1-20-2-11 理不尽な世界)朱い目
「警察を呼びますよ?」
ここ暫く、ライブハウスで何度も声をかけられては、お断りをしている男達が居る。女遊びが激しくて有名な、馬鹿坊ちゃん達。バイト先の先輩からも注意する様に言われている人達。
確かに美形で金持ちなのは認める。でも、それだけ。中身が何も無い男に付いていく女とでも思っているのだろうか?本当に、失礼な男達。
断られる未来などは全く想像しておらず、俺の誘いを断らず、当然来るよね?とばかりの自信満々の勘違い笑顔を思い出すと、怖気が走る。
「おい!バイト女!」
中でもひとり、妙に私に絡んでくるのが居て閉口していた。最近は、家の近くの駅にまで出没する様になり、軽いストーカーじゃないのかと思い出していた。
焔も気付いていて、どうにかしようかと言われたけれど、あの娘は極端から極端に走ると思うので、もう少し酷くなったらお願いすると言っておいた。だけど、まさかその男達が、私のアパートの近くまで来るとは思わなかった。
「おい、止めとけって」
腹が立つ!むかっ腹が立つ!何なんだこの女は!少し可愛いと思って調子に乗りやがって!この俺がっ!俺が誘っているのに、ライブハウスで、大勢の前で恥をかかせやがって。
今もそうだ、何が警察を呼びますよだ。俺は犯罪者か?!たかがバイトの貧乏人のくせに、偉そうに!お前の様な奴が俺と同じ空気を吸っているだけで、気分が悪い。何だ?!その呆れた様な目は!?お前は何様だ!
良いことを思いついた。このナイフで脅してやれば、少しは言うこと聞くようになるか?あ?
「おい!この野郎、恥かかせやがって!てめぇの家の場所知ってんだぞ!」
抑えようとする仲間達の手を振り払い、ひとりの酔っ払いが私に近づいて来た。最近、妙に私に絡んで来るので、閉口している男だった。こいつは最近は、家の近くの駅にも出没していて困っていたのに、遂に自宅近くに来るし、自宅も知ってるとなると、もうストーカーと言っても良いと思う。
焔は既に気づいていて、注意する様に言われていたけれど、明日になったら焔に今日の事を話そう。はぁ……言わんこっちゃないって、もの凄く説教してくるだろうなぁ……。そう言えば、用事があるとかで、2週間近く前の、私の長期休みに入った頃から彼女に会って無いな。元気かな、焔。
胸騒ぎがするだけ、ただそれだけ。直感を馬鹿にしてはいけない。時に直感はとてつもない危険から回避させてくれる。
年に一度のあれが来る時期だから、この2週間ほどは彼女と会っていなかった。彼女を襲うつもりはないけれど、万にひとつの可能性が無い訳じゃない。彼女を危険に晒す訳にはいかない。
一昨日、血の糧を得た。だから彼女に会うのは問題は無い。だけど、否応なしに、自分が妖だと見つめ直す羽目になった私は、柄にもなく、落ち込み、引き籠っていた。生きる為とは言え、彼女に顔向けできない事をしている。会いたいけれど、会う踏ん切りがつかない。
そんな心と裏腹に、妙な胸騒ぎがするからだと自分に言い訳をしながら、そろそろバイト帰りで家に着く頃だろうかと、彼女の家の近くまで車で来てしまった。
もし、彼女に見つけられたら、雨だから、車でコンビニに行く途中とでも言うことにしよう。
「この!お高くとまりやがってっ!」
「いっ?!!」
「せ・誠二っ!何やってんだ!馬鹿野郎!」
どうせ、俺様理論の意味不明な事を言っていると思い、聞き流していたら、脇腹が痛い……。何で?血も凄く出てる。……何で?ああ……刺されたんだ私。
人は緊急事態になると、時間が遅く感じるらしい。今の私がそれ。出血する脇腹を押さえ、しゃがみ込んだ私は、逃げる男達を見ながら、ああ……屑ってやっぱり屑なんだ、助けるそぶりも見せやしない。このまま人通りの無い、夜遅くの通りで、ひとり寂しく死ぬのかな。
そんな風に迫り来る死に混乱している私の横に、目を朱く爛々と光らせた焔が現れた。うわぁ……、焔ぁ。あんた、それ、どうやって光らせてんの?
「慧っ!」
車のライトの先の集団は、男達に囲まれている彼女だった。助けなければと思い、車から降りようとした時、ひとりの男が慧を刺した。もう一度、刺そうとしたところを止めた周りの男達は、私が見ているの気づくと、その男と共に、慌てて、停めてあった車に飛び乗り逃げていった。
私は馬鹿だ。引き籠る暇があったなら、彼女の傍に居るべきだったのに。
「しっかりして!しっかりっ!」
「あ……あ……」
「慧!しっかりして!こっちを見て!諦めないで!」
血塗れの世界で生きて来た私を、神様が憐れんでくれたのかもしれない。人を殺める事しか知らない私に、人を守る嬉しさを恵んでくれたのかもしれない。でも、これは無いでしょう?
「ほ・焔……。わた……私」
「慧!私を信じて!絶対に助けてあげるから!少しだけ頑張って!」
最近、慧から、ストーキングされているかもと言われていた。心配する私に、もう少し様子をみてからにするから、極端に走りがちな私は何もしちゃ駄目と言われていたので、何もしていなかった。何て愚か者なのだろう、私は……。ちゃんと護衛していれば、こんな事にならずに済んだのに。
「慧、絶対に助けるから。今だけで良いから、私を信じて」
あの糞野郎を殺すのは後!先ずは慧を助けるのが先。救急車を呼んでも、数分。私の拠点に連れて行くのにも数分。ならば迷う必要はない。
幸いに、今この通りには人通りも無い。慧が刺されたのを知っているのは、あの野郎共と、私と慧だけ。連れて行くなら、今しかない。
分かっている。連れて行くということは、今まで誰にもばれなかった秘密がばれるという事、私の本当の姿がばれるという事。本当の姿を知られては、駄目。知られれば、それでお終い。恐れられ、嫌悪され、討伐される。私は人に紛れて生かせてもらっているだけの存在に過ぎない。
本当の姿を教えては、駄目。握り締めた掌に爪が刺さろうと、嚙み締めた唇から血が流れようと、嘘をつき続ける事の苦しみに耐えてきた。泡沫の夢を見続けるために、頑張って来た。
御免ね慧、真実を知った貴女は私を嫌悪し、恐れ、そして私から離れていくだろうけど、それが何だと言うのだろう?貴女の命には代えられない。
貴女が、友が生きていればそれで良い。私は貴方を守ると決めていた。だから何の問題も無い!
「誠二この馬鹿野郎っ!何てことするんだ!」
「お・お前等!着ている服から何から全部処分するぞ!」
酔っぱらった誠二が女を刺した後、慌てて逃げだしたものの、早く着衣とナイフを処分しなければ。うちの別荘の焼却炉で燃やして、灰はその近くの海に流そう。
畜生。何であの女の連れが居るんだよ!でも……あの女は何なんだ?此方に走って来たあの女の目が爛々と光っていた。
利彦兄貴は、化物じゃないんだから、乱反射していただけで、気のせいだと言うが、あれは気のせいなんかじゃない。絶対に朱く光っていた。
「ほむ・焔……」
「慧!喋らないで良いから!あと少し!あと少しで着くから気をしっかりっ!」
早く!早く!早く開け!この馬鹿ゲート!保安の為に外部からの監視が無いのを確認しないと開かない様にしているけど、今この時ばかりは、その設定が恨めしい!早く開けってのっ!
出血が……出血が激しい……。お願い神様、あと少しだけ私に時間を下さい。あと少しだけ、慧に時間を下さい。
「あ・兄貴どうしよう?!」
「落ち付け馬鹿野郎!先ずは衣服とナイフの処分が先だっ!後は俺が何とか誤魔化すっ!」
ARISの首都警邏の利彦兄貴なら何とかしてくれる。何度も俺達とバカ騒ぎしている仲間だ。それにあの場所には、兄貴だって居た。ばれたらヤバイのは兄貴だって同じだ。だから見捨てずに力になってくれる。
「うあっぁっ!」
「御免!御免ね慧!痛いけど我慢して!もうすぐだから!もうすぐ!助かるから!絶対に助けるから!頑張れ慧!あと少しだけで良いからっ!」
戦闘モードだから、彼女の重さなんて感じない筈なのに、抱えて走る彼女を重く感じる。ポッドの場所って、こんなにも遠かった?ポットの有る部屋の扉が、何キロも彼方にある様に見える。私の足ってこんなにも遅かった?!
「ポッド起動!対象、人類!女性!緊急延命モードっ!」
『ポッド起動中。対象の調整体化を並行実施しますか?』
「調整化はしない!純粋生体治療モードっ!」
『純粋生体治療モード了解しました。ポッド起動完了』
ああ!服を切り裂くのがこんなにも長く、鬱陶しいとは。早くしないと間に合わなくなる!早く脱がせてポッドに入れないと。ああ!ショック状態は駄目!ショック状態は駄目っ!慧頑張って!あと少しだからっ!
『離れて下さい。ポッド閉鎖中です。離れて下さい。ポッド閉鎖中です』
慧を入れたポッドの蓋がゆっくりと閉まっていく。早く閉じて!早く!早くっ!早く治療を開始してっ!お願い……お願い死なせないで。お願いだから……。
「はぁ?!何も無いってどういう意味だよ?」
利彦兄貴が、あの女の状況を探ったけれど、雨のお陰で、人が刺され、血が慣れた痕跡は流されてしまい、何も残っていない。更には、あの時間に、あの場所で、何の事件、事故、救急の通報が無いし、病院に刺し傷で担ぎ込まれた若い女性も居ないと言う。何でだ?あの女達は、何処に行ったんだ?!
気づけば、慧が入ったままのポッドを半日近く眺めていた。殺す……、必ず殺してやる。逃げられると思うな。よくも!よくもっ!……慧をっ!
刺したあいつは、酔っていて責任能力が無いだ?そんな人の法など知った事か!あいつを庇うのなら仲間共々、全員を殺してやる。あいつの仲間であったことを後悔させながら、殺してやる。
親の金で、海外逃亡?植民惑星へ観光名目で逃亡?やれるものならやってみろ!逃げられると思うなら逃げて見ろ、何処までも追いかけてやる!
植民惑星まで来れば、彼等にお前の事がばれる?それがどうした!お前等を殺せれば、それだけで十分っ!例え銀河の果てあろうと追い詰めて殺してやる。
楽には死なせない。泣き叫びながら命乞いをしてくるお前を、朱い目で見つめ、せせら笑いながら嬲り殺してやる。




