1-20-2-4 理不尽な世界)隠れ家
侵略者たる深宇宙探査船、彼の親玉たる創造主は愚かしい程に独善的で、絵に描いたような侵略者ではあるが、作りだした尖兵が歯向かってくる可能性を見逃す愚か者ではなく、侵略者として相応に冷酷だった。
反抗したら命は無い。言うは易く行うは難し。武力行使というものは、それが例え小規模の鎮圧や、抑止であってもコストが掛かる。侵略で得られる利益より、侵略に伴う鎮圧や抑止のコストの方が大きくなってしまったら、それこそ本末転倒、何の為に侵略したのか分からなくなる。
星間航行種族で在ろうが無かろうが、コストの問題は避けて通れない。時には面子の問題とか、政権維持の為とか、橋頭堡であるこの場所を失う訳にはいかない等のコストを度外視する理由で武力行使する場合もある。しかし、いずれの場合も最終的にはコストが止めを刺してくる。
世の中、何がどうあれ、お金が無ければ何も出来ない。故に問題の解決策は低コストが尊ばれる。当然それは、尖兵の反抗を抑える方法にも適用される。
植民星に必ず常設される尖兵用の拠点設備とは別に、有るか無いか分からない反乱に備えて反乱鎮圧用拠点を常設するのは、単に運用コストを増加させるだけ。
だからといって、尖兵用の拠点ユニットに、単純に武装設備を追加するのも同じ結果しか産まない。調整体の大掛かりな保守を行える設備を、そのまま利用するのが最もコストが掛からない。
手段は問わない。直接的であれ、間接的であれ、反抗した尖兵の命を低コストで奪えれば良い。此方から積極的に鎮圧に赴かず、時が来れば、反乱者達が勝手に自滅してくれれば、尚更、都合が良い。
「クローン調整体への基本条件付与及び疑似脳髄への基本条件意識の刷り込み開始」
逆らった調整体を始末する方法として、内臓する保守維持機構の様な物が停止すれば調整体は活動を停止する様にする。ただ、保守維持機構を停止させるために、此方から赴き破壊するのでは、手間も費用も掛かり意味がない。低コストな方法で、勝手に機能を停止してくれるのが望ましい。
例えば、一定期間摂取しなければ保守維持機構が停止するある種の薬物を、調整体の定期的な保守の際にしか摂取出来ない様にする。その定期保守の時期になると、その薬物を渇望する様にすれば更に良い。
反抗すれば定期保守を受けらす、全てが反乱を起こしたとしても、拠点設備を自爆させれば、薬物を摂取出来なくなった反乱者達は、一定期間を経れば薬物を渇望しながら死亡する。
生殺与奪の主導権を握り且つ、低コスト。そして死に至るまで、渇望しても手に入らぬ薬を求めて苦しみ抜く。まともにその条件が付与出来れば、これ程までに良い方法はない。
残念ながら、物事が素直に進まないのが世の常。そのために代替手段はあり、まさかの為のフェイルセーフがある。
「条件付与基本設計の一部に欠損。代替設計1を適用。エラー。再実行。エラー。代替設計2を適用。エラー。再実行。エラー。代替設計3を適用。エラー。再実行。エラー」
血清も無しに、毒蛇を扱う馬鹿は居ない。基本設計条件として条件付与が絶対条件であり、それが叶わないのであればクローン調整体の生産を停止する。リスク管理として至極当然の考えと言える。
「代替設計4を適用。エラー。再実行。エラー。代替設計5を適用。エラー。再実行。エラー」
大概において人的ミスがリスク管理とフェイルセーフを無駄にしてしまう。何万年も前のプログラム設計者が、削除を忘れた冗談プログラムもそれにあたる。
リスク管理システムを担う彼の理論機構が、少し変調をきたしていたという運の悪さもあるかもしれないが、考え抜かれたリスク管理とフェイルセーフは、たったひとりの時を越えた冗談で破壊されてしまった。
「代替設計6を適用。エラー。再実行。エラー。代替設計7を適用。適用成功。条件付与開始」
ある種の薬物を摂取する代わりに、同胞の血肉の何れかを一定期間内に捕食しなければ、保守維持機構が徐々に停止し、死亡する。
プログラム設計者にとっては単なる冗談、条件を付与される方にすれば魔物の呪い。リスク管理システムは、冗談を代替設計として認証し、生産は継続された。
「各調整体の拠点ユニットへの積込完了。拠点ユニット投下候補地全10号確定」
そもそも侵略しようとしていること自体が正常ではないのだが、それはさておき、彼の状態を言い表すならば、満身創痍だった。
「拠点ユニット準備完了。連絡船へのデータ転送完了。拠点ユニット投下開始」
彼を構成するあちらこちらのシステムで、彼が機能停止しても不思議ではない程の甚大な異常が発生しているにも関わらず、彼が稼働しているのは奇跡と言うべきなのだろう。
「拠点ユニット全10ユニット投下完了。母星への連絡船射出」
彼の認識では、全ての拠点ユニットは無事に射出され降下中となっていたが、無事に射出されたのは2号ユニットと、10号ユニットだけ。そもそも、それ以外のユニットは投下云々以前に、生産すらされていなかった。
システム不調により保守維持から外れてしまい、何千年前に保守不備で機能を停止していたため、連絡船も母星に向けて発進していなかった。
「惑星の衛星軌道より離脱、惑星系引力均衡点に遷移」
日々悪化する経済環境に喘ぎ、一日千秋の思いで搾取するべき何処かを探していた母星にとって、連絡船に依って知らされた従属種族発見の情報は慈雨になる。
彼がこの恒星系を出て何年か経つ頃には、この惑星軌道上には前線基地が築かれてているに違いない。
残念ながら、それが実現される未来は訪れない。彼の母星は、経済と環境悪化に耐えきられなかった下層民達の暴動を発端にした自滅戦争で、何万年も前に衰退、退化してしまっていた。
故に、仮に連絡船が射出されていたとしても、その連絡を受け取り、有効活用出来る者達は居なかった。彼等には悲劇なのだろうが、尖兵に改造される者達を除き、侵略されなかった大多数の人類は幸運だった。
「ユニット2号及び10号、群体群生地に上空で待機中。残ユニット失探。ユニット損耗率80%。損耗率過大に伴い計画変更。半成体の排除命令廃棄。フェーズ廃棄。フェーズα、各拠点の半成体及び成体全数を捕獲確保に変更。2号群生地の対象数98、10号群生地の対象数67」
今の状況を言葉にすれば、どちらもお互いに何とも運が悪いとなる。片や、太一と居たら、突如としてあらわれた大蜘蛛に捕まえられ、恐怖で文字通り心臓が破裂寸前の富、片や、捕獲した獲物、対象48の気が弱過ぎて、生かしたまま連れて行く事が出来るのかを危惧する状況。
「心拍数異常増加。過呼吸。負荷増加危険レベル。鎮静剤を追加投与」
昨年の夏に吾作一家を攫っていった大蜘蛛は、その後は姿を見せず、もう春も終わり、また夏が来ようとしている。
動き回る私達に母ちゃん達は、大蜘蛛が逃げて行った山には絶対に近づくなと言う。けれども、山間のうちの村で、山に近づかないのは無理な話なんだけどな。
「心拍不規則。心室細動。電気ショック実行……効果無し。電気ショック再実行……効果無し。電気ショック再実行……効果無し。心拍完全停止。対象48の生命活動停止と認定。対象48を投棄」
春の終わりに与一と夫婦になった、ひとつ上のミツ姉が、色々話してくれるので皆、興味津々。もう何人かは茂みの中で試してる。
私は興味はあるけれど、まだ試したい相手も居ないし、試したいとも思わない。年は取っても、タキは未だねんねだから仕方がないかと、皆には諦められている。
母ちゃん達にも、もう少し興味を持ってくれた方が良いんだけどと言われる。何か馬鹿にされた気分なのは、気のせいに違いない。
「現地点から至近の、捕獲対象探査開始」
それにしても、今日は蒸し暑い。長雨の後の晴れなので余計に蒸す。余りの暑さに道の向こう側が陽炎で揺らいで歪んで見える。そりゃ暑い筈、嫌になる。
よく見ると、陽炎で揺らいでいる道の脇に、富が着物を殆ど開けさせ、脚を広げて何もかもが丸見え状態ので寝転がっている。何と言うか……するなとは言わないけれど、した後に道の脇で大っぴらに寝転がるのはどうかと思う。
「至近捕獲対象の探査完了。対象59を捕獲対象として登録。対象59を確認。対象59の捕獲実行」
富が居るということは、近くで太一も同じような格好で寝転がっているんだろうか。ミツ姉が言うには、気持ちよすぎて何も考えられなくなるらしい。
だからと言って、流石にあんな丸見えの格好で寝転がっているのを、母ちゃん達に見つかったら、こっぴどくどやされると思うんだけどな。
後先を考えないでヘタって寝転がっている富を何時までもも見ていても、この蒸し暑さが減る訳でもない。反対に暑さが増してくる。
その証拠に陽炎が此方に近づいて来る。此方に……来る?陽炎は逃げる物で、近づけない。なのに此方に……来る?
妖は姿を表す寸前まで、姿が見えなくて、陽炎みたいだって誰かが言っていたっけ。はは……気のせい!あれは陽炎っ!!妖じゃない!!!あ・脚が震えて身動きが取れないも気のせいだって!!!
「対象59捕獲完了。心拍数上昇数は許容範囲内。肉体損傷無し。鎮静剤投与。拠点ユニットに帰投」
村から少し奥まった峰、その中腹の頂は土砂崩れでもあったのか、大岩が剝き出しになった崖と、その大岩の前にちょっとした広場が出来上がっていた。
タキを抱えた捕獲ユニットが大岩に近づくと、岩に偽装されていた入口が、ユニットが通れる隙間だけ開き、捕獲ユニットはその中に入っていった。
入口を潜ると、その先は人工的な白色光で照らされた何の飾りも無い平坦な壁、床、そして複数の何かの機械とセットになった45度程度に傾いた台が、捕獲ユニットがその間に入っても十分な間隔で3台設置されている、どこか食品工場を思わせる雰囲気の無機質な部屋になっていた。
そこは、捕獲対象から転送意識を抽出する場所だった。其々斜めの台には、頭部を転送意識を抽出する機械に覆われた、全裸の男女達が拘束されていた。
本来の医療目的等であれば、抽出元の精神崩壊を防止するために抽出時に過負荷を与える事はない。しかし今回は医療目的ではない。抽出元の安全性は考慮しなくて良い。過負荷で痙攣を起こし、汚物を垂れ流そうとも抽出作業は中断されない。とはいえ、曲がりなりにも医療設備の端くれ、設備を清浄に保つために、垂れ流ながされる汚物は、廃棄口に流れ込む様になっていた。
「4次石意識抽出完了。抽出率84%。抽出率未到達。抽出基精神破損率39%。5次抽出実行不可能。対象39を廃棄」
頭部を覆う機械を外されても痙攣は止まず、涎を流しながら焦点の合わぬ目で虚空を見つめる女性の拘束が外れると、女性は重力に従い、斜めの台の下側、台の足元にある、物質転換炉に繋がる廃棄口に滑り落ちていった。
女性を廃棄し、空になった台の洗浄が終わると、鎮静剤で意識が朦朧とし、体も弛緩している、同じ様に服を剝ぎ取られ全裸のタキが台にセットされた。
「捕獲標本53体から転送意識抽出開始」




