1-16-2 笑顔の下の悪魔
「やっと間違いに気づいたのか!遅い!遅すぎる!まぁ、君達も役目なのだから文句を言っても仕方ないが、早くつれて帰ってくれ!」
人は騙され易く、騙し易い。一度信じてしまうと、それが嘘であっても真実を嘘と断じ受け入れない。
例えば大規模掲示板やSNS等で、自分は男だと匂わせるだけで、簡単に男だと信じてくれる。少し書き方を真似るだけで、壮年の人間だと信じてくれる。
ことある毎に事実に反するよと匂わせても、頑なに虚構を、己が考えに固執し続ける人の何と多い事か。
「自分は随分も昔からの知り合いだから、あいつの事はよく理解している。あいつはXXXだ、XXXなんかじゃない、だって明確に否定してこなかったろ?」
雑談をする程度の対人関係ですら騙し騙される人間関係が出来上がるのに、政治団体の様な明確な上下関係のある集団となれば、なおさら何をかいわんや。
耳に心地良い他人の意見、権力欲や金銭欲を得たいがために他人の力、集団の力を得たいだけの下卑た思惑を、さも自分と同じ意見の人が居たと妄信した人間は、いつまでたっても己が間違いを認めない、現実を直視しない。
科学がどれだけ進んだ未来になろうと、宇宙船が飛び交う銀河戦争だろうと、最後は歩兵の出番になる。何の映画の台詞だったろうか?
まさに、今この地獄を這いずり回っている私達にぴったりの言葉だよ。
「ビーコンは……この建物の中、上の方ですね」
この廃墟一歩手前のビルの上かぁ……。明後日の午後一番の便に乗ってこの地獄から出る予定なのに、何でよりにもよって今日なのさ。
アホの新人のお陰で大迷惑だよ。嫌だなぁ……これって絶対ダメなパターンだよ。帰国前に、何でこんな場所に来ないといけないのさ?
「はぁ……墜ちた場所にそのままるとは思っていなかったけれど、この建物……それも馬鹿共の巣窟の中ねぇ……」
「データによると、梱包はそれほど破損していない模様ですね。それと開けられてはいないですね」
帰国前で浮かれていた私達の班が、なんでこの地獄の一丁目みたいな場所に居るかと言うと、輸送艇で吊り下げ輸送していた貨物が、堕ちたのが事の発端。吊り下げ治具とかワイヤーとかはさぁ!ちゃんと検査しようよ!使う前に!
落下の衝撃で建物の屋根か壁を突き破り、この廃墟の上層階の何処かに鎮座している貨物の回収が私達の役目。
恐らくそうなると思っているけれど、戦闘糧食の貨物と勘違いして、必死になって貨物を開け様としているお馬鹿共から貨物を奪還するのがお役目。
「別の反応もあります。これ……は、あー……えー」
「何?何が有るの?正確に報告して」
「送致者達の生体反応が多数あります」
「!? はぁ……それは何とも面倒で楽しい事ね」
現地人でさえ面倒なのに送致者って……、本当にやってられない。嗚呼、今日は何人殺すんだろう。早く国に還りたい。
「フェイスプレートを下ろせ。入るぞ。周りに注意。特に此処の輩達に注意しろ。何をしてくるか分からん。射殺を躊躇するな」
元は商業ビルか何かだったのだろう。初夏の陽が傾きかけた世界の中で、建物の周りや歩道であった場所には雑草が逞く茂り、窓ガラスも失われ、荒れた外観を晒している。
往時の姿が見る影もないこのディストピア感が満載のこの元ビルに今から入るかと思うと、嬉し涙がでてくるよ、本当に。
ひと昔前の私であれば、絶対に入ろうとは思わない場所、いやいや、そもそもひと昔前の私なら、この場所にだって来ない。
それが今では、装甲服を着用して銃を持って入ろうっていうのだから、人生分からんもんよ。
嗚呼……畜生。この中は禄でもないの確定だよなぁ……。何で流通が止まっている都市で、肉の焼ける匂いがしてたのさ。
「瓦礫の背後に何人も隠れている。来るぞ今日は。ひとりになるな!必ずペアで行動しろ」
「「「「了解!」」」
「新人、よそ見をするな!離れるな!安全装置を外すな!先輩の背中だけ見て歩け!」
電気、ガス、水道等のインフラが全て停止しているのだから、当然の帰結なのだろうが、日中よりは柔らかな陽射しになる時間ともなれば、廃墟の中は薄暗い。陽の光のある外から入ると、廃墟の中は暗闇に感じる。
普通の人なら、この薄暗さに慣れるまで何も見えない。足元に何があるか分からないので、視界が暗さに慣れるまで動けない。
この建物の中は、フロアのそちらこちらで焚かれた火の淡い光が薄暗い世界を淡い光の世界を作り出している。少しマシとは言え、暗いものは暗い。
「糞ったれ!」
普通なら、暗さに慣れるまでの僅かな時間は、我々にとっては危険で、襲撃者にとっては好機。我々を余り理解していないお馬鹿が襲撃してくる時間。
装甲服を装着している我々には無意味だというのを知らない馬鹿が、あの世に旅立つ時間。今もおひとり様があの世に旅立たれた。
「新人!固まるな!止まるな!フェイスプレート上げて吐こうとするな!飲みこめ!死にたいの!」
装甲服も善し悪しだよ。装甲服を装着していなければ見なくて良かった暗闇の中の風景を、各種センサーで把握した情報を、ご丁寧に生活反応の在り無し付でフェイスプレートに映し出してくれる。
普通なら見えない、見なくても良かった風景を明瞭に面前に見せてくれて本当にありががいシステムだよ。
でも他の人は私よりはマシだ。桜マークの私は、人類の紛い物。
調整済の私は装甲服を装着していなくても、素のままでも人の何倍も夜目が効くので見えてしまう。
それはさておき、古参の部類にあたる私は、フェイスプレートの情報を見るのにも慣れている。はぁ……新人は気づかなかったから良いけど、あれは……あの肉はあれだよねぇ。
この場所は何時もより厳しいかもねぇ。
「この場所はどうも死食いが多い。注意しろ。今から上の階に移動する。繰り返すひとりで行動するな。必ずペアで行動しろ」
階段と化していた汚れたエスカレータは3階から先が崩れ使えなくなっていた。面倒だが階段を利用するしかない。
瓦礫だらけの焚火の煙が薄く漂う薄暗いフロアを縦断しなければならない。
ああもう!最悪だ。早く貨物を見つけて帰りたい。
大気物質に燃焼物質残渣多数、呼吸注意ねぇ。そりゃ煙突も何も無い建物の中で焚火してれば、煙も漂うよ。
此処の奴等は火事が怖くないのかな?煙で呼吸困難とか一酸化炭素中毒とか怖くないのかな?
「気を付けろ、お客さんが多数居るぞ」
君達は、下の階の大騒動の音が聞こえていなかったのかい?馬鹿なのかな?言葉通じてる?ああ本当に嫌だ!なんで暗闇と煙に隠れて襲えそうとか思う馬鹿が続くのかなぁ!
学習能力が無いのかなぁ!ゾンビ映画じゃないんだからさぁ……頼むよ本当に。
そこの瓦礫の裏の君、止めておきなさいって、ほら、言わんこっちゃない。
「!?」
おお!新人!偉いぞ。今度は叫ばなかったね。まぁさっきよりマシだし。
今回は頭が吹き飛んで、残った胴体がもんどりうって、転がって、近くの焚火を薙ぎ倒したただけ。でもって、薙ぎ倒した焚火は……。ああ!もう!本当に最悪の場所だよ此処は!
「ああ、畜生あれって……」
「人型の何かだ、人じゃない。幼体のゴブリナだ、人の子供じゃない。こっち見ろ!わかったな?おい!わかったな?返事は!」
この地獄では、子供の生存率は著しく低い。栄養状態は勿論、衛生状態も悪いこの地域で、子供や老人が生き残るのは至難の業だ。
ゴブリナを重要な蛋白源として摂取しているこの地域で、人型生物を摂取することに忌避感は無い。
同様のサイズ感で、ゴブリナより採取し易いとなれば、推して知るべしというものだ。取り締まるべきだ?何を言っているんだ君は、ここは地獄だ。人の世界じゃないんだよ。
別に此処に骨を埋めるつもりならば止めはしないけど、そうでないならば、批判したいだけなら黙って。
「移動する!とっとと貨物を回収して、こんな地獄からおさらばするよ!」
「で・でも!あれは!」
「うるさい!黙れ!殺すぞお前!」
「?!」
「おい!そこの!新人が馬鹿やらない様に注意して見張っとけ!」
いつから私は、冷酷無常になれる様になったんだろう?死体を見ても、死体を作っても動じなくなったんだろう?
いや……そもそも、これが本当の自分なのかもしれない。
人は騙し易く、騙され易い。それが自分自身であれば尚更に騙し易い。
「やぁ、何を今更、自分を偽ろうとするんだい?君は元々愛情が分からない人だったじゃないか」
笑顔の下の本当の自分が微笑みながら話しかけてくる。
違う……私だって昔は普通だった。




