1-21 廃墟の月夜 その1(ニセモノ)
月夜は明るくて、そして暗い。
田舎出身の人達を悪く言うつもりはないけど、田舎の人が言う月夜は十分明るいは、都会出身の私からすれば十分過ぎるほどに暗い。
正しく言えば、月夜でも街燈の無いこの場所は、暗くて見通しが悪い。
普段なら、フェイスプレートに投影された蒼い骸骨が、周囲を朧気に照らす。
浸透作戦中の今、蒼い骸骨は消されている。空に浮かぶ月だけが地面を照らす。
月明りの中、かつては街燈や店の灯りが夜を照らす華やかな場所、今は人影もない荒れ果てた場所を急いで、けれど目立たぬように歩く。
頭の上には、透き通った夜空に、妙に明るく見える月が浮かんでる。
VOAと共にここに居る奴等の殆どは、夜の間はVOAに見つからない様に物陰に潜んでいる。少数の者達、昼間の仲間の方がVOAより危険と思う者達か、それとも何か食べられる物や使える物がないかと、競争相手の少ない闇の中を彷徨う者達も居る。
隊伍を組んで歩く私達と出会ってしまった者達は、有無を言わさず物言わぬ骸となる。作戦遂行上の障害となるため、騒がれる前に排除する。彼等をかわいそうだと思う心は、とうの昔に枯れ果てた。
フェイスプレートのお陰で周囲への音漏れを気にせずに会話が出来る。そんな必要もないのに、みんな小声で話し、可能な限り無音を保とうとする。
ときどきフェイスプレートに投影される情報を確認し、前を歩く仲間のハンドサインに注意しつつも、自分でも左右を警戒しながら歩く。たまに誰かが警告を発して皆に注意を促し、立ち止まる。
「まて」
赤外放射かな?音かな?何を検知したのかな。今夜はやたらとセンサーに引っ掛かるものが多い。大抵検知される微かな赤外放射は、炭や何かの燃焼の結果でVOAの出す赤外放射じゃない。
VOAに会わないに越したことはない。こんな封鎖された場所で、ドンパチするのは出来るなら避けたい。VOAとドンパチ始めると、奴等も現れる。それが一番厄介。だから今度も、外れだと良いのに。
ああ、早く帰りたいな。大陸のゴタゴタは終わるそぶりも見えず、続々と国連軍が投入されている。足下を見られ、資源利権と引き換えに国連駐留軍を誘致するのが日常茶飯事。相も変わらず欧米というのはえげつない。日本が大陸や、この封鎖地域みたいにならなくて本当に良かった。
国連駐留軍増加の余波で、大陸に投入されるお目付け役のARISも急増。そのお陰で、封鎖地域での初期訓練のお目付け役が不足。その結果、本来ここに来なくてもよい私達が、大陸に送るには新人過ぎる新人達の御守りのために、こんな場所に居る。本当になんて酷いとばっちり。ああ、早く国に帰りたい。
「音を検知。10時方向」
音……ね。音は色々な情報を持ってくる。何が歩いている。何が居る。そして音は、自分の居場所を相手も教えてしまう。音を立てない様に、そして何時でも発砲出来る様に準備を整える。
ふふっ。笑いがこみあげてきちゃったよ。何時でも発砲出来る様に……か。ひと昔前の私からは想像も出来ない。物騒な人間になったものね。
映画では隠密行動中であっても、戦闘兵は音を立てずにキビキビと動き、何かあればキビキビと集合する。そんなこと出来る訳がない。早く動けばそれなりに音が出るのが、自然の摂理。ゆっくりと確実に慌てずにそして、急げ、音を立てるな、グズグズするな。
「おちついて。急に動かない。ゆっくりと。周りをちゃんとみて集合」
新人達が音を少し出し過ぎるのは仕方ない。それ以外は目立った失敗はしていないし、余り目くじらを立てて萎縮させるのは、本末転倒にしかならいないしね。
後1週間、後少しで御守りシフトも終了する。若干独りよがりの行動で目立つのも居るけど、総じて新人達はちゃんとしている。このまま何もなく過ぎて欲しい。
「VOAの音ではない。生活音?いや救援要請?少し待って」
今夜は他班がこちらの地域に来るとは聞いていないし、出発前のブリーフィングで、行方不明者の情報も聞いていない。
そうなると……、封鎖前の行方不明者の救援要請?男性なら未だしも女性からの場合は……子連れか、妊娠しているか、大抵、救助を求める言葉を譫言の様に話すだけの姿になっている。あの姿は……新人達には荷が重すぎるかもしれない。
行方不明者の家族にとっては、見つけて貰えただけマシなのだろうか?その判断は私にはできない、難し過ぎる。
完全封鎖されてから何度目かの冬が来ようとしている。正直に言えば、絶望的だと思う。この場所で何度も奴等から逃げ延び、冬を過ごし生存し続けていると考えるのは楽観的過ぎる。
行方不明者の家族にすれば諦めきれないだろうけど、それがこの場所での残酷な現実。
私達は、彼等家族に諦めろと言う気も無いし、言う権利もない。私達が出来る事は少ない。音が聞こえれば、私達は一縷の望みに賭けて慎重に調べる。ただそれだけしか出来ない。
「音声は女性。2名。ドローン移動中」
ああ……ああ……落ち着け私。まだ要救助者と決まったわけじゃない。
「ほ・本部に連絡を!」
「まって、落ち着いて。確認するまで全員動くな!静かに!」
「で・でも!女性って!救助って!」
「黙って。まだ確定していないから 黙って」
「でもっ!」
「黙れ。口を塞げ。煩い、黙れ、だまれ、わかった?」
今夜のブリーフィングでも、前に回ってきたレポートでも言われていた事を思い出したのか、予感はしている。新人達と違って、奇跡なんて起きないって思っている。心がカラカラに干乾びているのかも。
「ドローン到着。確認中」
ああ……この間が長いのは酷い状態だからなのか、諦めきれない状態だからなのか、どっちだろう?
この待ち時間に慣れることはない。ほんの数秒しか経っていないはずなのに、数十秒以上も経ったように感じる。新人達には永遠の時間かもしれない。さてと、ちょっと釘を刺しておきますか。
「全員、動くな。待て。分かっているよね?」
はぁ……新人達を抑えるのも大変だわ。これがベテランだけだとこうも気を使わないで良いのに……。さて、次はわざと質問しますかね。
「どの言語?」
「英語と日本語……かな? 一寸待って翻訳中」
「早く本部に!」
「煩いっ!何回言えばわかるの?私は、黙れって言ったよね?馬鹿なのアホなのあなた?言葉が分からないの?あなたが下手に動いてVOAが来たら責任とれるの?それともなに?VOAなんて、ぼくちゃんが一発でやっつけられますぅ~なの?」
「いやちがっ」
「うるさい黙れ。口を開くな。あなたみたいな先走る奴が、仲間を危険にさらす。銃に触るな!この馬鹿!」
はぁ……翻訳中ね。嫌な予感しかしないけどね。
「翻訳内容を確認。ドローン撤収中。ドローン記録は本部へ転送済み」
「ドローン撤収ってどういう ぐあ!」
あ……同期にぶん殴られて、のたうっているし。同期にも嫌われたのね、あの子。のたうっている馬鹿は、もう要注意人物として本部に報告かな。何人かに1人は居るんだよね、あのお馬鹿みたいな正義感馬鹿。
「偽物っていうことで、良いのかな?そういうことなの?」
「うん。偽物だね。日本語か英語で助けてっていうフレーズだけ覚え、そして、夜間偵察している私達か、国連軍に助けてもらおうとする。そんな封鎖地区民が増えているって、ブリーフィングで言っていたけど、その通りだわ」
「あーなんだっけ?一度助けられたら、ばれたって封鎖地域に戻されない。とかなんとかいう噂でそんなことしているんだっけ?馬鹿だよねぇ、何やったって、ばれたら封鎖地域に送り返されるだけなのに」
「偽物とか関係なく、助けを求めているなら!なん ぐえっ」
あ……今度は蹴られているし。駄目だこれは。早めに処置しないと。
さてと。のたうっていた馬鹿も起き上がったし、出発準備しますか。
「ドローン回収したら、再度出発する。準備するように。そこの泥付けた馬鹿。今度何かやったら殺す。脅しじゃなくて殺す。わかった?
独りよがりの正義感を満足したいなら、1人で動いて。
で、どうするの?1人で動くの?ちゃんと私の言うことを聞いて、私達と一緒に行くの?どっち?」
「みなと……みなと一緒に」
「あっそ。じゃぁ大人しく一番前を歩いて。早く準備して。あと銃に安全装置ちゃんとかけて」
「銃に安全装置をかけ」
「煩い黙れ。安全装置かけないなら銃を取り上げようか?銃無しで歩くの?安全装置かかっているだけでしょ?どうするの?」
ま、咄嗟遭遇の時に反撃できないだろうけど、パニックになってこっちに銃向けられるよりマシだし、囮にくらいはなるでしょ。
「よし!停止ーっ!全周警戒!交代で15分ずつ休止」
「あー、休憩だー」
「うあぁ。休みたいのに最初の警戒だぁ……」
肉体疲労より、精神疲労が来ているみたいね。こんな時は馬鹿なミスを起こすから注意しておかないと。
「休むのは良いにしても、銃口を人に向けていないか、地面に接触させていないかちゃんと確認してね」




