1-20-2-13 理不尽な世界)微笑む彼女
ターミナル駅近くのホテル、その地上20階のダイニングレストラン。ひときわ歳の離れた妹だろうか、黒目黒髪の少女が食後のデザートを食べているのを、微笑ましく見つめる兄と姉。
もし俺達の姿がその様に見えているなら、とっとと医者に行け。
歩く災厄、超古代文明が地球に残していった傍迷惑な存在。機密開示レベルが上がれば、彼等の事を知る事になる。
彼等の技術力は我々を遥かに凌駕し、マシナー達が地球に来るより何百年も前から地球に居る。そして、おそらくその超古代文明は、マシナー達が未だにその本拠地を確認出来ない滅亡してしまった創造主。
日本にも居るのではないかと噂にはなっていた。そんな相手と、面と向かって食事を摂りながら打ち合わせ。何の罰ゲームだ、俺が何かしたか?!
「御免なさい。皆さん、同じものになってしまいますが、許してください。お会計は此方で済ませます。何か追加で欲しいものがあったら、気兼ね無く追加オーダーして下さい」
2時間前に指定されたこの会談場所で、我々と彼女が事を起こせば、ホテルと商業施設に居る一般人の犠牲者は1000人は下らず、此処に居る俺達も誰ひとり生きて還れない。彼女は手傷を負ったとしても、逃げ延びるだろう。
何て所を会談場所に指定するのだとも思うが、そりゃそうだ、直ぐに信頼関係なんて出来る訳がない。彼女は我々を完全に信用せず、我々も、店内と店外に制圧チームを配置している、どっちもどっちだ。
先に席についていた彼女は、俺達が向い側に腰かけると、俺達全員分のオーダーを勝手に終えている事を謝罪してきた。畜生……何もかもバレている。
「決行の日は、私が決めます。機密保持のため、前日に連絡します」
「了解した」
世の中は公平じゃない、正直者は何時も割を食う。傲慢な者は、傲慢なまま生き続ける、手を出す相手を間違わなければ。
「最初に3人、残りのひとりは別の日。最初の3人の内、ひとりは私が貰う。残りの2人と後のひとりは彼方達が持って行く。ただし、私が貰ったひとりは、彼方達が射殺した事にする」
「それで構わない。その代わり残り3人の中のひとりについては、他言無用だ」
愚か者は、呪いでもかけられたかの様に、自分の力量を遥かに超えた、触れてはならない相手に手を出す。
別に奴等とその取り巻き達に同情している訳じゃない。奴等の行った事は、糾弾されるべきだし、罪を償わせるべきだ。
散々仲間内で代わる代わる遊び倒しておいて飽きれば捨てる。女が文句を言ってきたら、金で黙らせる。金で黙らないなら、集団で殴り倒し病院送りにする。普通なら警察沙汰だが、賄賂で取り込んだ警察官僚が揉み消す。
今までそれで逃げ切ってきた小悪党共も、今回で終わりだ。奴等は彼女の友人に手を出してしまった。
「では、それでお願いします。ああ、後、あれで、まだ足りますか?」
「はい。十分かと」
「そう……、じゃぁお願いします」
まぁ、そんな馬鹿達の未来なんて、どうでも良い。我々より遥かに進んだ彼女の技術の一部提供と、その対価として年に一度の糧の供給、戸籍を与え、過去の行為を不問とする。残りの話しが終わると、彼女がウェイターを呼び、囁いている。勘弁してくれ……緊張で吐きそうなのに、これ以上は何も入らんぞ……。
「お待たせして御免なさい。とりあえず今日はこんな所で?後は……そうだ、くれぐれも彼女にこの事で接触したり、この事を言わないで下さい。これも含めて約定に反したら……分っていますよね?」
「あ……ああ、十分に理解している」
微笑みながら話しかける彼女の目が、黒から朱い眼に変わった時、死の淵を見たのは気のせいに違いない。彼女が帰る時に立ち上がれなかったのは、腰が抜けていたからじゃない。呆気にとられ、動けなかったという事にしておいてくれ。
「出るのは、私が出てから30分後でお願いしますね」
堂々と背中を見せ去って行った彼女は、店内に居た俺達全員にウィスキーダブル、外に居た20人には、ケーキのお土産を手配していた。
「台風18号はゆっくり北上を続け、未明には首都圏の風雨は弱まる見込みです」
「ま、こんな日もたまには良いんじゃないか?」
珍しく東京に上陸した台風のお陰で、クラブも飲み屋も早じまい。引っ掛ける女すら居やしない。どちらかと言うと風よりも、雨量の方が多い、雨台風なんだから、店を開けけても問題ないだろうに、ああ!面白くない。
雨と言えば、半年ほど前の雨の夜に、誠二の馬鹿が女を刺したっけ。いや、刺したと思ってただけだったな。あの時は、暫くは肝を冷やす羽目になった。結局、俺達の勘違いで、怪我すらさせてなかったけどな。
あの女の騒動のお陰で控えていた合コンを再開しようとしたら、やりサーだの何だのと他大学の奴等にまで言われる様になっていた。お陰で、合コンにやって来る女の数が激減した。
聡は、絶対にあの女が言いふらしてるからだと言うが、証拠が無い。それにあの女に関わるのは御免だ、放っておくのに限る。
サークルの他の奴等はどうだか知らないが、俺には余り関係がない。合コンで遊べないなら、友人達とクラブ等に繰り出し、引っ掛けてくれば良いだけ。
引っ掛けた後は、親父が大学入学祝いとしてくれた、パーティー用にフロア全体を防音室の様にリフォームした最上階フロアを含む、合計3フロアのペントハウスが役に立つ。
ペントハウスのフロアや個室で、夜通し酩酊状態の友人や女達と大騒ぎするのも楽しいが、誰にも邪魔されず手近な女とふたりだけで騒ぐのは最高だ。
眼下の街灯りが、灯りを消した部屋の窓辺を淡く照らす。窓に手をついた女は勿論のこと、その女の背中越しに見下ろす街に居る、将来を夢見て無駄な足掻きをしている貧乏人共を思うと、笑い出しそうになる。
お前等は産まれたときから、その場所なんだ。俺の世界には来れないんだと気づけない奴等が哀れで仕方が無い。妄想等ではなく、俺は普通の奴等とは違う世界に住んでいる。それが証拠に、お前等は大学生の俺が住んでいるこの場所には、一生を掛けても来れないだろう。
たまに何を勘違いしているのか、遊んだ後に文句を言う女が出てくる。少し長く遊んだからといって、簡単に変えの効く遊び道具に過ぎないお前等が、なぜ此方の世界に来れると思うのか。その短絡指向は、呆れる。
愛人にすら、する気の無い玩具と結婚するわけがない。お前等玩具と俺達では生きる世界が違うってのを、なぜ理解できない?
確かに、時には此方側が集団で乱暴に扱ってしまっている時もある。だから、文句を言って来る女達がクレーマーとは一概には言えない。しかし、そんな女達も少し金を渡し、言い聞かせればすぐに黙る。所詮、貧乏人は金の前にひれ伏す。
中にはそれでも、文句を言う女も稀に居る。例えば、この前の奴みたいな、友人と共に押しかけてきた場合は、仲間と一緒に、そいつ等を言い聞かせながらボコボコにすれば黙る。ああ、廻しはしない。まかり間違って、妊娠でもされた事だからな。そんな事よりも、直接的に身体に言い聞かせる方が効果的だ。
糞女が!男に勝てると思ってるのか?!思い出すだけで、また腹が立つ。今回は少しやり過ぎたが、あれだけやれば、もう一度ここに文句を言いに来るなんて思わないだろう。
少し程度なら、親父が懇意にしている警察関係者が揉み消してくれる。正義はどうした?そんな物、金の前には無力だ。所詮、貧乏人は俺達に勝てない。
台風の大雨の中、僅かな手数料欲しさに、俺達の酒と食い物を、こんな時間に配達している配達虫の様に、貧乏人らしく地べたを這いつくばって生きてろっての。
「α1、目的地に到達。なお待機中の突入チームに気づいている模様」
気づいている……フル装備に最新型の光学迷彩の我々に気づいてるとはね。分かってはいたけれど、どれだけ彼女の持つ技術は、我々より進んでいるんだ。
しかし……吸血鬼とはね。そんなものは御伽草子の中だけと思っていたけれど、吸血鬼、正体見たり異星生物とはねぇ。異星生物なんて物は、アホな列強種族やらVOAだけで十分なんだけどな。
「デリバリーですー」
「上がって来て、待ってるよー(おい、凄ぇ可愛い娘だぞ!)」
聞こえてるよ、馬鹿。私も早くエレベーターで上がりたいよ。
人は見かけで簡単に騙される。カメラに映った私を見て油断した獲物の様に、青年と少女であれば、少女の方が危険性が無いと判断して簡単に門を開ける。
「多いので、中まで運びますか?」
「お・おう。お願いするかな」
馬鹿は何処まで行っても馬鹿だ。犯罪被害者になる可能性が大きいので、デリバリーとは言え、女性が男性しか居ない部屋の中まで荷物を運ぶのは在り得ない。
その事に考えに至らないから、奴等は自分達の巣の奥底まで、危険な生き物を招き入れてしまう。
「では、レシートになります」
「デリバリーはこれで終わり?もし食事がまだなら、一緒に食べていかないか?」
「そうですねぇ。この天気なので、デリバリー終われば帰るだけですから」
カメラ越しのデリバリーの娘が可愛いと、女好きの誠二がテンションを上げていたが、確かに可愛い娘だな。誠二の誘いにも満更じゃないみたいだし、酔わせてしまえば皆で遊べるかもな。
「では、少しだけご馳走になりますね」
少し俯いた様な姿勢で、被っているポンチョを脱ぐ彼女の身体は均整が取れていて、期待に胸が膨らむ。
そんな事を思っていると、顔を上げ、朱色の眼で微笑む彼女と目が合った。あれ?いつの間に、彼女はカラコンを入れたのだろう?彼女の眼を見ていると、何故だか吸い込まれそうな気持になる。
微笑む彼女が胸の前で柏手の様に手を叩くと、全ての部屋の灯りが全て消えた。TVの画面、暗闇の中の唯一の光源が彼女を浮き上がらせる。暗闇の中で何故、彼女は笑っているんだろう?
本能が逃げろと言う。だけど足が床に張り付いて動かない。恐怖が大声で叫べと言う。だけど声が出ない。掠れた呼吸音の様な、小さな声しか出ない。理性が彼女から視線を動かせ、動かせられないなら眼を閉じろと言う。だけど視線は縫い付けられた様に動かせない。瞼は閉じることを忘れ、閉じる事が出来ない。




