1-19-3 空洞
話順の並べ替です
「行きました、もうこっちには来ないと思います」
「……っふぅー、行ってくれたか」
下に降りれば、降りるほど、奴等が大きくそして、多くなり。種類も変わり、見かけは狂暴に、行動は狡猾に。気が休まる暇もない。
「殺っちまえば、良かったんじゃないですかね?」
「ん?撃ったら、団体さんで襲って来るからな。やり過ごすのが一番さ。それよりも、マーカー置いたな?後ろの奴等に何文句言われるか分かったもんじゃないからな」
「後ろの奴等は、何の役にも立たないくせに口だけは立派ですからねぇ」
「舐め切って、おざなりに、いい加減な確認で進んでいた結果が、被害甚大。何人連れてかれて、食われたんだか」
「そのとばっちり喰った私等は、一番後ろから、一番前に配置換えですけど」
大隊長の有難いお達しによって、うちの小隊は殿から先頭に配置場所が変わった。まぁ、単に子飼いの部隊の被害続出に音を上げて、うちの小隊をスケープゴートにしたいだけなんだろう。
本当に出世欲に目が眩んだ奴ってのは……屑だな。弟に言わせれば、軍の出世欲に目が眩んだ奴なんて、民間に比べたら可愛いものらしいが、そんなもんなのかねぇ?
「しかし、この層に入ってから出会う狼は、上の層より絶対大きいというか、見かけが凶悪というか……」
「その凶悪な狼が、周りを警戒して歩いている此処ってのが、一番嫌ですけどね、私は」
この層の狼は、上の層で出会った奴等と行動が違う。最初は何故なのか分からなかったが、あれを見て理解できた。あれは駄目だ。
「狼の野郎共が怖いのは当然として、あの壁の虫もなんとかならんもんですかね?」
「何とかならんかと言われても、気を付けるしかないだろう。あれは反則だろ?あり得ないだろ、あの動きと大きさは」
「虫も、上の層と比べて絶対に大きいし狂暴ですよね?」
「だよなぁ……。ファンタジーと言えば、ファンタジーなのだろうけど、そんなファンタジーは要らんのだけどねぇ?」
「いや、少尉。あの虫はファンタジーじゃなくて、B級SFホラーだと思いますけどね?」
怖がりの小隊長を筆頭に、疑い深いうちの小隊では、犠牲者は出てない。俺達の小心ぶりを笑っていた他の隊では、何人か犠牲者が出ているみたいだ。自業自得ってやつだな。
「しかし大隊長とその取り巻き達は、悔しいでしょうねぇ」
「私等に先頭を歩かせて、被害甚大にさせてボロボロにしようと思ったのに、被害皆無だしね」
「挙句に、自分達が、私達が設置したマーカーを見落としたのに。その結果、被害多発なのに。文句を言ってくるからね。もう付き合いきれん」
永遠の白夜の中、見通しが良い様で、何気に凹凸が激しいこの中は見通しが効かない場所が多い。そんな場所に虫が居る。
ところで、狼にしろ、虫にしろ、食べられるみたいだが、うちの隊で試した奴は居ない。狼や他の歩き回る奴等はどうかとして、壁に擬態する方を食べるのには勇気がいる。ありゃ、どうみてもバカでかい昆虫にしか見えない。
「軍曹、あの虫って食べられるのかなぁ?」
「小隊長、試すおつもりで?いや携行保存食に飽きたのは分かりますが、流石にあの虫はゲテモノ過ぎませんか?」
「いやいや、選択肢のひとつに出来るのかな?と思っただけだよ。最悪、あの虫を食べるのも考えておかないと、そう思っただけだよ」
今はそこまで食料に困っちゃいない。食っても、お試しで植物もどき止まり。狼や、昆虫もどきを食おうとした奴は出てきちゃいない。
まぁ出てきても止めるけどな。気持ち悪いからな、あれは。あのでかさはないだろう……あのでかさは。
「出発前にもらった配布資料を見るに、あの虫も食べられるみたいですが、食べたくは無いですねぇ」
「だよねぇ、あれを食べる状態にはなりたくないよねぇ。でも一度試しておくべきだろうねぇ」
「真面目に言っています?小隊長?」
「ん~、真面目に言っていますよ?次の野営の時にみんなで調理の仕方と食べる練習ですね、嫌だけど」
普通なら反対するんだが、小隊長は何気に感が鋭いからな。こりゃ諦めて次の野営は虫料理だな。
「VOA!」
「畜生、久しぶりじゃねぇか!良く狙って撃て!同士討ちに注意しろ!」
何だろうな……VOAに会えて嬉しく思うこの感情は。
「それ、ちゃんと回収しておいてね」
「……小隊長。真面目にこれ、持って行くおつもりで?」
「ん。次の野営は、これを料理するからね。諦めて練習するよ」
「あ……ちょっと腹痛が出てきたので、次の食事は遠慮……」
「そうかぁ!じゃぁ、栄養付くように、あれをミンチにしてあげようか!」
「小隊長、後ろの別の隊の奴等がドン引きしてます。流石に虫を喰うのは……」
「食べられるって、説明書にも書いてあるからね。一度は、練習しておかないといけない気がするんだよ。そりゃ、積極的に食べたいとは、思わないのには、同意するけどね。ただね今夜くらいしかチャンスがないと思うんだ」
「おら!お前らグダグダ言っていないで、運べ!」
「あ、狼とかその他の走り回るのも、狩れたら持って行くから」
こりゃぁ……注意しておいた方が良いな。小隊長がこうも警戒しだすってことは、何か面倒事か、トラブル発生の予兆だな。
匂いは良い匂いしてやがる……。見かけは最悪だけどな
「よし……。いくぞ!」
「小隊長、吐く時はこっちで」
「……口に入れる寸前の人間に、吐き出すのを前提で言うのはどうかと思うぞ、アディ」
「……」
「……なにげに美味しいかもしれない。蟹みたいだな、虫は」
「蟹……?ですか?」
「うん。蟹だな。狼の方は、肉だな。旨味はそんなにないが、食べられる。調味料あったら、もっと美味しいかな?いや、煮込みとかシチューが良いのかなこれ?」
「それ、携行保存食に飽きていたから、美味く感じるんじゃぁ?」
「あぁ~、携行保存食って美味しくはないし、飽き始めていたしなあ」
「え?!私、携行保存食好きだよ?」
「……まぁ、人それぞれだしな」
「うん。でも塩胡椒かけると……この肉、いけるね」
「本当ですか?…… うん、美味しいですね、これ」
「マジか?ちょっとそれ取ってくれ」
本当に現金な奴等だな。小隊長が美味いと言った瞬間に、食べだしやがる。いや、そういうお前はどうだ?手に持っている肉はなんだって?うるせぇよ。
まぁ、悪くはない。虫も狼とかの走り回る奴等も。ちょいと周りの他の隊の奴等がドン引きしているが、馬鹿な奴等だ。お前ら練習しておかんと、いざと言う時に困るぞ?うちの小隊長の感は、当たるんだよ。
「久々に、携行保存食以外を食べると、それも肉を食べると、生きているって感じがするなぁ」
ああ、それは否定できないな。
さてさて、明日は何処まで降りられるんだろうか?
一晩経って、十分休養したはずなのに。散々注意して、マーカーまで設置しているのに、今日も奴等に襲われる奴等が後を絶たない。
どう、ひいき目に見ても、奴等のあの口の形は肉食だ。肉食の奴等が、こんなにも餌になりそうなのが大勢いるのに、襲ってこない訳がない。
なのに、何故、他の隊の奴等は注意しないのか、理解に苦しむ。
「全員いるな?確認しろ」
「小休止ですかね?」
「わからん、小隊長が今、大隊長と話しをしている。場合によってはここで野営だな」
「ここで、ですかぁ?!」
野球場何個分とかよく言われるが、ここには何個入るんだ?
ここまでの空洞が何故存在するとか、構造的にどうとか考えても無駄なんだよな。在るから在る、そう思っておくしか、心の整理がつかない。
そんな大空洞だけど、恐怖感はない。壁も、天井も、床も全て薄く発光しているお陰で恐怖感はない。
大きな湖みたいなのが、中央にあって綺麗だし。湖の湖底も光っているから、幻想的な場所だとは思うが、見通しが悪すぎる。
緩やかに起伏している、平面とは言い難い地面。ところどころ、人の背丈程度の高さに立っている何本もの岩柱。壁のあちらこちらに見える、側坑。
お偉い大隊長のご要求でなければ、こんな所で野営したくはない。
「軍曹、ここで野営するとのお達しだ」
「よーし、お前ら今日はここで野営だ、準備しろ。見張りを怠るな!」
やれやれ、嫌な予感ほど良くあたる。こんな所で野営とは。
それも、薄暗くなる時間になってから野営の準備だなんて、馬鹿なのか?もっと前から準備しろよ。本当にここで野営するのか?大隊長は正気か?
確かにこの場所は広い、大隊がすべて居ても大丈夫なくらいに広い。湧水も出ているし、湖みたいなのもある。だが最悪だぞ、この場所。
「軍曹?ちょっといいかな?」
「なんでしょう?少尉」
「気のせいなら良いんだが、間違いならちゃんと指摘して欲しいんだが……、あの動物もどき達、薄暗くなると、近づいてくる距離が近くなってきているようにも感じるんだけどね、何と言うか、あれはどう見ても襲う気満々に見えるんだよ」
「ええ、自分もそう思っていました」
「そうか……、小隊には?」
「準備させときます、そろそろ今夜あたり、やばい感じがしますので」
「わかった、頼んだよ、軍曹。私は現場は良くわからないんだ」
「少尉、私には言うのは良いですが、小隊の奴等の前で弱気はだめですよ?」
「ああ、気を付ける。けどもう、ばれているだろう?私は自他共に認める臆病者だからな。それよりも、奴らが徘徊しているというのに、見通しの悪い場所もある。こんな場所での野営というはなぁ……。安全な場所はあるんだろうか?」
「大隊長もまあ……。小隊には注意をさせます。少尉は大隊長を巧くあしらって下さい。場所については私も、先任あたりに確認してみます」
「ああ、すまんな軍曹。助かる。手分けして動こう」




