1-18 核のドミノ
――「失礼します、総書記長閣下。四川50号研究所からの連絡が途絶しました。本日午前10時24分に救援要請が発せられ、交信を継続しておりましたが、本日午後14時33分に連絡途絶が確認されました。」
「何があった!?あの場所にはAbyss Coreが有ったはずだが、Abyss Coreは大丈夫なのか?!」――
「……何てことだ。呂軍士長、この施設まで逃げ込めたのは、何人居る?」
日頃の体力維持の訓練をしていても、この山登りは老骨には堪えた。脱出時は警備部隊と併せて二・三百名位は居たはずだが、今ここには……そこまでの人数は居ないな。
何人も座り込み、動けなくなり脱落していった。研究職の我々よりも、新兵達の脱落が多かったのは、情けないというべきだが、今更何を言おうがどうにもならんな。
「閣下を含め53名であります、黎少校。なお全員分の野戦装備は、この第三制御区で調達済です」
「53……名か、少ないというべきか、多いというべきか」
「失礼ながら、あの状況で、53名もここに入れただけでも奇跡であると自分は考えます」
「確かに、逃げ切れただけでも幸運と、考えるべきなのだろうな。少なくともここは、核の直撃以外なら持ち応えられる。ところで、脱落していった者達、新兵達はその後、合流してきていないのか?」
「外部カメラで確認しました。残念ながら、その望みは無いと思われた方が良いかと思われます。確認は、止められた方が良いかと……、余り気持ちの良いものではありませんでしたので」
「……そうか。そうだ、呂軍士長。君の豊富な経験で、此処に居る皆を助けてくれ」
もっとも、豊富な経験があったとしても、あのVOAの群れから隠れ、逃げ延びるよりも、中央の奴等の証拠隠滅から、どうやって生き延びられるかの方が重要かもしれないな。
「ああ、呂軍士長。核攻撃される場合の対処も、万全にな?」
「核……攻撃でありますか?VOAの襲来ではなく?」
「ああ……核攻撃だ」
「……わかりました。本部との連絡時は、第五施設の名称で実施するように徹底致します。では密閉状態を再確認してまいります」
戦場では、優秀な下士官が居るだけで生存率が上がるとは、良く言ったものだ。呂軍士長が居れば、VOAからも奴等からも隠れ、生き延びられそうだ。
――「衛星情報はまだか?」
「光学探査は、分厚スモッグが邪魔をして大部分が見えません。レーダーに切り替えて探査しています。しかし、電波障害が酷くはっきりしません。電波障害の原因は、判明していません。現状までの探査で、二点のみ判明しています。ひとつは研究施設の一部が大規模に陥没?している模様です。残りひとつは、VOAが発生している模様です」
「VOAだと?!どれくらいのVOAが発生しているのかわかるか?」
「研究施設だけではなく、近隣市街にも進出している模様です。市街地の一部が炎上しているのを確認しました」
「近隣の街から、救援要請が出ている?SNSでも大騒ぎになっている?その地域の回線を切断しろ!基地局から携帯電話の妨害電波を流せ!情報を拡散させるな!」――
街が燃えているのが見える。何時もなら見える分厚いスモッグ越しの街の灯りでなくて、ぼやけた赤黒い光が見える。あの光の下では、何人が生きているのだろうか?
「黎少校、秘匿回線は繋がっています。一般の回線や、携帯電話の妨害電波は継続されています。TVは災害発生のため、屋内に居る様にと、それだけしか言っておりません」
「市街地区からの救援要請等は、どうなっている?その要請も妨害されているという事か?」
「恐らくは。秘匿回線以外は、全て遮断されていると思われます。勝手ではありましたが、黎少校がお休み中に、知り合いの基地に連絡を取ってみました。防衛指揮所以外は、繋がりませんでした」
「いや、構わん。良く確認してくれた。防衛指揮所は何と言っている?」
「陸軍は、陸軍基地を守るのが精一杯、空軍は、分厚いスモッグのため離陸しても対地攻撃は不可能。中央に救援要請をしているが、督戦のみで、救援部隊が来訪する予定は未だ連額が来ないとのことです」
「督戦のみで、救援部隊来訪予定が来ない?……呂軍士長、基地はここからどれくらい離れていただろうか?」
「約10kmですが、山の稜線側ですので……何かが起きても、山腹の中にあるこの施設が受ける影響は、少ないと考えます。また研究施設本部も山向うですから、その場合でも影響は少ないと考えます」
――「一昨日の四川50号研究所件ですが、西部戦区は、VOAを抑え込めておりません。近隣都市を巻き込み、被害が拡大しています。西部戦区が、陸軍の大規模派遣の許可を求めてきています」――
『ここで、ニュース速報をお知らせします。中国四川省雅安市で、今月10日からVOAが大量発生しているとの情報がSNS等で拡散しています。中国政府は、否定していますが、先ほど米国政府、ロシア政府及び日本政府の合同で、中国政府に対して、大規模出現は確かであり、情報開示を求める様にとの声明が出されました』
残念な事に、私は日本語が判らない。何を言っているのかは判らないが、後ろに映っている映像や、漢字を見るに、雅安市に発生したVOAの事だろう。
ふっ……自国の放送は映らないのに、国外の衛星放送が見られるとはな。中央の奴等の電子・電波戦の腕も堕ちたものだ。
VOAが溢れ出して、ここに閉じ込められて、いや、ここに逃げ込んでから2か月位は経った様に感じる。未だ5日も経ってはいないけどな……。救援が来る素振りも無し、救援は何時になる?いや救援が来ると考える方が、間違いなのだろうな。
「黎少校、お話があります」
「どうした、呂軍士長?山を越えてVOAでも大量に来たか?」
「いえ、中央の事なのですが……。昨日より、此方が本当に第五施設かどうかを、何度も質問してきています。第五施設であると通してありますので、此方が第三施設だとはばれていませんが、そろそろ……、そろそろ中央は此処を?と思いまして」
「何度も場所を聞いて……くるか。そろそろ中央は、ここを攻撃するみたいだね、呂軍士長。準備は整っているね?」
「はっ!黎少校。準備は、終了しております」
「そうか……、その時はしっかり頼むぞ、呂軍士長」
――「四川雅安市の件ですが、西部戦区は封じ込めに手一杯で、駆逐は出来ておりません。西部戦区より、戦術核兵器の使用許可が出ています」――
「大丈夫かっ!点呼を取れ!気密の確認を徹底しろ!」
「黎少校」
「ああ、判っている!奴等……中央の奴等め、雅安市を核で焼き払ったな!人民が居るのに!人民を何だと!」
「閣下……」
「すまん。感情的になっても仕方ないな。この施設は大丈夫だな?しばらく立てこもれるはずだ、雨季が来れば、1~2か月程度で、あらかたの放射性降下物は洗い流される。それまでは、辛抱だ。ところでVOAはどうなった?殲滅できたのか?」
――「総書記長閣下。四川雅安市の件ですが、西部戦区より、未だVOAが居ると思われるため、追加の戦術核兵器の使用許可が出ています」――
「気密を確認しろ!急げ!動け!動け!動け!死にたくなければ、気密の再確認を徹底しろ!」
「黎少校。揺れの大きさからみて、市街もそうですが、本施設側も複数の弾頭で焼き払われた模様です」
「外部カメラで生き残っているのはあるか?あるなら外部を確認するように」
――「四川雅安市の件ですが、西部戦区より、効果あり、VOAの姿見えずとの報告がきております。また、雅安市を立入禁止地区としたとの報告も来ております」――
都市側を映すカメラが残っていたのを幸運と思うべきなのか、安全なこの場所に逃げ込んだ我々への、見捨てられて、焼き払われた市民達からの呪いと思うべきか、妙に平坦になった、焼け焦げた市街だけが映っている。
市街地や、付近にVOAの姿は見えない。そして生存者の姿も見えない。あいつ等は、自らが命じたAbyss Coreを利用した兵器開発の失敗を糊塗するために150万人を焼き払った。150万なんて、中央の奴等からすれば単なる数字なのだろう。
――「閣下。四川雅安市の放射線量が急速に低下しているが、それに反比例しVOAの出現が増えていると報告が来ております」――
「呂軍士長。今見えているのはVOAと思うのだがね?」
「はい、黎少校。VOAであると思われます」
「150万を見捨て、焼き払ったのにVOAすら駆除できないとは、我が軍も堕ちたのものだと考えるべきか、VOAが強すぎるのか?どちらなのだろうな呂軍士長。ところでVOAの移動方向は……北か?」
「はい、黎少校、成都の方向かと」
「ところで、負傷者が出――」
――「線量低下の確認のため、四川雅安市に派遣した部隊と、雅安市に残存するVOAとの間で、大規模な戦闘が発生しています。また、一部のVOAが成都市方面に移動し始めました。成都市南西部の一部では、既に戦闘が開始されております」――
――「閣下。西部戦区軍より、VOA殲滅のために、成都市南西部での核兵器使用の許可依頼が来ております。」――
――「成都市南側で、核使用の許可依頼が来ております。」――




