1-16-1 秋の匂い
稚拙ですが、何気ない一日を書けないかと思って書いてみました
陽の光が、白から薄い橙色に変わり始める夕方前。少しだけ残る昼間の暖かさが徐々に消え去る時間帯。紅葉深まる街路樹並木をそぞろ歩く。
会社時代、内勤の私では、味わう事が出来なかった秋の訪れを感じ取れる。何て贅沢な時間だろうか。
フェイスプレートや装甲服越しでは、生身と同じ様に風の流れや、季節の匂いを感じることは出来ないけれど、そうであっても、何て贅沢なのだろう。
ここには街路樹の並木通りはあるけれど、有刺鉄線フェンスの通りは無い。街灯の灯があるから、漆黒の闇は少ない。興味を示す視線を浴びても、刺す様な怨嗟の眼差しを受け無い。
この場所に居られるだけで、普通に歩いているだけで十分に贅沢。
「はぁ……」
「何か言った?」
「ん?いや、紅葉の街路樹並木が、綺麗だなぁって思って」
「陰ってきた陽の光が、薄いオレンジっぽくなって、また綺麗だよねぇ」
「こんな時間に、そぞろ歩きしているなんて、何て贅沢な事をしているんだろうなぁって思ってね」
「それは言えるけど、そぞろ歩きじゃないのが残念だけどね」
「確かにねぇ、バッカニアだからねぇ、今の私達の姿は」
「場違い甚だしいよねぇ……。
観光客の中で浮きまくっているしね、私達って……」
「うん。視線が痛いよ……。
綺麗な紅葉の街路樹並木の記念撮影に映り込む蒼き骸骨」
「「迷惑この上ない」」
でも、黄色、赤黄色、薄く残った黄緑、綺麗だなぁ。紅葉で彩られたの並木道の景色とは、こんなにも綺麗だったんだ。
陽が陰り始める夕方前、紅葉の並木道にあるオープンカフェで温かな飲み物を飲みつつ、街と歩く人達を眺める。
何でもない、何も考えない時間を過ごす。カフェでホットミルクとアップルパイ。絵で描いたような時間。ああ、良い時間だろうなぁ。
ARISとなった今では、何も考えない、何も思い出さないなんて、無理な話しだけど、夢見る位は許されるよね?
ま、そうでなくても、妻子がいる身だと休日はこき使われるのが当たり前。ぼーっとする時間なんて、夢のまた夢の時間だけどね。
「はへぇ……」
「また何ていうため息を、貴女は」
「いやさ、妻子がいる身になると、優雅な時間とは無縁だなぁ……ってね」
「あー、そうかー、一緒だったよねぇ」
「んだよ、貴女と同じく」
「「元おっさんで、妻帯者」」
「ところがどっこい、今ではナイスボディの」
「「お姉さん」」
「あそこでさ、こっちを撮影している観光客も、私達が元おっさんとは思うまい」
「なんという、夢も希望も打ち砕く、残酷な事実」
大山鳴動して鼠一匹、移民騒ぎもひと段落とは言え、未だに世界の何処かでVOAで大騒ぎは続いている。なのに、日本を訪れる観光客は減らない。確かに一時期は減少したけれど、海外からの観光客は、再び増加傾向になっている。
何でだろう?私達の本拠地扱いだから、他国に行くより安全だから?運が良ければ、街を歩いている私達と、記念撮影が出来るかもしれないから?
更に幸運なら、抽選で1組12人以下の1日合計5組迄が、軌道中継宇宙港に、1泊2日無料で観光に行ける可能性があるから?そゃりゃまぁ、来ますよね。うん。
「暇人じゃなくて、観光客多いね」
「そりゃぁ贔屓目に見ても、ここは綺麗だもの」
「まぁね、綺麗だものね此処。でさ、あの集団は添乗員さん付きだから、こっちに来るかも」
「記念撮影かぁ…うぇぇ面倒なのよね。撮影自体は、別に良いんだけど、偶にセクハラ親父が居るからね。それをあしらうのが面倒」
「まぁねぇ、後は傍若無人なおばさんとかもね。面倒だけどこれもお仕事、市民に寄り添ったARISだから」
「そりゃそうだけどさぁ、ああ……面倒くさい」
「はぁ……。添乗員さん到達まで、あと5m」
『あの…申しわけないですが、記念撮影は可能でしょうか?』
「はい。触らないで戴けるのであれば、大丈夫ですよ?」
『本当に…その声…若い女性の方々なんですねぇ』
「ええまぁ。あ、ヘルメットは脱げませんので、すみませんね」
『あ!……はい、それは承知しています。顔を出すと、若い女性ですからね、色々ありますものね。では、撮影よろしくお願いしますね』
「あ゛ー終わったぁ、撮影長いぃ」
「まぁ、あの人達からしたら、超ラッキーな撮影会だったんだから、我慢、我慢」
「そりゃそうだけどさぁ……」
「なにを言っているの、あの集団がオタクの集団だったら、未だ撮影続いているからね?」
「何でぇ?!」
「私達は、装甲服の襟に、薄い桜のマーク付きの初期メンバーだからね?言ってみれば、レアキャラ」
「レアキャラぁ??」
「そ、普通の人は、初期メンバーも輪番でパトロールするなんて、知らないからね。なので、オタクにしたら私達は、レアキャラなのよ」
「うわぁ……、その情報が、広まらない事を祈るよ……」
やっぱり紅葉彩る並木道は綺麗。今日は、一寸寄り道するって連絡して、並木通りが見えるカフェで休んでから家に帰ろうかな?たまには良いよね。
装甲服を脱いで、普通の恰好をしてから、街灯が燈った紅葉の並木のカフェで、一休み。秋の風を、体で感じられるかな?秋の空気の匂いを、感じられるかな?落ち葉の匂い、するかな?
「……っと、ちょっとってば」
「ん?」
「なーに考えごとしてるの?危ないよ?」
「ああ、御免。仕事終わったらさ、並木に面した何処かのカフェで、休憩してから、帰ろうかなぁって思ってた」
「カフェで休憩って言ったって、このバッカニアの装束で?それは……、一寸ばかり勇者過ぎないかな?」
「あのねぇ…忘れてるでしょ?街路樹近くのテニスコートの一部に、駐機場と仮待機場所が作られているの?そこには、更衣室もあるの?」
「あ、私達、そこで着替えたんだった!」
「お馬鹿なんだな…」
人は、環境に直ぐに適合し、生き抜く生物である、なんてね。自分でも驚く位に、環境に適合しちゃいましたねぇ
「ふっ…」
「何を?いきなり含み笑いを?」
「いや、変われば変わった、慣れれば慣れたものだなって思って」
「変わった?慣れた?」
「冷静に考えてさ、男言葉を使うのが、激減していると思わない?」
「してるっけ?」
「まぁ、他の地域からすると、東京の言葉ってユニセックスだからね、余り違和感ないかもしれないけど、激減してるよ?男言葉を使う回数」
「言われてみれば……うん、そうだね、男言葉は激減というか、イントネーションが変ったのは感じるかな?あと、服装とかも変わったしねぇ」
「あー……うん、それは確かに変わったね、スカート履くなんて想像の埒外だったのに、今じゃ当然の様に履いているし、信じられないよ」
「といいつつ、貴女はロングスカートだよね?」
「膝丈のスカートは、スカイツリー級にハードルが高いから無理。
靴だってローヒールというか、ハーフブーツが精々、ハイヒールは……絶対無理。生粋の女性の様に着こなして、履きこなす貴女が、羨ましいよ」
「慣れれば、どうにかなるもんよ?」
「でも、コロンというか、香水は、堂々と付けられるようになったので、ありがたいかな。元々大好きだった、薔薇の香りを付けられるので、ちょっと幸せなんだ。でも流石に、化粧は未だ無理かな」
「慣れればどうにかなるもんだって」
はほぉ……街灯の光が紅葉に当たって綺麗だなぁ。街灯に照らされてそぞろ歩きか、本当に、本当に、贅沢な時間。
あ、あのお店から漏れる光と、街灯の光が交じり合って、うわぁ……綺麗だぁ。予約制かな?テラス席あるけど座れるのかな?お茶程度でも大丈夫な場所かな?
「何?私の顔に、何かついてる?」
「や、ごめん 手前味噌だけど、私達って綺麗目だよね?」
「そりゃまぁ、命削ったキャラクリの成果だからね。キャラクリに何日かけたか……」
「そんな、女性が二人そろって歩いてるから、目立つのかなぁ?って思った」
「今更何を言っているのでしょうね?このお嬢さんは……、さっきから、バシバシ視線が、飛んできてるでしょうに……」
「そぉーかー、視線を感じるのは、そのせいかー」
「そ。特に貴女は黒髪の私と違って、若干金色がかった白銀の髪の毛に、エメラルドグリーンの瞳、目立たないと思わない方がおかしい」
「え?!私のせい?!」
「その、無自覚さが怖いよ、私は……」
「め・めだってる?! おじさんの姿に戻ってないよね?!」
「はいはい、おちついてー、普通に、女性の姿だから、おじさんに戻ってないから、おちついてー」
事前の確認を怠るとは、痛恨の極み、帰ったらアップルパイ作ろう。
うん、作るぞ、プディングは美味しいけど、これは違うんだよ、うん
「なーにを、不満足そうな顔をしているのかな、貴女は?」
「アップルパイがなかった…、アップルパイと、ホットミルクの予定だった…」
「お子様か…」
「アップルパイ…」
「プディング美味しくないの?」
「いや、これは美味しい、けれども気分は、アップルパイだったわけで…」
「なに?また急に黙って?」
「いや、そんな悩みを話せる、この時間が贅沢だなと」
「贅沢?」
「そ、贅沢、ちょっと前迄の移民騒ぎは何処へやら、封鎖地域のごたごたは続いているけど、移民騒ぎに比べれば、そよ風みたいなものだしね」
「輪番制だった封鎖地域任務も、慰労金加算のお陰で、競争らしいしね」
「競争?」
「そ、競争。何しろ1ルーチン30万円弱でしょ?半年もやれば、500万円近く貯まるからね。
刺激もある、お金は貰えるで、ルーキー達が、群がっているからね」
「あー、まぁ、そのお陰で、私等はパトロールだけで済むのだから、ありがたいことですなぁ」
「だよねぇ、ルーキー様々、地獄を知らないっていうのは、幸せだよねぇ……」
「最近、封鎖地域のお隣が生臭いっていうのに、封鎖地域に率先して行くだなんて、自殺願望でもあるのかね?最近のルーキーさん達は?」
「お金に目が眩んだのかもねー」
「うぁぁ…世知辛いわー、宇宙船が飛び交う時代になっても、世知辛いわー」
『申し訳ございません、お客様』
「はい?」
『あちらの方が、ご相席をお願い出来ないかと』
「相席?あちらの方?ってあの娘達じゃん」
「あー、良いですよ。友人なので大丈夫です」
『ありがとうございます。』
「ういすー」
『歩いていたら、テラス席に、貴女達見えたらからさー』
『珍しく貴女達が、優雅にお茶しているのが見えたので、つい』
「おつかれー」
『本当に珍しいよねぇ?何時も直ぐに帰るのに』
「家にも今日は遅くなるって伝えたし、偶には、ゆっくりしたいからね」
「ケーキか何かのお土産は、買って帰るつもりだけどね」
『買わないと、後が怖いからねー』
「しかし、みんな装甲服着てないと、化けるねぇ」
『ふふん、視線をくぎ付けよー』
『貴女は相も変わらず、おとなしめの服装だね』
「貴女達みたいに、ガンガン攻めるのは無理かなー」
『貴女は、その服装で良いよ。その恰好が、ゲーム時代から変わらない貴女の恰好だもの』
「そうかねぇ?で、決まった?」
『私は貴女と同じプディングかな?
ころでさ、探査船の第二次募集が始まったの、知ってる?』
「あぁ、あの最低往復5年間のやつだっけ?」
『それそれ、応募する?』
「いやぁ……、私は妻子が居るから、無理かな?まぁ、独身だったとしても、今は未だ行かないと思うけど」
「私も無理だねぇ、けど貴女達は、元も今も独身でしょ?行くの?」
『ケーキ屋がない、探査船暮らしなんて、無理』
『仕事帰りに、ブラブラ出来ないなんて地獄……』
「脱男性化をエンジョイしてるね……貴女達……」
『変わってしまったものは仕方ない、楽しまなければ損でしょう?』
「そりゃそうだけどさ」
「そういえば、あいつは、「行く」って言ってたね……」
「あいつ「行く」気なの?」
『あー、前から言ってたしねぇ 宇宙を飛び回りたいって』
『あいつは、元も今も男性の珍しいパターンなのに、独身貫きだから』
「変わり者だから、あいつ……」
「『『それは言える』』」
「ところでさ、頼むもの決めた?まだ?」
『アップルパイが無い……』
「あんたも、お子様かっ!」
あ?!、落ち葉の匂いがする。秋の匂いがする。こんな何気ない時間が、何時までも、何時までも続けば良いのに。
2018/12/9 文の体裁を直しました




