表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/187

1-20-2-2 理不尽な世界)大蜘蛛

 弱肉強食。この世の(おきて)。生存環境、生体組織の組成、何が(こと)なり、何が同じでも、何処(どこ)であろうと変わらない。弱いものは強いものに()られ、その(かて)となる。

「川の水も、もう(つめ)てぇなぁ……、少し遠くまで、来過ぎたかもな」

「それは、この鹿を仕留(しと)める前に言うべきことだな」

「馬鹿な話しをする前に、とっとと革剝(かわは)ぎと、解体を済ませて移動するぞ。奴等が血の匂いに誘われてやって来ちまう」

「だな。ああ、内臓の一部は、夕食用に持って行く。見張りと、火の番を頼むぞ」

「あいよ」

 人も(けもの)も、短い秋が終わる前に冬支度(ふゆじたく)(ととの)え様と、大忙しだ。

 日没(にちぼつ)前に鹿の解体を終わらせ様と、奮闘しているこの3人の猟師(りょうし)御多分(ごたぶん)()れず、冬支度(ふゆじたく)の為に村から離れた場所にある猟師(りょうし)小屋を拠点に狩を続けている。

 急がなければならない。森は(めぐみ)の場所であると共に、日中であっても人の命が簡単に奪い去らわれる場所。陽が暮れた後の森は、人が生き難い場所から、生き抜くのが困難な場所に、獣達(けものたち)の世界に変わる。

 血の匂いに敏感な捕食者達がうろつく夜の森を、狩った獲物(えもの)を持ちながら歩くなんてゾッとする未来しか想像出来ない。


 群れている相手を襲うのは困難だが、(わず)かな間だけでも群れから離れたり、(はぐ)れたりする個体は居る。捕食者はその(わず)かな(すき)を見逃さない。 

 場所が変われば、常識も変わる。この惑星では、(すき)をみせれば捕食生物同士でも襲い、襲われる。捕食生物があたかも弱者の様に捕食生物も群れを作り、身を寄せ合わせ、助け合う。(すき)を見せてはいけない。周囲を警戒しないものは生き残れない。食物連鎖の頂点であろうと、弱っていれば、(すき)を見せれば捕食される。

 獣達(けものたち)にとって、それはやり過ごし、身を(ひそ)ませ、逃げ去るべき対象だった。自分達の何倍もの大きさの(あわ)(あお)く光る大蜘蛛(おおぐも)、そんなものが何体も静寂(せいじゃく)に支配された森の中を、音も無く猟師(りょうし)小屋に向かって移動している。


「なぁ?今夜は遠吠(とおぼ)えが聞こえないと思わないか?」

 燻製(くんせい)小屋を併設した猟師(りょうし)小屋で留守番をしていた奴が気を利かせた小屋の外に焚火たきびの灯りが無ければ、月夜とは言え、夜の闇が迫る森で猟師(りょうし)小屋を見つけるのは困難だったかもしれない。

 慢心(まんしん)して、深追いをし過ぎるという在り得ない間違いを犯した。猟師(りょうし)小屋に無事に帰れたから良いものの、少しの間違いが、死を(まね)くのが森だ。次に狩に行くときは、気を引き()めないといけない。そんな事を思っていた時、外に用を足しに行った奴が、小屋に入るなり変な事を言う。

 しかし、言われてみれば、確かに遠吠(とおぼ)えも、(ふくろう)の鳴き声も聞こえない。くべた(まき)()ぜる音と、風の音しかしない。まぁ気のせいだろう。明日は恐らく荒れる。天候が悪くなるので、獣達(けものたち)も今夜は出てこないだけだろう。


 昨夜も静かだったが、今朝もまだ森は静かだ。鳥の鳴き声すらしない。確かに晴れではないし、今にも雨が降りそうな黒雲に(おお)われているが、これは思った以上に早く天候が荒れる(きざ)しに違いないと、(まき)の補充や、燻製(くんせい)の処理等を小屋の周りで行い、そろそろ飯でもと思った時に、奴等(やつら)が現れた。

「なっ!何なんだよっ!あれはっ!」

(うるせ)ぇっ!文句を言う暇ががあったら、走れ!」

 薄曇りの今日は、見通しが悪くなる。小道があるとは言え、森の中なら尚更(なおさら)に見通しが悪い。俺達は今、(あわ)(あお)い光を(まと)った大蜘蛛(おおぐも)の魔物に追われている。見通しの悪い森の中を、魔物に追われ命がけで走っている。

 (けもの)ならまだいい、(けもの)なら殺せるかもしれない。だが、俺は魔物の殺し方を知らない。だが追いつかれたら、俺達は死ぬだろうという事だけは分る。

「う・うぁぁぁぁっ!離せぇぇぇっ!うぐげぁっが!」

 ああ……また、ひとり捕まっちまった。畜生(ちくしょう)、俺だけになっちまった。ああ……俺達に追われていた獲物は、こんな気分を味わっていたのか。こう言うのを、自業自得(じごうじとく)とか言うんだっけな。畜生(ちくしょう)……あの脚は()けられねぇ。

「対象3、捕獲(ほかく)時に右上腕(じょうわん)部、骨格(こっかく)損傷。心拍数上昇中。鎮静剤(ちんせいざい)投与。帰投(きとう)開始」


「捕獲した標本は、対象生物の平均的な個体なのだろうか?」

 生体標本は重要である。観察(かんさつ)より、実物の検体(けんたいい)検分(けんぶん)する方が理解を深め(やす)い。これは真理(しんり)だ。

 問題は、捕獲(ほかく)した標本個体が、対象生物の平均的な個体だと言い切れない事だ。この種は、役割分担をしている(ふし)がある。ならば狩や、宿営地(しゅくえいち)から遠く離れて移動する個体や、闘いに(おもむ)く個体は、特に優れた個体とも考えられる。または損耗(そんもう)(やす)い仕事は、下限値の個体が(にな)うのかもしれない。

 能力値を知るための生体標本、幅広く比較が行える(まと)まった数の生体標本、例えば小規模な群体の全てを生体標本として確保し、比較検討を行う必要がある。これは理論の帰結(きけつ)だ。


 植生(しょくせい)(とぼ)しいとか、気候が厳しいからではなく、捕食、被捕食という意味で、この惑星の過酷(かこく)な生存環境が理由なのかもれないが、この惑星の生物の反応速度は異様に早い。

 対象生物は、昼行性の生物。夜行性の生物と異なり、夜目(よめ)が効かない。(さら)に夜の行動を(ひか)える性質がある。

 闇夜(やみよ)(ひそ)む彼等を狙う捕食生物を恐れて、夜空で(かがや)く衛星が夜を薄く照らしていたとしても、夜に出歩くことは(ほとん)どない。今日の様な、三ケ月(みかげつ)早々(そうそう)に沈み、星空の(あわ)(あか)りだけの闇夜(やみよ)ならば尚更(なおさら)に出歩かない。

 十分な準備をすれば、群体の全てを一気に捕獲(ほかく)する事は可能だ。

 群体の集合地の(はず)れ、地形的な理由で少しだけ集合地から突出(とっしゅつ)した位置に、鬱蒼(うっそう)とした森の近くに、成体(オス)1、雌1、中間体(メス)1、幼体(オス)2の群体が、木材を主要な材料にした巣を住処(すみか)にしている。

 捕食生物に襲われる確率は、群れの中心から外縁部(がいえんぶ)に近づくにつれて指数関数的に増加する。群れの(はず)れに居る個体を狙う。これは、自然の摂理(せつり)だ。


「... ......」

「.. ......」

 人には聞えぬ声で、人に(あら)ざる言葉を用い仲間同士で会話しているそれの姿を簡単に表せば、天から()らした糸にぶら下がる(あし)(たた)んだ状態の、艶消(つやけ)しの黒色の胴体に(あわ)蒼白(あおじろ)の光を(まと)った人の2倍はあろうかという体長の大蜘蛛(おおぐも)

 (あわ)蒼白(あおじろ)の光を(まと)った大蜘蛛(オオグモ)が、(ただよ)う様に森の中から現れ、群れの(はず)れの巣を取り(かこ)んだとしても、他の群体が気づくことはないし、邪魔(じゃま)もされない。

 巣に襲い掛かった時に、巣の壊れる音や、獲物の悲鳴で少々騒々(そうぞう)しくなろうとも、他の群体が騒ぎ出す前には全て捕獲(ほかく)し、離脱している。問題は無い。

「各ユニット正常稼働中。捕獲(ほかく)対象を確認。巣の内部に、成体(オス)1、雌1、中間体(メス)1、幼体(オス)2。予定捕獲(ほかく)数と一致。全捕獲(ほかく)対象休眠中。各ユニット襲撃(しゅうげき)発起(ほっき)位置まで移動を開始」


「中間体(メス)1排泄物処理中。巣上部の切除(せつじょ)軸線(じくせん)外、捕獲(ほかく)に影響無し」

 夏は、暑いし蚊も居るので嫌な部分もあるけれど、家族と抱き合って(こご)える寒さに耐えて寝るより良い。朝起(あさお)きたら、弟達のどちらかが寒さで死んでいたらどうしようと思うより良い。

 夜中に(かわや)に行く時も(こご)えないで良いのは楽。だけど夏の夜は、真夜中に(けもの)と出会う事がある。私は(たぬき)(きつね)蝙蝠(こうもり)程度しか出会ったことはないけれど、極稀(ごくまれ)に熊や狼が人里(ひとざと)に降りて来ることもあるらしい。

 (けもの)も怖いけれど、(あやかし)も怖い。最近は鬼火(おにび)を見なくなったけれど、大蜘蛛(おおぐも)が居るらしい。身の(たけ)が、人の二回(ふたまわ)りも三回(みまわ)りも、大きい蜘蛛(くも)らしい。そんな物に出会ったら、私なんて直ぐに喰われて終わる。

 馬鹿な事を考えていたら、怖くなってきた。早く用足(ようた)しを終えて寝床(ねどこ)に戻ろう。


「うぎゃぁぁsぁぁ!」

 炭火に水が掛かった時の様な、ジャッ!という音がしたと思ったら。屋根が消えて、何匹もの大蜘蛛(おおぐも)が、動転してしまって危険を知らせる声を上げる事も出来ない私の目の前で、寝床(ねどこ)の母ちゃん達に襲い掛かっている。

 悲鳴を上げる母ちゃん達を何本もの(あし)で抱え込む様にして、大蜘蛛(おおぐも)が母ちゃん達を(さら)っている。

「なんじゃぁ?! ぐがぉぎゃっ!」

 父ちゃんが変な声を出しながら、連れ去らていった。此処(ここ)に居る私なんてどうでも良いとばかりに、全く無視されている。

 うううん。無視なんかされていない。だって真横に気配(けはい)があるもの。横を見ては駄目なのに、体が、首が勝手に動いて横を見ようとしている。

 ああ……脚を、何本もの(あし)を広げた大蜘蛛(おおぐも)が居る。喰われるんだったら、ひと思いが良いなぁ……。苦しいのや痛いのは嫌だなぁ……。今度生まれ変わったら、腹いっぱい飯が食えると良いなぁ。

 月のない暗い星空の下、真夜中に上がった悲鳴に驚き駆け付けた村人の前には、切り取らた屋根と壁の一部を(くす)ぶらせる(あば)()しかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ