1-19-1 雅安迷宮
話順の並べ替です
窓越しに次々と現れては流れ去っていくトンネルのランプ。
子供の頃、夜のトンネルが大好きだった。宇宙港から宇宙船が出航する瞬間の様に見えて、普段とは違う世界に居る様に思えたから。
少しだけ圧迫感を感じる、橙色の風景が好きだった。
昼間の青空の下では見られない、陽が陰り、店やビルの窓から漏れでる灯り、黄色がかったオレンジ色の街燈で彩られた夜の街。
仕事帰りの人達を乗せたバスや車のライトが煌めき。それらが街を更に彩り、そして信号待ちの車の窓に灯りが反射して、宝石箱の様になっている夜の街路。
帰宅前、フロントガラスや側面の窓越しに、ふと立ち止まった時に見える街灯りと蒼黒い闇のモザイク模様。なんでもないありきたりな街の、なんでもない普通の夜景。
その普通の夜景は、嫌いじゃなかった。
「あんのくそ女狐。次の選挙、絶対にあの糞知事の敵、共和党に投票してやる。覚えてやがれ!」
志願と言う名前の命令で、こんな極東まで来ちまった訳だが。政治的配慮だか、政治力学の均衡だか、性的マイノリティの機会均等のためだか知らんが、巻き込まれるこっちの身になりやがれ。
「そんなに功績が欲しいなら、自分で来やがれ。このくそ民主党のお題目だけが立派なくそ知事が!」
「まぁ、そんなに文句言うなよ、コアを確保したら特別給が大隊全員に出るんだぜ?頑張ろうぜ、な?」
「馬鹿かお前は?あの目の前に見える、でっかい穴ぼこはアナハイムにあるでっけぇテーマパークのアクティビティじゃねぇんだぞ?分かってんのか?」
「落ち着けって。単なる穴ぼこじゃねぇか。んでもって、ちょっくら穴の中におりて、赤黒に光るでっかい石を取ってくれば良いだけだろ?」
「道中にVOAっていう、くそ野郎どもが居るけどな!」
「んなもん、このARISから供給されたアサルトライフルで、始末できるだろうが、ビビんじゃねぇよ。それにあんまり難しいこと考えても仕方ねぇだろうよ」
「お前は……本当にお気楽だよなぁ。ちったぁ物事考えろよ」
「あんたら、男だろう?しっかりしなっ!」
「うっせぇ、お前みたいな女の範疇から外れた生き物に文句言われたくねぇ」
「あんだとぉ?!このボディアーマーの曲線美が見えないかねぇ?玉無し野郎共は?」
「ああん?玉無しだぁ?はっ!確かに首から下だけ見たらそそるプロモーションになってっけどよ!首から上を見たら興覚めじゃねぇか!」
「んんっだとっぉ?やんのかぁ?」
民族的とか性的マイノリティにはやたらと媚びるくせに、その実なにもしない。苦労は人にさせて、美味しい成果は独り占め。
至極真っ当な、正統な糞ったれな民主党の偉大なる知事様のお陰で、俺達の大隊は極東のこんな穴ぼこの前に居る。ああ畜生、家に帰りてぇ。
今から潜るこの場所は、誰が付けたか雅安迷宮。深さは約1km、10層で構成される、ありがた迷惑な迷宮だ。ああ本当にもう!嫌味なくらいにファンタジー感たっぷりだな!
潜る俺達からすれば、ファンタジーじゃなくて、リアルだけどな。ああっ!やってらんねぇ!
1層は、そんなに広くはない。広くないと言っても、1層辺りの均平面積は約5km四方ある。
層の中は、上下左右縦横無尽に通路が張り巡らされ、通路の平均内径は20m。まぁ通路といっても、いびつな蒲鉾の断面の洞窟みたいなもんだけどな。
それだけ大きい通路なら、探査なんて文明の利器、車かせめてバイクを使えば直ぐに終わるだろうって?
残念だな。通路は緩急混じった上り坂や下り坂だけならまだしも、ほとんど崖みたいな場所もある。おかげで車もバイクも使えたもんじゃない。
楽しい、楽しい、お散歩。徒歩でだけが頼りなのさ。だから俺達歩兵が出張ってきている訳さ。
入口の開口部を潜り抜け、ほんの20~30mで外の陽は薄くなる。VOAに警戒しながら、陽の光が1条も差し込まない場所まで歩みを進めれば、そこはもうVOAの領域だ。どこからVOAが襲ってきてもおかしくない場所になる。
ところでだ、階層を持つ地下洞窟と聞いて、何を思い浮かべる?ファンタジー小説で良くある薄暗く狭い地下迷宮を思い浮かべるのは普通だろ?
ランタンや松明片手に、それか魔法の光で周囲を照らしながら、一攫千金を夢見て光が届かぬ地下迷宮を進む。
魔物がドロップするお宝か、宝箱や隠し部屋のお宝を目的に、暗闇に隠れて襲ってくる魔物に警戒しながら、灯りに照らされた自分達の周り以外は、真っ暗闇の洞窟を徘徊する。
いやぁ残念だったな。そんな考えは生ごみと一緒に捨ててしまえ。この場所は真っ暗闇じゃない。
どんな原理か理由か知りはしないが、壁も地面も天井も明るい茶色に光り、洞窟の中は明るい茶色の光で満たされている。
明るい茶色ってなんだって?知らんよ、とりあえず明るい茶色なんだよ、それ以外に言いようが無い。オレンジ色とも、茶色とも、黄色とも言えない、何とも変な茶色だ。
そんな変な茶色に自発発光してるもんで、最初は放射性物質の自発発光かと騒ぎになった。けれど調べて見ればWHOの基準値内、それも下限に近い数値しか出なかったので、それ以後誰も気にしちゃいない。
理由?そんなの俺が分かる訳ないだろうに。でもなんだっけ?半島に国家会った時の、その南半分の首都よりも数値が低いから安全だとかなんとか、よくわからんけどな。
まぁよく分からんと言えば、外の昼と夜と連動しているように、同じ明るい茶色の照度が変わる。とはいえ真っ暗にはならない。薄暗くなる程度、そうだな薄暮ってやつだな、その程度の暗さになる。
「行き止まりですね、これ」
「かぁぁ~ぁっ!下りて、登って、来てみたら行き止まりかよ、畜生!」
「良いか悪いか知らないですが、他の部隊の道も外れだったみたいですね」
「おらおら!お前ら!楽しい散歩の再開だ!動け!動け!動け!」
この迷宮、上下の層を繋ぐ通路の場所に、規則性なんて欠片もありゃしない。おかげで、どの通路が上下の連絡通路か当たりも付けられやしない。
延々歩いて当りをつけて行ってみれば行き止まり、何てのもザラだ。
「どうした?」
「これ新しい道ですね。この地図には載っていません。新しい道でしょう」
「こりゃぁ、相当道が変わってるなぁ、地図を余りあてにするとヤバイな」
道はずっと同じって訳じゃない。自然に崩落した迷路を奴等VOAが手直しをしやがる。長くたって2週間くらいで道が変わっちまう。
大変ありがたくも面倒なことに、こっちを殺しにかかってくる時と同じくらいに真面目に仕事しやがる。本当に、ありがた迷惑な奴らだ。崩落したら、そのままほっとけよ。
まぁ、崩落して行き止まりになった場所が直されて通路になってんだから、感謝するべきなんだろうが、その度にマッピングした地図が無駄になる。地図を作り直さなければならないこっちにしてみれば、堪ったもんじゃない。
「しかしよ?VOAって本当に居るのか?もう3層だろ?俺達。VOAの欠片も見えないぜ?あの穴を確認(check it out)してこようか?」
「何、死亡フラグ立てているんだよ?!変なナイフ持ったピエロ出てきたらどうすんだよ!」
「ははぁ~ん?あんた、怖いんだぁ?やだねぇ、いい大人の男がねぇ?あんたさぁ?付いてんの?」
「うっせぇ!てめぇさっき、揺れた葉に驚いて、きゃぁ、とか可愛い声だしてたろうがっ!」
そんな定期的に道順が変わる場所を、今ある道を辿って、最下層まで延々10層も、地上から遥か1㎞下まで降りなきゃならん。
帰ってくる時には道が変わって、マッピングしながら帰還なんてことも何回かに1回は発生している。」
ああ畜生、なんて糞ったれた場所なんだ、ここは。
洞窟の中は、岩と土だけという訳じゃない。湧き水もあれば、苔や茸が群生している場所もある。木の実や果実を実らせている木々もある。自然と言うのは素晴らしいというべきか、逞しいと言うべきか。
まぁ、蒸し暑いとまではいかないまでも、結構な温度だから、植物が覆い茂っても不思議じゃない。少しばかり、植物の形がどう見ても地球原産じゃないように見るのは、気のせいだ。
軍の説明でも飲食しても問題無いって言っているしな。気にしてもどうなるもんでもなし。食えるものがある、それだけで、もしもの時の生存確率が上がるんだ、良しとしとこう。
「これ、うんめぇな!」
「あんた……よく食べられるねそんなもの」
「うめぇぞ?だってこれ、食っても大丈夫って説明受けたじゃんよ。なら食ったもん勝ちだぜ?」
「説明で大丈夫って言われたからって、普通食べないだろ?これだから……筋肉ダルマは……」
「ああ?!んだと?おめぇなんてどうせ、説明されてたことすら忘れてたんだろうがよ?この胸とけつに栄養がいって、頭に栄養が回らなかった低能女が!」
「ああ?!喧嘩売ってんのか?あ?」
はぁ……VOAが居るはずが、居やしない。おかげで緊張感の欠片もありゃしねぇ。これじゃただの行軍演習だ……。




