1-20-2-10 理不尽な世界)だよね?
「これは、犯罪だよ!」
焔は、もの凄くアンバランスな娘だと思う。世間一般の事を知っている様で知らない。だからと言って知識が無い訳ではなく、馬鹿みたいに頭が良い。
普通の女性が知っている事や経験している事を知らない。例えば高校の時に何をやっていたかとかを聞いても、惚けているのではなく本気で知らない。
見掛けは、抜ける様な白い肌に、漆黒だけれど艶のある黒髪で、羨ましい程に小顔の綺麗な娘。躊躇する彼女を説得して、いつも夜にしか会わない彼女と休日の昼間に会った時は本気で驚いた。そのくせ、喧嘩となると馬鹿みたいに強い。
では無軌道かと思えば、そうじゃない。彼女は常に常識的で誠実であろうとしている。そして子供が大好き。
小さな子と目が合うと、微笑み、手を振っている。それを指摘すると彼女はムキになって否定するけれど、事実なのだから仕方ない。
彼女は、昼間の遊び方を知らない。ウィンドウショッピングはおろか、例えば真夏のプールとかに友人と行った事が無いと言う。じゃぁ筋金入りのお嬢様かというと、あれだけライブハウスに出入りしているのだから、そんな訳はない。
そして極めつけは、私より年上で20歳なのに、見かけが私より下って何?!あんた!身分証を偽造してない?!
「別に化粧品は使っていない」
「はぁ?!ふざけてんのあんた?!喧嘩売ってる?!」
認識阻害が在るから昼間だろうが夜だろうが、私には関係ない。隠れようとする本能なのか、それとも、人殺しとしての後ろめたさなのか、私は光輝く世界よりも闇の世界を選んでいた。
慧が横に居なければ、今すぐにでも闇の世界に逃げ込みたい。約束を違える訳にもいかず、昼の世界に出てきたものの、闇の生き物の私にとって、昼の世界の輝きは眩し過ぎる。
そして今、室内に入ったとはいえ、化粧品類の多さに頭がクラクラする。いや、私として女性の肌のケアの為に化粧品が必須であるのは知っている。ただそれは、人であればであって、私には必要がない。
もっともそんな事を慧に言ったら最後、懇々と、基礎化粧品から始まる化粧品の重要性のお説教が始まるので言わない。しかし成程、これが世の男性が言う、化粧品売り場の悪夢と言うものなのだなと、妙に悟った気分になっているのは、気のせいに違いない。
「焔ぁ……これは無い。これは、あざと過ぎる」
昼間のプールは駄目だったけれど、焔が券を持っているからと、ホテルのナイトプールには行けた。何と、宿泊食事つき!もしかして、彼女は良い所のお嬢様なのかもしれない。
ところで殺意って簡単に湧くのねって思った。何あれ?!私と同じ様な、さほど高くない背丈だからと安心していたら、なに?あの脚の長さ?!巨乳じゃないけど、何あの造形美?!
プール中の男性客だけではなく、男女問わず、スタッフすらガン見してた。まぁ、気持ちは分からないでもないけど。でも、極めつけはこの後に来た……。
プールサイドで、ふたりの記念の写真をスマホで撮りたいと言った時、焔は最初は難色を示していた。けど、頼み込むと、他人に写しを渡さないなら良いと言われてOKを貰った。笑顔の私の横に写る、はにかんで、上目使いで微笑む水着姿の彼女。うん、これは犯罪だわ。
「ほら!もっと横にきて、カメラ見て!」
「ん……」
撮影を承諾する事は、認識阻害を外すという事。考えるまでもなく、愚かな行動。そんな事は言われなくても分かっている。
葛藤が無かったと言えば嘘になる。写真を残す事は、終わりの始まり。自分の存在を公から消してきた今までの苦労を、水の泡にする愚かな行い。
秘密は、ふたりが知った瞬間に秘密ではなくなる。異形を忌避する人にとって、妖の私は相容れない存在。
私が歩み寄っても、必ず距離を置かれるだけ。信用しても、裏切られるだけ。妄想に浸らないで、現実を直視しろ、早く切り捨てろと、自分の中に居る、もうひとりの自分が説得してくる。
けれど、友と呼べる存在が出来た事で、私はひとりで強く生き続ける事に疲れ切ってしまっている事に気づかされた。
ひとりで生きてきた私には友も家族も無く、生きた証も残っていない。だから、私は、友と生きた証が残せるのが嬉しい。例えそれが、危険と裏腹であっても。
「だから!嫌だと言っているのが分かりませんか?後、仕事中ですので、他のお客様の迷惑になりますので、移動して戴けませんか?」
ここ最近、お馬鹿お坊ちゃんグループの合コンへの誘いが鬱陶しくて仕方が無い。フロアを移動中ならまだしも、カウンターでお客様への応対中に割り込みまでしてくるとなると、流石に我慢の限界、思わず声を荒げてしまった。
焔が、陰で締める?とゼスチャーしてくるけれど、止めなさい焔、貴女がやると洒落にならなくなると思うから。
だいたい今日はバイトだし、バイトの後は焔とカラオケボックスでオールの予定。あんた達、馬鹿と付き合っている暇はないのよ。
来週から2週間ほどは、焔は用事があるとかで、遊べなくなるのだ、尚更に今夜の予定を邪魔される筋合いはないのよ。
焔と遊ぶというと、周りの人達が未だに驚く。確かに彼女が他の人と遊んでいる姿を見た事がないからかもしれない。
そう言えば、ライブハウスで付けられていた孤高の幽霊少女という綽名について話しをしたら、あながち嘘でも無いよと言いながら、苦笑いしてたっけな。焔?あんたもしかしてボッチ?
持ち物は何気に良い物を持っているので、良い所のお嬢さんなのだとは思うけれど、家族の事を話した事はない。まぁ、どうでも良いけどね。あの娘には、あの娘なりの事情があるんだと思う。いつか、話してくれるんじゃないかな。
誤解を避ける為に言っておくと、焔はもの凄く真面目だ。遊びはするけれど、羽目は外さない。そして遊びはするけれど、アングラには絶対に近づかないし、私も近づかせ様としない。
あれだけ、荒事にも慣れている彼女が、アングラを嫌うというのも矛盾を感じるけれど、別に困る事でもないので、気にはしてない。
さてと……先ずは腹ごしらえをしてから、オールかな?
「焔ぁ、行くよぉ?」
「ん……」
「ま、撮る気なんて無いし。そんな義理も無いし。この前、一緒に撮った写真を誰かに見せる気なんて更々無いし。安心して」
最近、私の写真と撮ってくれというお願いが増えて鬱陶しいと慧が言う。彼女なりに、約束を守っているのだというアピールと、私の不安を抑える為の愚痴と思って、ありがたく聞いている。
彼女は何気に義理堅い。それを彼女に言うと、人の事は言えないだろうと言って来る。意味が分からない。
そんな事よりも、慧に付きまとうお坊ちゃん達の事は良いのだろうか?、あの中のひとりが見せた、恨みの籠った目が気に入らない。彼女にそれとなく、私が何とかしようかと言ったけど、もう少し待てという。彼女がそう言うので待つけれど、明日から2週間ほど、私は彼女の前から居なくなる。大丈夫だろうか。
居なくなると言っても、彼女のバイト先のライブハウスから2本ほど裏道に入った所には居る。居るには居るけれど、認識阻害を掛ける私を、彼女は私と認識出来ない。だから仮にすれ違ったとしても、彼女は私と気づかないだろう。それで良い、私に気付いたら駄目なのだから。
尤も、私も彼女に関わっている場合じゃない。彼女に寄り付かない様にさせている、この街の闇、アングラが幅を利かせる地域で、私は生きるための狩をする。ああ……彼女には、狩の姿を見られたくない、狩の事を知られたくない。
笑える、何て都合の良い願いなのだろう。我が事ながら、余りの身勝手さに笑いがこみ上げてくる。
なぜ私達は出会ってしまったのだろう、そんな歌詞の歌があった。私の場合、出会った理由は単純。私の気まぐれの結果、私は慧と出会った。そう、信じたい。
決して、妖如きが人と交わり暮らす事を願った事に神様が怒り、罰を与えるために、真実を言えない辛さで苦しみぬかせるために出会わされたんじゃない。そう思いたい。だよね?神様。




