表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/187

1-20-2-6 理不尽な世界)身勝手な理由

 生き延びる為には狩りをしなければならない。これは自然の摂理(せつり)。例え捕食者が(あやかし)で、捕食されるのが人であってもそれは変わらない。

 獲物を狩れるか否かは、狩場(かりば)何処(どこ)にするかで決まる。例えば物語では、化物(ばけもの)が森や街道であからさまに人を襲う。あれは頂けない。あんな物は寿命が短い化物(ばけもの)がやる行動。私達みたいに寿命が無いに等しい化物(ばけもの)は、もっと慎重に物事を進めなければならない。

 いかに人に気づかれず人を襲うか。世間的(せけんてき)に目を閉じて貰える襲撃対象は誰か。襲撃(しゅうげき)後に行方不明となっても世間的(せけんてき)に騒がれない襲撃(しゅうげき)対象は誰か。むやみやたらに襲えば良いという物ではない。

 (かり)の時は獲物が油断してくれているのが良い。()ずは見た目で警戒されない事が大事。その点で、私達の容姿は万人(ばんにん)受けのする良い所取りの顔。

 現代の基準ではそこまで掘りの深い顔ではなかったけれど、昔の日本の基準で言えば少しばかり掘りが深かったかもしれない。とは言えそこそこ、見目麗(みめうるわ)しい容姿であることに変わりはない。これで油断しない獲物は居なかった。

 問題が無かった訳じゃない。現代ではそこそこだが、当時の基準で言えば相当に背丈(せたけ)があり()つ、脚が長いこの体形。そんな奴も居ると、男達は誤魔化せても、女達にとってこの体形は悪目立(わるめだ)ちにしかならない。

 更には私達は歳を取らない。これを如何(いか)誤魔化(ごまか)すか。昼間から堂々と過ごす訳にはいかない。自然と私達は昼の世界を避け、夕闇や、昼なお暗い場所で生きる様になっていった。


 徳川の時代が終わり、大正の終わりか、昭和の初め頃までだろうか、その頃までは、街道沿いでも少し人里離れた場所を狩場(かりば)にしていた。

 女衒(ぜげん)をご存じだろうか。寒村の年端(としは)も行かぬ少女を言葉巧みに買い取り、女郎屋(じょろうや)に売り飛ばす。要するに人買いだ。私達にとってこの女衒(ぜげん)は美味しい獲物だった。

 今の基準で言えば絶対悪だけれど、あの時代、まずし過ぎるあの当時の日本の基準で言えば必要悪だったと思う。とは言え、やはり人に好かれる者達では無いのは事実だし、何より人買いだけあって大金を持っている。

 歳を取らない事と、戸籍を持たぬことで私は働けない。働けないが、この世はお金が無ければ、何も出来ない。お金を得る為には奪うしかないが、誰からでも奪うのは駄目だ。奪ってもお役人達が本気で捜査しない対象から奪わないと駄目なのだ。心置きなくお金を奪える相手として、女衒(ぜげん)は美味しい獲物だった。


 昭和の世も(しばら)くすると、そんな生活も難しくなってきた。女衒(ぜげん)の様な獲物が減って来たのもあるが、それ以上に戸籍や地所の管理が厳しくなり、田舎(いなか)だと悪目立(わるめだ)ちしてしまうのだ。

 単なる偶然だったのかもしれないが、例えば寒い日は夕飯を鍋にしようとか、人が皆、同じことを考える様に、他の仲間達も同じ様に都会の近くに拠点を作り、都会(とかい)狩場(かりば)にする様になっていた。

 都会(ほど)、素晴らしい場所はない。突然ある日、人がひとり消えても誰も気にしない。何処(どこ)かに引っ越したとか、田舎に逃げ帰ったとでも思われる程度。余程(よほど)、親密な間柄(あいだがら)でもない限り探されることはない。

 昔は今よりも他人との距離が短くて、もう少し人情味(にんじょうみ)が在ったかもしれない。それでも、相互監視(そうごかんし)と言う様な、あの田舎(いなか)濃密(のうみつ)な人間関係に比べれば十分に希薄(きはく)

 人の出入りが激しい都会は、余所者(よそもの)の私が入り込んでも気付かれ(にく)い。木を隠すなら森の中。人を隠すなら人混みの中。誰もが他人に無関心な都会は、身を隠し(やす)い。その希薄(きはく)さと無関心の世界が、狩場(かりば)として最適だった。


 都会を狩場(かりば)にするために、都会の近くに滞在するのに野宿する訳にはいかない。おいおい宿屋やホテルに泊まる事になる。そうなると、金の問題とは別に流石(さすが)に若い女性ひとりの連泊は目立つ。今の時代ではそこまで目立たないのだろうが、昔はそうはいかなかった。

 悪目立(わるめだ)ちを避けるには、都会近くの何処(どこ)かに拠点を設けるのが手っ取り早い。但し、拠点を(もう)けるとなると土地建物の所有登記とか、会社組織にする場合は法人登記等が必要になる。そうなると必然的に、戸籍やら、銀行口座(など)が必要になる。

 まともな手段でそんな物が私に作れる訳が無い。必然、裏の手段を用いる事になる。都会の闇に蔓延(はびこ)る裏社会を頼る事になるが、普通なら脅されて生き血を吸われて終わる。けれど私には関係ない。脅してくれば、彼等が想像する以上の絶対的な恐怖で支配する。そうすれば彼等は裏切らない。便利な道具に過ぎない。


「あの狐の面の女、絶対!良い女ですよね?何処(どこ)に住んでんですかね?」

「馬鹿野郎!生きていたかったら、詮索(せんさく)するな!」

 賢哉(けんや)を初めて荷物持ちで連れてきたが、もう一度しっかり説明しておかないと、俺の命もヤバイ。場合によっちゃ、俺が賢哉(けんや)を半殺しにして差し出し、()びを入れて許してもらうしかねぇ……。

 確かに、あの目から下を(おお)う狐の面の女は良い女だと思う。だが……ヤバイんだよあれは。あの女は単なる代理人に過ぎない。その後ろの戦前から在る組織が底知れない。

 口座や、戸籍を作っても、後で脅しのネタに使おうとして作った口座や戸籍の情報を記録しては駄目だ。そんな奴の場所には、必ず代々の狐の面の女が現れて血の海になる。俺達は裏の人間だけど、裏の人間だからこそ触れちゃいけない世界がある。それを賢哉(けんや)には良く言って聞かせて、(しばら)見張(みは)っとくしかないか……。

 賢哉(けんや)……大人しくしてろよ。差し出された奴はな、みんな喉に何かに喰いつかれた跡を残し、恐怖で(ゆが)んだ顔の死体になって事務所に却って来るんだ。数年前に若頭(わかがしら)補佐とその女、舎弟(しゃてい)が死んだのは、火事のせいじゃねぇんだぞ……。あれは、全員の亡骸(なきがら)を見せつけられた後に、会長と組長と若頭(わかがしら)と俺が燃やしたんだ……。

 あれは人じゃない。あの時の代理人の女は、何かに喉を食い千切(ちぎ)られ恐怖で(ゆが)んだ若頭(わかがしら)補佐の頭を、野菜か何かの様に俺達の前で死体から引き千切(ちぎ)り、お前の手で事故に見せかける様に処分しろって言いながら、会長に手渡しやがったんだぞっ!


「あぶないから、その道は行っては駄目!」

「まま?あのお祖母ちゃんなに?」

「良いから、目を合わせたら駄目、変な人だから」

 都会といっても、まだまだ昔の長閑(のどか)田舎(いなか)名残(なごり)を残す、大都会に隣接する新興都市。都市化が進む街の中に残る、昔の名残(なごり)を強く残す丘がある。街の古老ころう達が恐れて近づかないその丘の中腹に、その建物はある。

 それが自分達の義務だと信じる古老ころう達は、都市化が進み新しく移り住んで来た者達に、その場所に対する忠告とも脅しとも言える苦言を行う。だが、逆効果にしかなっていない。


「おい!その道は危ない!」

「うるせぇ!毎朝、毎朝っ!(うるさ)いんだよ!この、くそ(じじい)っ!いい加減にしないと通報すんぞ!」

「な?!何を言っているんだ!お前達はここがどんなに危ない場所が知らないから、そんな事を言ってられるんだっ!」

「おい!もう、放っておこうぜ、遅刻するぞ?」

「ああ!糞っ、朝から不愉快だぁ!」

 例えば、その丘や建物が荒れ果てていて、見るからに(あや)しい雰囲気を(かも)し出しているのならば、まだ理解出来る。しかし、そうではないのだ。

 丘を通り抜けられる歩道も街燈(がいとう)もある誰でも通って良い幅広(はばひろ)の私道が通る。歩道側とは(さく)(へだ)たれ入れないが、敷地は定期的に人の手が入り整備された(まば)らな低木と芝生で(おお)われ、中腹には瀟洒(しょうしゃ)な住居なのか保養所なのかが建っている。

 これで、この夜道の治安が悪ければ、古老ころう達の言い分のひと欠片(かけら)程度は納得出来る。しかし、丘向こうへの近道に使える街燈に明るく照らされたこの道は安全で、昼も夜も人通りが多い。

 どう贔屓目(ひいきめ)に見ても危険な場所には見えない。古老ころう達が何故(なぜ)その場所と建物を恐れるのかが理解出来ないし、古老ころう達の苦言くげんも、新しく来た者達には山の建物の住人へのやっかみとか、嫌がらせにしか聞こえない。


 古老ころう達、新参者(しんざんもの)達の言うことは、正しくもあり間違いでもある。危ない場所と言うのは正しい。けれど安全な場所と言うのも正しい。君達が真っ当な人間であれば、と言う条件は付くけれどね。魔物の住処(すみか)と言うのは正しい、けれど本拠地ではないけどね。

 郊外の瀟洒(しょうしゃ)な家は、実は人を襲う魔物の(かく)()。ドラマやアニメ(など)で良くある設定だけれども、現実ではそんな馬鹿な事はしない。リスクが在り過ぎる。(かく)()というのは、人知(ひとし)れず存在するからこそ意味があるのであって、知られてしまったら意味がない。

 田舎(いなか)というのは、余所者(よそもの)には厳しい。見知らぬ人間が歩いていたら、()ぐに村中(むらじゅう)街中(まちじゅう)に話が伝わり警戒され、出入りする場所を(またた)く間に特定される。重要拠点をそんなリスクのある場所に置く訳が無い。

 此処に在るのは、仮の住まい。都会の狩場に行くための狩猟(しゅりょう)小屋の様な物。痛くは無いと言えば嘘になるけれど、仮に無くなっても代替(だいたい)の効く場所に過ぎない。

 この家のある場所が狩場じゃないのかって?そんな馬鹿な事をする訳がない。誰もが顔見知りの(せま)い世界で、誰かが居なくなれば()ぐに警戒される。そうすれば、たまにやってくる半分余所者(よそもの)嫌疑(けんぎ)()かるのは必定(ひつじょう)

 今でこそ警察だ何だで済むけれど、ひと昔前ならば討ち取ろうと襲われる。そうなったら此方(こちら)も返り討ちにするし、口封(くちふう)じの為に村民や町民を皆殺(みなごろ)しにしなければならない。仮の住まいとは言え、せっかく作った拠点をそんな馬鹿な事で失うのは惜しい。だから、狩場(かりば)の中に拠点を作る事はしない。


 狩と言うけれど、お前の獲物(えもの)は人じゃないか!この(あやかし)がっ!という、私達への非難には、反論のしようがない。全く()って正しい。

 私達は自分達が人に(あら)ざる存在、文字通り血に飢えた(あやかし)であることを否定しない。定期的に襲って来る血への渇望(かつぼう)(おさ)えられない。定期的に人の血か肉を取らなければ死んでしまう。

 私達は生きるために定期的に人を襲う。(ひど)く身勝手な理由に過ぎないことは重々承知(じゅうじゅうしょうち)している。けれど、動かし(がた)い事実だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ