達が浮ついちゃった。落ち着かせないとね。
「周囲に注意して。VOAの可能性がある。慌てないで回りを注意深くみる事。大丈夫、基地にちゃんと帰れるから」
「は・はいっ!」
ああもぉ……新人達は、がちがちになっている。そりゃまぁそうだよね。初めての実戦が闇夜の廃墟でVOAとの遭遇戦だしね。でもねVOAよりも奴等の方が厄介なのよ。装備とかを持っていかれる訳にもいかないし、テルミット用意しておかないと。
「離れるな、はぐれるな。大丈夫慌てない。慌てず、急げ。だけど走るな。音を出すな」
「擦過音近づく。このままだと遭遇する」
「おちついて、安全装置の解除を確認。何時でも発砲出来る様にして!馬kじゃなくて、ヒロっ!おいヒロッ!聞いているの?!」
「はっはい!何でしょうか!」
「馬鹿!銃をこっち向けて話すな!安全装置ちゃんとかけている?!」
「外すんでしょうか?!」
「違う!外さない!ギリギリまで安全装置はかけておく!」
何度言っても、銃口を人に向けたまま話をしようをとする。そんな危ないあなたに、最初から安全装置を解除させておくわけがないでしょうに。それ以前に誰も、あなただけが安全装置をかけたままにしている事に異議を唱えない事に気が付きなさいよ。
「擦過音、複数方向。左右から近づく。右側近い」
なんでまた複数方向からくるかなぁ?馬鹿は……
「右方向まだ視認せず!」
あらま、ちゃんとしている。危機になると出来る子だったのかな?
「1小隊は左、2小隊は右、配置について!遮蔽物と退路を確認!慌てない!横の仲間を確認するっ!撤収時は見捨てるな!」
で、あの馬鹿は何処?!何やっているのよ、あの子はっ!なんで、1人でそんな場所に突っ立っているの!
「右側 み・見えたっ! あ・あ・安全装置解除!発砲用意良し!」
ああもうっ!馬鹿の割には、ちゃんと訓練通りやってるけど、そこに1人で居たらこっちが何も出来ないでしょうに!馬鹿じゃないの、あの子はっ!
「ヒロっ!何時までそこに居るの!こっちに戻ってきなさい!2小隊発砲待てっ!ヒロっ早くっ!馬鹿っ!銃口をこっちに向けるな!何回言ったら判るの!」
やっぱり駄目な子だ……。何を右往左往しているの。立ち竦んでいたら駄目でしょう?
「うわぁぁぁっ!来るなっ!来るなぁっ!死ねっ!死ねっ!死ねぇっ!」
乱射したら弾かれるのが多くなって、反対に駄目だって教えたよね?なんでちゃんと撃たないの?接敵が近すぎたら、味方の方向に下がりながら撃ちなさいって教えたよね?
「2小隊!援護!ヒロッに当てるな!よく狙って撃て!ヒロっ!下がれ!伏せろ!ヒロッ!」
なんで伏せないのよ!あの子は!馬鹿は本当に最後まで馬鹿?!
畜生!畜生!なんで俺が居る方のVOAがこんなに多いんだよ!なんでこんなに!
「おらぁっ!死ねっ!この野郎!弾を喰らわせてやるっ!」
なんで、効かないんだ?シミュレーションでは、当たったら斃れたのに、なんで動き続けるんだ?なんで?
「――シミュレーションでは、乱射したら斃れる場合もあるけど、実戦では斃れない場合の方が多い。なので、ちゃんとゆっくり慌てず狙って撃――」
ああ、そうだった!ちゃんと狙わないと斃れないんだ。ちゃんと狙えば斃れる筈なんだ。体の中央を狙って撃つ。当たっている、当たっているぞ!良し!斃した!いいぞ、次は右の奴だ!
「おりゃっ!次はどいつだっ!おぁりゃぁっ!」
良いぞ、良いぞ!どうだ!俺はVOAを斃しているぞ。あのやたらとお小言が多かったベテランの女もこれで黙るぜ。
糞っ!外した。急に広がりやがって、さっき見たいに密集していろよ!いや落ち着け。よく狙えば当たる。俺は強いんだ。こんなVOAなんて一発でやっつけてやる。
「ヒロっ!聞こえてないの?!下がりなさい、さ!が!れ!」
何なのこのVOAの数は……。右側だけで100以上居る。左右併せて300近く?近所に巣でも在るの?!これだけ吐き出せる巣があるとしたら、もっと出てくるじゃない!
新人だけの2小隊じゃ……無理ね。撤退しないと全滅しちゃう。
「ねぇ!」
「分かっている、撤退の準備でしょ?こっちは準備すればすぐ動ける。そっちの2小隊側はどう?」
「1名孤立している。場合によっては……」
「分かった……仕方ないよ。本部に救助要請したけど無理みたい。スレクラ14氏族の施設で兵器級の重力波を感知して、それへの対応が優先されて、それどころじゃないみたい」
このVOAの数、重力波に上腕部のアーマーの残骸……あんの腐れスレクラ!何かやらかしたな。
そんな事よりも、新人達を無事にここから連れて帰らないと。1小隊側は抑え込めているみたいだけど、こちらが崩壊したらそれも駄目になる。
「VOAが散会しだしている。こちらに抜けてくるVOAがあれば、優先的に斃せ!1匹来たぞ!狙え!撃て!よし!良く斃した!まだ、油断するな」
「ヒロがっ!」
目の前で馬鹿がVOAに足払いされて、1回転してから地面に叩き付けられていた。
だから下がれと言ったのに。
大丈夫だ、俺は強い。だから負けない。次はこいつだ。その次はあいつで。あれ?何か近くないか?あれ?何か囲まれてないか俺?
「ぐはぇっ!」
畜生何が?!何でVOAが上に見えるんだ?なんで回りに……なんで?俺は、地面に寝ているんだ?
「ぐぎゃっ!足が!畜生てめぇっ!ぐげっ腕がっ!」
畜生VOAの野郎!槍脚で刺しやがったな!
「ぐあぁぁっ!左腕がっ!」
あれ?なんで?俺は強いんだ。こんな場所でVOAに殺られる訳がないんだ。あれ?なんで胸に槍脚が刺さっているんだ?
仲間?仲間は何どこだ?あ……あそこに見える。助けて……。
ああ……VOAが槍脚を使って、脚を刺し、腕を刺してヒロを地面に縫い付けている。
ヒロは、もう駄目。あれは犠牲者をなぶり殺しにする、なぶり殺し型のVOA。最初の犠牲者を罠にして、助けに行こうとする人間をおびき寄せる狂暴種。
その群に飲み込まれている貴方は駄目ね……。ヒロ、貴方は助からない。フェイスプレートで隠れた貴方は、多分、哀しい目でこちらを見ているのかな?
でもね、もう無理、貴方を助けに行くことは出来ない。私に出来るのは慈悲の1発そして、テルミット。
嫌な役目だな……。
「!!」
「弾幕薄いぞ!撃つ手を止めるな!撃ちながら聞け!覚えておけ!あのタイプのVOAに襲われた場合、今のヒロの様になぶり殺しにされるだけだ。助けに行こうとするな。助けに行けそうに見えるが、それは罠だ。慈悲の1発で楽にしてやるしかない、そして」
「!!」
「テルミットを使って燃やし尽くす。奴等、VOAじゃないぞ?この封鎖地域に住んでいる奴等に装備を奪われないためだ!
遺体を持って帰れない場合は、必ず焼き尽くせ!」
慈悲の1発だけでも酷なのに、焼却処分もセットは、新人には酷だよね。でもね、覚えておきなさい。これが、貴方達が入ってきたARISの世界なの。
あともう一つ、死に戻りが出来るのは今だけ。ここは死ぬ恐怖を訓練する場所。もう少ししたらその死に戻りは無くなるの。しっかり覚えておきなさい。
「第2小隊撤退準備完了。いつでも良し!」
「第1小隊撤退準備良し、交互に後退、第2小隊より下がれ」
「よーし、第2小隊偶数番号はVOAへの射撃を継続、奇数番号20m下がれ!」
送り火の様に燃えている貴方に、後ろ髪を引かれないのは嘘になるけど。今度はちゃんと出来る様になりなさいね?
「第2小隊偶数番号下がれ!後退完了したら第1小隊を援護!」
基地まで遠いなぁ、何人連れて帰ってあげられるのかな……。
ある程度下がったところで、何とか揚陸艇を工面して飛んで来てくれた友人に助けられ、あの馬鹿以外の全員が基地に帰還できた。
溢れ出たVOAは陽が開ければ巣に戻った。どこが巣なのかはまだ探査中らしい。
国に帰る私には関係ないことだし、この封鎖地域がどうなろうが知ったことじゃない。
あの馬鹿は蘇生されたけれど、実戦部隊からは外されるだろう。良くて輸送機のパイロット、悪ければ閉鎖星域の陸上監視部隊に配属かな。
何しろ、あの歪んだヒーロー願望は危険過ぎる。よく考えてみたら名前も英雄だったっけ?とんでもない英雄だったな。
まぁ二度と会うこともないだろうし、次の任地では頑張ってねとしか言えないかな。
それよりも、早く帰国したい。帰国したら、あの街路樹横のオープンカフェで、街行く人達を見ながら、ゆっくりとお茶をしたい。
こんな場所から、早く帰りたい。此処は人が住む場所じゃない。




