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1-20-2-3 理不尽な世界)対象

 惑星各地から捕獲(ほかく)した、多種多様(たしゅたよう)分岐(ぶんき)した対象生物の、多くも無く、少なくもない生体標本。これらの解析(かいせき)解剖(かいぼう)を繰り返せば、繰り返す(ほど)、どの分岐(ぶんき)種も一長一短(いっちょういったん)があり、どれを尖兵(せんぺい)の候補にするべきか、悩みは深まるばかりだった。

 問題の解決策は単純であればある(ほど)、その時点において最も無駄(むだ)が無く()つ、効果的な方策である。あの時こうしておけば、この様にするべきだった(など)と言うのは、無為無策(むいむさく)な者の後知恵に過ぎない。

 分かったことは、20年前後の個体が最も活動的であるという事だけ。個体平均値は、収集データ母数が少ないために各分岐(ぶんき)種間、分岐(ぶんき)種内の個体比較が不十分である。ならば、対象生物の20年前後の生体標本を(さら)捕獲(ほかく)すれば良い。

 今まさに、群れの他の個体の視界から隠れる場所で交尾をしようとしている(おす)(めす)(など)は、捕獲(ほかく)対象にうってつけだ。


「何の音?誰か居る?」

 今の時代と異なり、あの時代の12・13ともなれば嫁に行っているのも不思議ではないし、男女の仲になっていても不思議じゃない。何しろ、人生が50年あるかないかの時代だったのだから。

 挙句(あげく)に現代と違って娯楽も無い。だから、若い男女が林や山の中の小屋とか(しげ)みの中に少し消えるというのは、そういう事。風紀の乱れがどうのと、今の常識を持ち出してとやかく言うのは、お門違(かどちが)い。

 その日もそうだった。田畑や道から死角(しかく)になる掘っ立て小屋の裏にある(しげ)み、その中に佐吉(さきち)(よう)がこそこそと消えて行っても、誰も目くじらは立てない。

 見かけた大人達は、人の事は言えないけれどお盛んだなと思い。興味津々(きょうみしんしん)なお年頃の者達は、小屋の裏の(しげ)みに消えた彼等が、お年頃の時にしたのと同じ様に後で(のぞ)いてみよう等と思っただけだった。

「誰か(のぞ)いとるんかな?わし()も昔は(のぞ)いとったし、少しくらい見せてやるか?」

「何を言って……あんっ」


 山の中には熊も居る、人攫(ひとさら)いが出るときもある。場合によっては命の危険もある。だが人と言うのはどの時代であっても(おろ)かなものだ。快楽(かいらく)娯楽(ごらく)の為には周りが見えなくなる。快楽(かいらく)(おぼ)れている者は、ちょっとした異変等があっても自身に都合の良い解釈をして放置する。そして大概(たいがい)において、都合の良い解釈というものは、(ろく)な結果をもたらさない。

「うぉっ!」

「あっ!?あぁっ!」

 訓練を受けていない者が、突発事態(とっぱつじたい)に対して咄嗟(とっさ)に適切な対応が取れないのは当たり前と言える。化物の類に襲われる(など)は、訓練を受けていたとしても新人(など)には荷が重すぎる。

 ましてや機械等という物の存在を知らない彼等が、それを見て硬直してしまい、逃げも、声をあげる事もせずに()(すべ)もなく捕獲(ほかく)されたとしても責めは出来ない。

「交尾中の中間体の(おす)および(めす)を捕獲。鎮静剤(ちんせいざい)投与。標本に損傷なし」


 佐吉(さきち)(よう)の叫び声が他の者達に聞えなかった訳ではない。叫び声は聞こえたが、お盛ん過ぎるだろうとしか思われていなかった。

 とは言え、(のぞ)きに行ったお年頃の者達も佐吉(さきち)(よう)を見つけられないと言うし、何処(どこ)か別の(しげ)みの中から佐吉(さきち)(よう)が出てこないとなると話しは別だ。

 熊か野犬の群れにでも襲われたのかと思ったが、佐吉(さきち)(よう)草鞋(わらじ)は落ちていたが、(しげ)みの中に引き()られていった(あと)どころか、血の一滴どころか、布の切れ(はし)()え声すら聞いた者も居ない。春の終わり頃、佐吉(さきち)(よう)は居なくなった。


 (よう)は知識を得て使う機会を与えられなかっただけで、決して馬鹿ではない。化物(ばけもの)大蜘蛛おおぐも(おさ)え込まれ、首筋(くびすじ)に痛みを感じてから徐々に体に力が入らなくなり、意識も少し(かすみ)が掛かって来た時に、自分の命はあと(わず)かだと(さと)(さと)った。

 その場で殺さずに麻痺(まひ)する何かを打たれ運ばれているということは、恐らく蜘蛛(くも)の巣に運ばれているのだろう。そして、麻痺(まひ)した状態で保管され、後日、蜘蛛(くも)()われる、または産み付けられ卵から孵化した幼虫に()われる。どの場合も麻痺(まひ)した状態で生きながら()われる。余り楽しくない未来がやって来る事に変わりはない。


 (よう)を運ぶ蜘蛛(くも)の目的地は、川から少し離れた山の中、幾つもの(みね)のひとつ、その(がけ)の中腹、木々で隠れて見え難い洞穴(どうけつ)の中にある。

 地蜘蛛(じぐも)の巣の様にも見える洞穴(どうけつ)に一歩入れば、そこは想像通りに薄暗く、湿(しめ)っぽい。お世辞にも陽気な場所ではない洞穴(どうけつ)の中を(しばら)く進むと、明らかに岩ではない、人の手が入った一枚板(いちまいいた)の様な壁が現れる。

 (よう)を運ぶ蜘蛛(くも)がその壁に近づくと、壁の一部に切れ目が入り、上にスライドし、向こう側への入口にが現れた。(とびら)の向こう側は、部屋の中央に大きな台がある、昼の最中(さなか)の様に明るく、適度な湿度と気温に管理された部屋、採取した標本の一次洗浄を行う場所になっていた。

 蜘蛛(くも)が、相も変わらず体から力の抜けきった(よう)の体をその台に乗せると、天上から多数の触腕が延び、(よう)の着物を()ぎ取り、体の洗浄を始めた。


 (よう)は、ぼんやりとした意識で蜘蛛(くも)の巣に連れられて来たことは分っていた。普通ならば泣き叫んでいる様な状況なのに、何故(なぜ)か妙に落ち着いていた彼女は、台の上で着物を()ぎ取られた時は、そりゃぁ食べるのに邪魔になると思い。

 お湯で体を洗い始められた時は、なるほど、私等(わたしら)が野菜の泥を洗い流すのと同じか(など)益体(やくたい)の無い事しか思い浮かべていた。

 流石(さすが)に、(のど)の奥にヌメリのある管を入れられ、鼻の中を洗われ、尻の中も洗われ、垂れ流しにさせられた時は、ひと思いに殺してくれとは思ったが、何故(なぜ)か恐怖が感情を支配しなかった。

 あの後、(しばら)くすると体に力が入れられる様になり、逃げられるかもしれないと思ったが、現実は厳しい、台の横から出てきた何かに体が麻痺(まひ)する何かを打たれ、再び思うように体に力を入れられなくなった。

 思うように力の入らない体では、此処(ここ)から逃げる事は無理。ああ……これが坊さんが言う(さと)りという物なのかもしれないと、どこか諦観(ていかん)にも似た感情で、不思議にも一緒に襲われた佐吉(さきち)の事を思い浮かべることも無く、ただ自分がわれるであろう未来だけを受け入れ始めていた。


 彼女の予想は間違いでもあり、正しくもある。()われるという予想は、間違いだ。捕食のためにではなく、(よう)解析(かいせき)、分析するために捕獲(ほかく)したのだから。

 しかし楽しくない未来が来るという意味では、それは正しい。彼等(かれら)にとって(よう)は、標本でしかない。


 この生物は非常に興味深い。彼の創造主達より反応速度は早く、そして狂暴。なのに、十分な栄養を与えているにも(かか)わらず、急激(きゅうげき)衰弱(すいじゃく)して死亡するときもある。何とも一筋縄(ひとすじなわ)ではいかぬ生物だ。

 鎮静剤(ちんせいざい)の効き目が薄れてきた標本が、拘束(こうそく)された台から逃れ様と暴れ、泣き叫びながら何かを訴えてくることもある。

 標本達の言語は十分に理解している。だから、標本達が、泣き叫びながら何を訴えていたのかも理解している。だからと言って、処置を止めたりはしない。

 言語は彼が道具である標本に命令を下すための手段であり、道具である標本が彼に願い事を述べる手段ではない。解析(かいせき)や、解剖(かいぼう)を止める理由にならない。

 解析(かいせき)や、解剖(かいぼう)の為に彼に(うば)い取られる標本の命。そんな物は、彼には路傍(ろぼう)の花や石よりも価値が無い。実験用の脳髄(のうずい)を除き、人の姿どころか部位の姿すら(とど)めていない残渣(ざんさ)丁寧(ていねい)に扱われるべき献体けんたい(など)ではなく、生物汚染の原因物質であり、廃棄物でしかない。

「生物汚染物質の分子分解開始。転換生産ユニット正常稼働中。クローン調整体初期10ロット生産開始」


 何故ここまで苦労して、クローン調整体に対象の意識を転送して尖兵(せんぺい)にする必要があるのか?此処まで手間をかけるよりも、生義体を用いたアンドロイドを生産した方が早いのではと思うかもしれない。

 その考えは、一面に()いて正しく、そして間違い。人工知性の技術は確立している、(ゆえ)にアンドロイドで十分に代替(だいたい)可能である。但し、彼が母星を旅立ち(しばら)()ってからの技術であればとの条件が付く。

 彼が持つ技術で作られるアンドロイドの場合、インプットデータは所詮(しょせん)データでしかない。生体の脳が優れているとは言い切れないが、臨機応変(りんきおうへん)自己完結(じこかんけつ)となると、プログラムは生体の脳が持つ知性や意識に勝てない。(ゆえ)に彼はアンドロイドを採用することができない。


「あ……あぁぁ……(あやかし)が……(あやかし)が……」

「なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 夏の中頃、村(はず)れの家族が連れ去られた。若い男女だけじゃない。赤子(あかご)も老人も含めた家族全てが連れ去られた。

 佐吉(さきち)(よう)の時と違うのは、他の村人達の前で(さら)って行った。何体もの大蜘蛛(おおぐも)が田んぼで作業をしていた一家に襲い掛かり、一部の脚で抱え込む様にして、助けを求め叫び続ける者達を(さら)っていった。

 余りの事に呆然(ぼうぜん)としていた村人達が、(われ)に返ったて時には、()み荒らされ、誰も居なくなった田んぼだけだった。

 大蜘蛛(おおぐも)(あやかし)が居るとは噂にはなっていたが、まさか何体も居るとは思ってはいなかった。昼の日中(ひなか)に襲ってくるとは思ってもいなかった。

 (もっと)も、(あやかし)が居る事や、日中に襲って来る事が分かったとしても、あんな物から身を守る(すべ)を村人達は持っておらず、そして何処(どこ)に逃げる訳にもいかない。

 今にも夕立に降らせそうな厚く黒い積乱雲(せきらんうん)の下、残された者達にできる事は、次に自分達が(おそ)われない様に(いの)る事だけだった。


捕獲(ほかく)標本群の意識抽出成功率90%」

 人口知性を確立するために、知性や意識の不思議を解明しようとした結果、意識転送や調整体の技術が先に確立されてしまったのは、皮肉(ひにく)なものだ。

 技術を確立させたといっても、誰もがどんな人工脳髄(のうずい)に転送可能とはいかない。原因は未だに分からないが、合う合わないが出てくる。年齢層によって成功率が大きく異なる。これが母星種族であれば、疑似脳髄(のうずい)を何度も作り変える事で意識転送を成功させることも出来る。

 だが、たかが尖兵(せんぺい)にそれは、時間と資源の浪費(ろうひ)しかならない。対象生物を捕獲(ほかく)し、人工脳髄(のうずい)に適合する対象生物を見つけた方が早い。捕獲(ほかく)した対象生物が適合しなくても問題はない、破棄すれば良い。捕獲(ほかく)の継続で標本の群体が崩壊(ほうかい)したとしても別の群体がある、問題はない。

 とは言え、いきなり何度も本番を繰り返すのも無駄でしかない。意識転送成功率の高い年齢層を見つけ、転送成功率を向上させておく方が、結局は時間や資源の浪費を防止できる。

「抽出意識の仮想脳髄(のうずい)への転送成功率、幼体0%、半成体10%、成体55%、老体0%。捕獲(ほかく)対象を成体に決定。疑似脳髄生産開始。標本の分子分解開始。転換生産ユニット正常稼働中」

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