1-19-5 小川
話順の並べ替です
薄暮の中、湖底が揺れ動き光を乱反射させる。なんて幻想的な風景だろう。
それで済まないのが、この場所。それが迷宮。分かり切った事。分かっていて当然の事をなぜ?なぜ、忘れたのだろう?
「遠くで何か騒いでますが、湖から、何か出てきたみたいですね」
「だから言ったんだよ、湖に近すぎるって」
「嫌味たらしく、『良い場所だろう?』ってせせら笑いながら自慢してくれていましたねぇ……」
「お前たちみたいな臆病者で、役立たずは、壁際で十分だ。でしたっけねぇ?」
「いやぁ、臆病者で良かったよ、本当に。ところで水辺の近くに居らっしゃる大隊本部からは、何か言ってきているか?」
「今のところ何も言って来ていません。問い合わせもしていますが、回線が混乱していて要を得ません」
湖面の光の揺らぎが大きくなったと思えば、期待に応える様に何かが湖の中らか現れ、水辺で大暴れしてやがる。
畜生。だからボンボン共は嫌いなんだよ。こりゃぁ、ちょっと拙いかもなぁ。
「大隊本部は、もうほっとけ!」
ドンッ
「おいおい、擲弾使っている馬鹿が居るぞ?」
「まぁ、ここは広いからね、崩落の危険性は低いと思うけど、音はなぁ……」
「ええ、音は奴等を呼び寄せるかもしれないですからね」
「ああ、面倒だ。本当に面倒だ。上に帰るためには、どうやってもあの湖に近い場所を通らなければならないのに。その水辺に、得体の知れないのが居ると思うと。あぁ……、本当に面倒だ」
「おい。大隊本部は、何が襲ってきていると言っている?」
「トカゲとか、鰐とか、恐竜だとか、要を得ないです。後は……、救援要請を叫んでいるだけですね」
鰐だ?恐竜だぁ?そんなもの大分昔に絶滅しとるわっ!今更、こんな所に現れて堪るか!いや……、ここだからなぁ。あるかもなぁ。
ドッ! ドンッ!ドンッ! ドンッ!
擲弾の爆発音が、多くなってきた。こりゃ騒乱状態になってるな。
そりゃまぁ湖畔のリゾートと勘違いして、気を緩ませていた大隊本部が、迅速な対応を出来る訳もなく。こうなるよなぁ……。
こりゃ、助けに行くのは良いが、逃げる奴等の統率もやらされそうな勢いだな。ああ畜生、小隊長じゃないが、面倒だぞ、これは。
それよりも、水辺も大変だが、狼や虫がこの騒ぎに乗じて、こっちに来ないことを祈るしかないな。
いや……もう来ているか?
「全集警戒!頭上を忘れるな!」
「軍曹。湖から出てきたのは、コッチにも来るかなぁ?」
「来ない。と思わない方が良い。そう、思いますが?」
「だよねぇ。水辺以外の他の奴等も来そうだよねぇ。あぁ……あんまり寝てないのに、これは辛いねぇ。そう言えば、みんな勝手に死なない様にね。死なれたら、私が死んじゃうからね?」
本当に、うちの小隊長は良い臆病者だ。目の前の最悪だけじゃなくて、周囲が最悪なる場合をちゃんと想定している。それに、何気ない一言で、小隊の緊張を解してくる。
「それじゃぁ、軍曹。湖畔のリゾートに、出発しましょうか」
「はい、小隊長。おらぁ!坊ちゃん嬢ちゃん達!湖畔のリゾートで楽しい休暇だ!動け!動け!動け!」
アホ共が、湖畔で、バカスカ盛大に音を立ててくれたお陰で、湖畔に行く道すがらは、側坑から奴等がわんさかと……。あのアホ共共のお陰で、薄暮の中、ペアとなった仲間が、後ろ向きの私の肩に置いた手の合図だけを頼りに、後方を警戒しながら後退りする私が爆誕した。本当にとんだ大迷惑だ、まったく。
「後方クリア!ああ!糞ったれ!次から次にウゾウゾ現れやがって!キリがないっ!」
「だよねぇ……。でも、VOAが出てこないだけマシだって」
確かに、こんな大騒動な時にVOAなんか現れてみろ……。うちの小隊はどうかとして、ただでさえパニック寸前の湖畔の部隊は、壊乱状態になるのは必至だな。
「左!柱!虫!」
「ああ!鬱陶しい!なんでこんなに!こんなに!虫が多いんだよ!さっき居なかったろうが!」
「つべこべ言わないで、とっとと撃ちなさいよ!」
「2時!上方側坑!狼!」
「畜生!今度は狼かよっ!死ね!この野郎!死ね!」
「4時!小川から何か来る!」
「なんで!水の中から、虫が出てくるんだよ!こんのぉ!大体、虫がこんなに大きいなんて在り得ないでしょうがっ!石炭紀か、ここは!?酸素濃いんかっ?!セピア色の大気なんかっ?!」
「訳わかんない事を言ってないで、撃てってばっ!」
湖畔の騒動に、反応したのだろうか?最初に柱の陰や、側坑から現れたのは、狼だったか、虫だったか。最早、どうでも良い。兎にも角にも、前後左右から襲い掛かってくるそいつらを撃ち倒す。それだけだ。
ARISから供与されたエネルギーパック式の銃だから、何とかなっている。これが、いつも通りの実体弾式の銃だったら……そう思うと、怖気が走る。確実に弾切れで、屍累々になっている。エネルギーパックさまさまだ。
はみ出し者や、不要者ばかりが集められ、嫌がらせで作られた小隊。小隊長と俺を含め総勢22名しかいない変則的な小隊。最初はどうなるかと思ったが、妙な結束力と、臆病さで、誰も欠けていない。湖畔で大騒動になっている他の隊とは、えらい違いだ。
「……を確保せよ!繰り替えす、A1の滝から出ている回廊の安全を確保せよ!」
A1の滝に一番近いのは、うちの小隊……か。それよりも一般回線で叫ぶとは、大隊本部は馬鹿の集合体か?雪崩をうって、滝に近い方の部隊から潰走した様に、集まってくるぞ?
「軍曹!聞いての通り、大隊本部から命令だ。A1の滝に通じる回廊を確保しておけとの命令だ」
「潰走してくる他の部隊が多くなる前に、回廊と回廊を挟み込む小川の安全を急ぎ確認する必要があります」
この地底の湖畔から少し離れた場所には、大小色々な滝を持つ水場の様なものがある。大小の水場から生まれた深さも色々な小川が、湖に流れ込んでいる。
A1の滝から湖までは、小川が2つ流れ込んでいる。滝前の広場から湖までは、広場の左右から湖まで流れ込む小川によって挟み込まれた、回廊の様な通路が出来上がっている。
1本の小川は、小川と言って良いのか分からない程度に、幅広くそして、深い。湖の一部と言ってもよいだろう。
残る1本は、幅は5m程度、水深も踝程度、数センチしかない。数センチしかないからといって、安全ではないのがここの場所だ。急ぎ安全を確認しないといけない。
「馬鹿が一般回線で叫んだお陰で、すぐに潰走状態になる。何も考えないで、水深の浅い方の小川を渡河する馬鹿が大勢発生するだろうよ。|A1の滝は、上層への通路が繋がっていつからね。凡そ、自分達の逃げ場を確保しておきたい。それしか頭に無かったんだろうが、本当に迷惑な奴等だよ。それはさておき、あり難きご命令だ。やるしかあるまいよ。ああ、途中、逸れた奴や、いち早く動いた奴等を回収する。見捨てても、寝覚めが悪いからね」
「了解しました。お前ら!落穂拾いだ!他の部隊の奴等を回収しながら、A1の滝まで移動!避難場所を確保する!」
「おい!勝手に離れるな!そっちはまだ確認してない!」
小川にフラフラと近づく他部隊の兵隊に、うちの小隊員が警告しているが、あれは聞いちゃいないな……。
「おい!お前ら!行くな!馬鹿野郎!」
畜生、ひとり小川で水を飲み始めたら、バラバラ、バラバラ、言うことを聞かない馬鹿野郎達が……。糞っ!こうなったら至近に弾を撃ち込んで、追い払うか?ん?あれは?!岩じゃない?
「おい!逃げ」
バシャッ!
不用意に近づいたひとりに、水の中の岩に擬態していた虫が、一瞬の早業で脚に喰いつき、咥えた不運な犠牲者を湖の方に引きずっていく。
「うぐぎゃぁぁっ!助けてくれぇっ!誰かぁ!」
バシャッ!バシャッ!バシャッ!
ひとり、喰いつかれたのが合図の様に、何匹もの虫が水中から躍り出てくる。水が跳ねる音がするたびに、不用意に小川に近づいていた馬鹿者達が押し倒されていく。
「うわぁぁぁ!」
「馬鹿野郎!退け!射線から退け!馬鹿そっちに行くな!」
「ひいいぃ! いだい!だずげでっ!」
「退け!撃てないだろうがぁっ!邪魔だっ!」
「嫌だぁ!誰か!誰 ゴボッ…!」
助けようにも、右往左往する奴等が邪魔をして、湖の中に引きずられていく犠牲者を助けられない。
湖の中に引きずっていく?小川を使って?ここは小川に挟まれた回廊?後……の小川?!
「全周警戒!後ろの小川!天井も確認しろ!」
「後方クリア!」
「直上!?虫っ!」
「糞ったれ!撃て!撃て!撃て!」
虫だらけじゃないか、ここは!何だこれは?!
「前方!小川!虫第2派来るっ!」
「そこの馬鹿!伏せろ!この野郎!邪魔だ!」
糞ったれ!だから他の部隊の奴等!役立たずのボンボン共は、嫌いなんだ!
「擲弾は撃つな!擲弾は撃つな!崩落の恐れがある!アディ!後ろ!」
ふむ。小隊長は冷静か。なら俺達の小隊は生きて還れるな。




