1-20 撤退
「うきゃぁ~、あの抱っこされながらこっちに手を振ってた女の子、可愛かったぁ~。抱っこしたら、柔らかいんだろうなぁ~」
「最近、この街歩くのも慣れちゃったよね?私達の歩く姿も、風景の一部になっているような感じもする。この骸骨が怖がられるどころか、手を振られるし……。手を振られたら、銃から片手離して普通に手を振り返しているし。私の記憶が正しければ、私達ってさ、パトロールしているのよね?」
「お嬢さん、気にしたら負けよ?観光ガイドブックってあるじゃない?そのガイドブックにね、安全な場所で、セクシーな女性バッカニアに会える街って書かれているのよ?何を今更驚くことが、はっはっは……」
「うぇっ?……まじ?そんな事になっているの?」
「なっておりますよぉ~、さらにぃ~運が良ければ、バッカニア装備を脱いだ後の、女性ARISと話を出来る可能性もありますって書いてあるのよ、これが。よってぇ~、私達はこの街のぉ~じゅうよぉ~なぁ~観光資源で御座いますのでっ!はいっ!11時方向の人達に対して、手を優しく振り返すぅ~」
「脱いだあと……脱いだあと……見られる?写真撮られる?」
「あ~……そういや、終わった後、私服でオープンカフェでお茶して、そのレシートを持って帰る任務を、家族から仰せつかっているんだっけ?」
「お土産を買うオプションもつけられてる……」
「まぁねぇ~貴女は周囲の男性から見られているのに、無自覚な行動が多いもの。そりゃぁ家族も、貴女に女性としての佇まいに慣れてきなさいと命令するよぉ~。という事で、今日もお姉さんが付き合ってあげよう」
「た・たかる気だなぁっ!?」
「な・なんのことかなぁ~?そ・そ・それよりもさ、今週で新人さん達のお金稼ぎツアー終わるでしょ?来週から、この場所のパトロール競争激しくなるので・す・が、私はえらい!かしこい!貴女と私で定期登録してきたもんねぇ~。ふふん、褒めたまえ、敬いたまえ~」
「ふおぉぉっ!偉大ですっ!偉大でございますっ!」
――いこと。繰り返す。後8時間で最終便が出る。人員点呼は、厳重に行うこと!絶対に乗り遅れないこと!では解散!」
VOAと闘うARISや、宇宙船の映像をみてARISには憧れていた。けれど現実になる訳がないと、馬鹿な夢を見ていただけだった。
現実の世界での俺は、VOAの出現で経済環境が激変して、就職活動が停滞。帝大クラスでも何でもない俺の就職活動は、困難を極めていた。
そんな時に発表されたARIS新兵の募集。ベテラン達とは違って、容姿・性別の変更をしないでARISに成れ、宇宙に飛び出すことが出来ると聞いてそして、VOAとほとんど闘わないで良いのに危険手当をもらえること、下手な銀行員や、某半官半民放送局員に成るよりも、金銭的に優遇されることに心を動かされて、今俺はここに居る。
「助けるのはARISと米軍だけだ、それ以外は物と思え。心をしっかり保てよ?あの場所で見る光景は、一歩間違えれば私達の姿だ。それを理解してから行くなら、止めはしない」
今は、この場所に行くと最初に相談した時の、教育係の古参が俺に言った意味が理解できる。目に映るものは、全てモノと思わないと心が折れる。
隣の中国でのVOA騒ぎの最中も、この地の封鎖は着々と進められていた。断続的に送り込まれ、ゲートの向こうに追いやられるモノ。それを待ち構える、先に送還されたモノ達。新しいモノが送り込まれた日の夜は、悲鳴が途切れる事がない。
最初の頃、その悲鳴を聞いて助けに行こうとした俺は、先輩や米軍に止められ憤慨した。それも今は昔。今じゃ俺が、新人を止める立場だ。フェンスの向こうに居るのは人じゃない、モノだ。
昼夜を問わず、この基地に侵入して輸送艇に辿り着こうとするモノ達と、それを物理的手段で排除する我々。
それも今日で終わる。今日の夜に最終便が出た後は、この基地はもぬけの殻だ。さぞかしモノ達は驚くだろう。
食糧庫には、持ち帰らないレーションが有る。争奪戦が行われるのだろうが、明日からはこの半島はモノ達だけの世界になる。3日に1回の無人偵察機を除いて何も入って来ないし、何も出ていくことが出来ない閉鎖地域になる。この後、ここがどうなろうがモノ達の責任だ。
「今日は、いつもの数倍以上がフェンス向うに居るな。外のモノ達が、我々の撤退に気付いているんじゃぁ?」
「やっぱり、そう思うか?今日は、いつもより殺気立っているんだよ、外のモノ達が」
「揚陸艇の位置を、もう少し管理棟に近づけておいた方が良いな。どうせ捨てていく管理棟だ、離陸時に倒壊しても問題ないからな」
「発射!」
ここ最近、断続的に投石機モドキで、フェンスから200m以上向う側の無作為な場所に、余ったレーションの投擲を行っている。フェンス傍に居るモノ達をフェンスから引き剥がすのが目的だ。
パブロフの犬的な効果も狙っている。この投擲から1時間程度で最後の揚陸艇が離陸し、明日の朝再び揚陸艇がやってくる。我々の撤退を気取らせないために、このルーチンをモノ達に染み付かせた。
「各班、撤退が遅れていた米軍さん達は、全員揚陸艇に乗った。最終点呼中」
「了解。各員、撤退準備。各員、撤退準備。こけるなよ?」
撤退が遅れたのは良いんだけど、何で女性兵士が多いわけ?馬鹿じゃないの米軍は?
「発射!あと3発!」
何人かフェンスから離れないモノが居るな……。気取られたか?感の良いモノ達だな。
「各班、米軍搭乗者全員の着席確認済、撤退準備開始せよ」
未だフェンスから離れないな。登る……いや、揺らしているな。フェンスを倒す気か?ああ畜生いつもならここで警告射撃だが、今日は射撃がない……ばれるか?
「お前ら撤退命令が出たら、揚陸艇まで本気で走れ。嫌な予感がする」
「各班、撤退用意、撤退用意。発動まで30秒、発動まで30秒」
あ……フェンスを倒そうとしているモノが、後ろのモノ達に何か叫んでやがる。畜生、協力してフェンスを揺らし始めやがった。撤退開始まで、フェンスがもつか?
「各班、撤退用意。5,4,はつどー、いま!」
「おらぁっ!走れ!走れ!揚陸艇まで走れ!」
「フェンス倒壊!フェンス倒壊!揚陸艇から援護射撃を行う!各班は立ち止まるな!」
畜生!ボロボロの服のモノ達が走ってくるなんて、全力疾走してくるアクティブなゾンビ映画じゃないんだぞ!脱出シーンなんかお呼びじゃないんだぞっ!
そりゃまぁ!世界じゃモノは、感染者扱いだけどなぁっ!だからって走ってくるんじゃねぇっ!
「後3人!早く!」
「乗れ!乗れ!乗れ!」
「点呼完了!全員搭乗、扉閉鎖!!出せっ!出せっ!」
ランディングポイントでボロボロの服の感染者扱いのモノ達が腕を振り上げ、何かを叫んでいるのが小窓から見える。すまんな君達、君達はこの揚陸艇に乗船出来ないんだ。なんにせよ誰も乗り遅れず、みんなでこの場所を出られて良かった。もうあの場所は……二度とごめんだ。
♪~ ああ……誰かが音楽を流している。俺達は生き残った。あの場所から出られたんだ。引きつっていたみんなの顔も、心なしかにこやかに見える。
米軍さんと軽食を分け合いながら談笑しているし、熱烈に抱き合ってキスしているなぁっ?!ってお前!もうちょっと回り見ろよ!
え?お前が左手で肩に手を回しているのは何だ?黙秘だ、黙秘。まぁ、こっちのARISは男型ばかり、あっちは同数の女性兵士。ハニトラの一種だろうが、知ったことか。何でだって?向うがハニトラだって白状しているんだから問題はない。こんな地獄で、長期間一緒にチームの様に相互補完しながら、モノ達の相手をしていてみろ、本国の意向なんて無意味になる。
――リア234異常無し。エリア234より234に移動する」
「【도와주세요!】 ああ、誰か……。屋上に書いたこの文字を見て……。空を飛んでいるあの飛行機から見える様に、大きく太い文字で描いたこの文字を……。私は人気者なんだ……だから助けて!」
「エリア233通過中、VOAの発生は見られない。このエリアに変異型は居ない模様、次のエリアに移動する。待て、ビルの屋上に何か見える。動く影も見える。変異型VOAの可能性がある。接近し確認する」
「そうだ!こっち!こっちに!」
「変異型VOAではなかった。影は感染者。影は感染者。屋上に何か書いてあるが読めない」
「了解した、感染者もしぶといな。書いている事はどうせどうでも良い事と思われる。次のエリアに移動せよ」
「了解した、次のエリアに移動する」
「行かないで!行かないで……たすけ……て」
=定時偵察報告メモ=
本日現在、封鎖地域で、変異型VOAは発生していない。
複数の感染者と、変異者の混住を確認。
混住地域は、舗装道路で合った部分が畑にされている部分もある。
生活基盤を作っている模様
なお――
変異者の特異体発生有無の確認の為、サンプル捕獲を提案する。




