閑話 船の記憶7 甘い匂い
一部の修正と、話数に従ったならべ変えです。
テランは、生存権の拡大により種族の生き残りを図っていた。そりゃぁもう連合の中でも突出した勢いで、脇目もふらず、一心不乱に。
テランは、戦闘艦はもとより、母船も続々とロールアウトさせていたが、問題が無かった訳ではなかった。
より早く、より遠く、より多く生き延びさせるために、今以上の速度、エネルギー効率そして、容積の小さなエンジンが必要になった。
テラのみならず、連合各惑星の技術者も巻き込んだ、新型エンジン開発が推進されたが、高すぎる仕様要求に各国出身の技術者たちが脱落していった。
遂には、弧状列島出身の技術者達も、「出来ません」「無理です」「無茶言わないで下さい」「間に合いません」「諦めませんか?」と言い始めた。
普通は、「出来ません」は出来ない事を、「無理です」は、不可能だという事を、「諦めましょう」は、もう止めましょう、を意味する。
その筈なのだけれど、何処かの弧状列島出身の人達がそれを言った時は、信じちゃいけない。従来容積比30%、出力230%アップ、効率250%アップの新型お馬鹿エンジンが出来上がったからだ。
信じちゃいけない弧状列島出身者の「出来ません」
そんなこんなで、うちの艦もこの前、この新型エンジンに積み替えた。
『やっふー!今の3分の1ということは……、スペース広がるー、あれ置いて、これ置いて……、夢が広がる―。うひょひょーい』と、思っていた時期もありました……。
「2倍載せるかぁ?!普通、今の2倍載せるのかぁ?!12発じゃなくて、24発のエンジン載せるかぁ?!分かる?!馬鹿?!馬鹿だよねぇ?!今の3分の2しかならないじゃんっ!、置く物が……、置く物が減るーっ!」
「置く物……って何?」
「大型防爆型生化学実験室!」
「何でそんな物を強襲偵察艦に?」
「機密事項!」
是非とも搭載したかった、大型防爆型生化学実験室は、無理だったけど、中型の防爆型生化学実験室を手に入れる事ができたので、少しエンジンが多いのは我慢しよう。我慢してやろうじゃないか。
「防爆室」と聞いて、普通の人が思い浮かべるのは、爆発から室内の人を守ってくれる部屋。
ところがどっこい、これは良くある誤解。本当の意味は、爆発が外に広がらない様に、爆発の影響を室内に留め置く部屋なのです。なので、爆発が起きれば中の人は……ミンチ。嗚呼、合唱弔いの唄じゃなくて、合掌、成仏してね。
「うへへ~、夢に見たじっけんしつ~。これで自由なのよ~」
「ご機嫌だねぇ?」
「うへへ~。これで色々自由に作れるのよ~。だってね!この型の防爆型生化学実験室ともなると、完全密閉自己完結型かつ、冷凍冷蔵庫完備、流しにコンロ、オーブン、電子レンジ、調理家電に調理器具、室内空調、水、その他の物質は物質転換機で調整、生成され、匂いなんて外に絶対にでない!嗚呼……なんと素晴らしき設備」
「そ、そうなんだ?実……験室だよね?」
「貴女ねぇ?この新型物質転換機は、ちゃんとデータを覚え込ませれば、穀物、野菜、肉、魚等を再現出来るのよ?豊かな食材が、何時でも自由に手に入るのよ?何時でもここで料理が出来るパラダイスなのよ?例えば、焼き肉もこの部屋の中なら可能なのよ?判る?」
「今……や・き・に・く、と申されましたか?」
「言いましたともさぁっ!」
「いえーい!おにくっ!おにっくぅっ!~」
「今は、お肉は出しませんが。ぽちっとな」
「な……、なんです……って?!おにくっ!おにくじゃないですって?言語道断、ぎるてぃですっ!ぎるてぃっ!おにくっ!おにくを~おにくのお恵みを~」
「そこの蒸し器を洗ってくれるなら、後でキャベツと、強めの塩胡椒で下味つけた牛肉の蒸し物、ポン酢、ごまだれを作っても良いけど~?」
「あいまむ!洗います!今洗います!」
「いや、今は駄目。別の物を作るので邪魔になるから」
「な・な・なんでまたお預けなんですかぁっ!酷すぎる~ オニアクマ……」
「蒸し料理は、要らないみたいね?」
「何も言っておりませんですっ!何もいっておらんですからぁ~」
「はぁ……もう馬鹿はほっておいて、アップルパイつくりますか」
「アップルパイ?転換機で作るの?その割には、材料並べているような?」
「そうだよ?焼くの。焼きあがる匂いも味わいたいじゃない?甘酸っぱい匂いが広がってくるって幸せな気持ちになれるでしょ?そりゃ、転換機使えば一瞬で作れるけど、流石にパイ生地は作るけど、それ以外も一瞬だと……匂いがしないなんて、味が無いじゃない?」
「面倒じゃないの?」
「簡単、簡単、なんちゃってアップルパイの作り方、覚えてみる?
リンゴをざく切りして、耐熱ボウルに入れます。
大匙摺り切り程度のお砂糖と、リンゴが少し出ている程度に水を入れ、リンゴが柔らかくなる程度にレンチン。
あ、煮えて無くてよいからね?パイ生地で包んで焼くから大丈夫。
水で溶いたコーンスターチをレンチン終わったボウルに入れて混ぜます。この時素早く混ぜないと、ダマが出来ちゃうから気を付けてね。そして、大匙1~2のレモン果汁入れて混ぜて冷蔵庫で冷やします。
パイシートはロール状に巻いて、厚さ1~2cmに切って伸ばします。ま、餃子の皮みたいになるよね。
リンゴが未だ冷えてなかったら、この伸ばしたパイシートも冷蔵庫に入れてね。
十分に冷えたリンゴをこの皮で包み、クッキングシート敷いたオーブンの鉄板に、置いたらフォークで、上側をプスプス刺すのを忘れないでね?これを忘れると、破裂したり、包んだ横から漏れたりしちゃうからね。
最後に溶いた卵黄を表面に塗って、180℃で余熱しておいたオーブンに入れて、180℃で10~15分、そのあと、170℃で20~30分。これで出来上がり~」
「甘い匂いがしてきた……ま゛~だ~で~ず~が~ じゅるぅ……」
「まだまだ、我慢して」
「色が~、表面の色が~、良い色に~」
「もう少しだからねぇ~」
「ふぉぉぉっ、後少し……」
「さぁ出来た!取り出すよ~、熱いから一寸下がって~」
「た・食べてよい?食べて良いよね?」
「冷めるまで止めておいた方が良いけど?火傷するよ~?」
「あひゅっ!あひゅっ!ひぇも おいひっ!」
「はぁ……この食欲魔人……、さてともう一枚の鉄板も出さないと」
「「「あひゅっ!うひゃぅっ!おいひっ!」」」
「背後に複数の気配が……?って!なんで貴女達居るの?」
「モニター……安全確認用のモニターから見えた。二人だけはずるい……。あ、それ私のお皿だから、取ったら許さないから」
「はぁ……。これは足らなくなるから、追加焼かないと駄目か……っとその前に、ひとつは食べておかないと無くなるね、これは」
「「「はひゅ はひゅ うま~」」」
作った物を、嬉しそうに食べてくれる姿をみると、幸せな気分になるのはなぜなのだろうね?
そういえば、子供達にもこうやって作ってあげていたっけ?もう顔もなかなか思い出せないくらいに、遙かな時が経ってしまっているけど。
「「「これ全部食べて良いの?」」」
皆に言うのと同じことを、子供達に言っていたよね。
「はい、はい、どうぞ。次も焼くから大丈夫。火傷に気を付けて食べてね。でもあまり食べ過ぎると、ご飯食べられなくなっちゃうから、考えて食べようね?」
「「「あいまむ!」」」
遥かな時の向こう側から、アップルパイの甘い匂いが、思い出を連れてきた。




