1-19-2 ミストサウナ
話順の並べ替です
「ちょっと!見ないでよ!」
「うっせぇ!お前の汚いけつなんか見たって、興奮しないんだよ!」
「ちょっと!どっち見てるのよ!ちゃんと見張ってよっ!」
「見るなって言ったり、見ろって言ったり、面倒なやっちゃなぁ!」
ここでは永遠の昼間と夕方だけが繰り返され、夜が無い。そんな場所でも、植物は生い茂り、動物も居る。もっとも、どう見ても地球原産の姿形じゃぁないあれを、動植物と言って良いのかは甚だしく疑問だが。
食べられる植物もあれば、毒草もある。美味しく食べられる実に気を取られていると、植物の傍に潜んでいた捕食生物に襲って来ることもある。
そうでなくとも、B級SF映画に出てきそうな、狼なのか、ケルベロスなのか良く分からないもの。猿ともゴリラとも言い難い、腕の長い二足歩行の奴。色々な動物モドキが、何を喰って生きているのか分からないが、鼠ぐらいの大きさから1~2mくらいの中型まで多種多様、雑多な動物モドキが徘徊している。
3層から4層に降りて直ぐに小休止をとった時に、別の隊で行方不明が、またひとり出た。小用で、武器も持たずにひとり離れた奴が、襲われたのだろう。現場に血の跡だけを残して、姿を消した。あれは……狼に喰われたか?
「おい、またひとりやられたみたいだぞ?」
「ひとりで離れたやつが、やられたみたいだな」
「それで、前が騒がしいのかよ。馬鹿じゃねぇのか?ひとりで離れるなよ」
「行方不明とは言っているけど、もう奴等の腹の中だよなぁ……」
「だよなぁ……。そう言えばよ?この中に入ってからVOAを見てなくねぇか?」
「言われてみれば、見てねぇな。変な植物とか、動物モドキは見てるけど、VOA見てねぇな」
行方不明は1層から始まった。悲鳴と血の跡。最初の頃は騒然としていたが、ここはそんな場所だと割り切ってしまえば、誰も騒がない。
ひとりで離れるなと言われても、気が緩んだ誰かがひとり離れ、そして消えるだけだ。
1層で行方不明が発生して直ぐに、男女階級関係なく小便だろうが、大便だろうが、皆の見える場所か、手すきの誰かとペアで片方が見張りをしている傍でするのをルールにした。
そりゃ、特殊な性癖で異性の排泄行為に興奮したり、見られたりして興奮するならまだしも、普通は、そんな性癖は持ってない。見るのも見られるのもあんまり気持ちの良いものじゃないが、そんなこと気にしていられない。
群れから離れた羊が食われるのは地上も地下も同じだ。食われるより、見たり、見られたりする方がマシってもんだ。
「おい!終わったのか?」
「お・おっきい声で、終わったかって言うな!そんな風に相手を気遣えないから彼女が居ないんだよっ!」
「うっせぇっ!大きなお世話だ、このくそ女!それより俺の番だからちゃんと見張ってろよ?」
「あんたと違って、ちゃんと見張っててやんよ!このエロ吉!」
「はーん?おれの、コレが見たいのか?」
「このARISからもらった凝縮レーザガン、あんたの汚いケツの穴につっこんでやろうか?あぁん?」
口じゃあ、セクハラだ、エロだと罵り合い、文句を言いあっているが、本気にしている奴なんかひとりも居ない。馬鹿なこと言って気を紛らわしているだけだ。
この層には、上の層では居なかった捕食生物が居る。上の層では堂々と歩いていた、ヘルハウンドが周りを覗い、警戒しながら歩く原因が居る。
「とまれ!どうした虫か?狼か?」
「左の壁と、天井右上付近、虫が居ます」
「畜生、また虫野郎か。1匹いると、何匹か固まってやがるからな。お前ら、周りをもう一度見直せ。絶対に、ひとりになるな。壁だけじゃないぞ?頭の上をもう一度確認しろ」
壁や天井に擬態している虫は、狼と違って存在というか、気配が希薄過ぎて気づくのが遅れる。注意深く観察しても見落としそうになる。
うっかり不用意に、奴等が擬態している壁や天井に近づこうものなら……。音もなく鎌の様な脚を広げて海老反りになり、抱き着く様に襲ってくる。
鉤爪付の脚で抑え込まれたら、あの凶悪な見た目の顎で生きたまま貪られ、齧られ、あの世逝きだ。
前を歩く別の隊が、おざなりに確認し、無視した横道の奥で、虫が動物モドキを、動物モドキが虫を、虫同士の、動物モドキ同士の、食うか食われるかの闘いを何度も見かけた。
天井から落ちて来る虫。何度、何匹殺しても、付かず離れず後ろから付いてくる狼達。傷付いた虫や動物モドキに、他の虫や動物モドキにトドメを刺され、貪りつく姿を見ながら足を進める。
群れから離れた羊は、狼に喰われる。それは、この地下も同じ。いや、地上以上に食うか食われるかの世界。気を抜いたら、離れたら殺られる。
最初にうちの小隊がコアを見つけたら、手柄が減る。厄介者の集団のうちの小隊に手柄を立てさせたくない。そんな馬鹿みたいな理由で、うちの小隊は、大隊の一番最後を歩いている。
だからこそ、俺達は気づいた。送り狼の数も種類も増え、そして此方を覗う距離が少しずつ短くなってきている。
「送り狼がさっきより近づいているってのに…… あのクソ馬鹿野郎共」
「報告はされたのでしょう?」
「ああ、報告したさ。気のせいだ。心配し過ぎだ。臆病風に吹かれて大袈裟に見えているだけだろう?で済まされたけどな」
「先の奴等は、ここをトレッキングコースか何かと勘違いしているんですかね?」
「戦場で一番大切なのは、臆病な心だってのを知らない、馬鹿な奴等なだけだろうよ。ところで、巻き込まれない準備はしてあるよね、軍曹?」
「ええ、そりゃぁ、もちろん。隊の奴等にも、ちゃんと言い聞かせてあります」
「それは、上々。いざとなったら、うちの隊だけでも逃げるぞ軍曹。生きていてこそ、なんぼだからな」
「ごもっともですな。しかし、休息は未だですかねぇ?」
熱帯雨林より酷い湿度と暑さが、体力をこそぎ落とし、注意力を吸い取る様に奪っていく。歩くだけで体力が減り、注意力が減っていくのが分かる。
「まだ何も連絡は来ないな。しかし、サウナより酷いな、ここは……。そろそろ兵を休ませないと、注意力散漫になって誰か死ぬぞ。そこまでして、短期攻略に泥濘するか?あのクソ馬鹿大隊長が!」
「少尉、声に出ています。気持ちは……気持ちは、もの凄く分かりますけどね。とはいえ、そろそろ休ませないと、確かにヤバイですね」
変な動物モドキは出るが、VOAが現れないことで生まれたちょっとした慢心。
早く終わらせられるほど、特別ボーナスを手に入れられる時期も早まるとか、出世のきっかけになる。個人の欲望が、大隊に蔓延してしまったからだろうか。
休息らしい、休息も取らないままこの層まで一気に来てしまった。
「ふぅ……何も起こらず、誰も減らず朝を迎えられましたね、軍曹」
「うちの隊は、何も起こらなかったけどな。前の方では、夜間見張りが居眠りしたりして、それが原因で、何人か連れていかれて大変だった見たいだな」
「夜間見張り、ペアでやってなかったみたいですね」
「馬鹿じゃねぇの?あれだけこのクソ暑い中を休息もなしに歩かせて、疲れてない訳ないだろうに?」
「その馬鹿が、前の方に居たんだよ」
「で、連れていかれて、食われて終了ですか?」
「まぁ、巻き込まれなくて良かったと思うしかないな」
横道で争う、あいつ等の姿が多い。種類も増えた。そしてなにより大きさが大きくなってきている。うちの小隊の警告を無視する大隊長は、他の隊にそれを伝えていない。
仲の良い隊には、非公式で伝えてあるが、先を歩いている他の隊の奴等は気づいては居ない。いや、うちの小隊の言うことなんて、一切信じやしないだろうな。
さて、今日も下へ、下へとクソ暑いこの道を下って行こうか。
「ふぅっ……やっと休息か」
この層の奥と思われる方向に進めば進むほど、この層に入った頃より更に湿度も温度も上がり、さながらミストサウナだ。流石にこの暑さに冷静になったのか、昨日と違って、今日は休息命令が出た。些か遅い様な気もするが、昨日と違って、休めるのはありがたい。
「ですね小隊長。しかし、この湿気と高温は堪えます」
「たしか……にな。これは堪らんな」
通路は、靄で、所々が霞み。見通しは、最悪だ。
更には、不規則な配置と高さの柱の様な突起。落とし穴の様な窪みや、底の見えない亀裂。そして生い茂る迷宮植物。
こいつらが邪魔をして、素直に歩くことすら出来やしない。
「そういえば、先頭の方で狼と出会うのが多くなっているみたいだな」
「そりゃ、ちょっと拙くないですか?こっちの送り狼に、先頭の狼……挟まれなければ良いんですけがね?」
「流石にそれは、無いと思いたいけどな。ま、私とっては虫の方が嫌だね」
「ああ、確かに、狼はどうかとして、虫を見つけ難いし、あれだしで、嫌ですな」
「虫はなぁ……何だろうな、あれは? っと、すまん、ちょっとトイレに先に行かせてくれ」
「了解です」
「おい!誰かトイレ行く者は居るか?」
「あ!はい!行きます」
「ん。じゃ行こうか? 銃を忘れないようにな?」
ふむ?小隊長のお供はアディか?あいつ、いつも小隊長とペアになってねぇか?まさか……ねぇ?あの女狂戦士がねぇ?
しかし、堪らんなぁ……。狼も壁や天井に擬態している虫も怖いが、この層では植物も怖い。別に植物が襲って来るとかじゃない。深い亀裂を生い茂る植物が蓋をしているときがある。うっかり踏み抜こうものなら、奈落の底へご招待だ。
前をみて、横をみて、上をみてそして下を見て。この層は、歩くだけで心がすり減る。
「少尉、離れないで下さいよ。あ……でも、少し離れて下さい。音が……」
「ああ、それは分かったけど、それよりもだ、なぜ、こっちを向いてしゃがんでいるんだい?」
「それは……後ろ向きだと、お尻丸見えじゃないですか……。出しているのが、全部丸見えじゃないですか……」
「そりゃまぁ、私も見たくはないけどね。けどね?こっちに真正面を向けたら、前からが、全部丸見えになるけど?その方が問題なんじゃないかな?一応、私も男だからね?いや、正直に言えばだ。君の、女性のそれを見るのは非常に喜ばしい事ではあるけれど、出来得るなら別の場所で。それもムードの良いところで、ゆっくりと見たいものなんだけどね?」
「み・み・見えてるんですか?!こっち見ないで下さい!」
「いや……見えて……。無いよ、うん。でね。そっち見ないと見張りにならないでしょう?」
「で・で・でも」
「ところでね、アディ。うん、アンドレア、少し横向きになったら、全て解決するんじゃないかな?」




