閑話 船の記憶6 おろしポン酢
アップルパイの話し(それもどうかとは思いますが)の筈が…
お腹減っている時に書き出すものではありませんね
「ソースでしょう?」
「マヨネーズよ」
「醤油でしょ、醤油」
「塩よ、塩、塩を知らないなんて、なんてお子様なのかしらね?」
「おろしポン酢よ」
「この前のさ、補給場所だけどさ、酷い目にあったよね」
「入口に沢山の虫が集っていた、あれよね? あれは凄かった」
「到着したら、いきなり掃除する羽目になったからねぇ、予定外だったよねぇ」
「でも、虫掃除したお陰で、ビーチのすぐ横に泊まれたし、食事タダになったし」
「ま、それはねー、虫さまさまだよねー」
「訓練生からも、尊敬の眼差しで見られたしねー」
「訓練生と言えばさぁ……尊敬の眼差しより、劣情の眼差しの方が多かった気がするのよね?……何処に行く気かな?」
「ど・何処にもいかないよ? ちょっとアップルパイ取ろうかと思ってね?」
「ふーん、アップルパイねぇ?
アップルパイよりさぁ、自重してって言ったよねぇ?」
「自重しているから、黒の水着だったじゃない?」
「自重?! あれが自重?!あの布の残渣の様な面積の水着?!あれが、自重ですってぇ?!ホノルル到着前に言ったよねぇ?自重してって言ったよねぇっ!?なんで狩り場になるわけ?」
「狩りは相手を仕留める事が最終目的、仕留めた狩人だけが満足する。けれど、私の場合は、相手も私も最後は幸せの絶頂になった、だから、ウィンウィン」
「反省してないよね?! まぁーったく反省してないよね?!あと、何気に不穏な言葉混ぜ込むの、やめてくれるぅ?」
「まぁまぁ、今回の補給先の機動衛星は高千穂だよね?」
「そうだよ、ホノルルで全力発揮したから整備前倒しと、ホノルル救助のご褒美」
「高千穂かぁ… 高千穂ってさぁ食事美味しいんだよね」
「そうそう、味のレベルも高い和洋中の店が一杯あるよね」
「買い物もそれなりに出来るし、このところ人気らしくて港湾地区や歓楽街ならまだしも、商業区や、保養区の宿の予約は大変らしいよ?」
「今回の保養区の宿は、ホノルルの人達が伝手を使ってくれたんだよね、ホノルルの人達に感謝しないと」
「んだ、んだ」
「ところで、高千穂での最初の夕飯はさ 何食べに行こうか?」
「高千穂に来たら寿司?何ていうのはありきたり過ぎるし、だからと言って鍋という気分じゃないんだよねぇ、今日は」
「お好み焼きは?お好み焼とビール」
「だったら焼肉行かない?焼肉!艦内だと煙出るから焼きながら食べるのは無理だったじゃない?
だから、焼き肉に一票!」
「それだったら、居酒屋行こうよー、何でもあるしさー」
「唐揚げと酎ハイ…じゅるぅ」
「はぁ?唐揚げにはビールでしょ?」
「「やるかぁ?!」」
「唐揚げ、肉…、肉かぁ…、 じゃぁとんかつ何てどう?」
「とんかつかぁ… とんかつ行こうか」
「肉…じゅるぅ…」
「だねー、とんかつ久しぶりだしねぇ
ソースで食べるとんかつ美味しいよねぇ?」
「はぁ?ソース?今なんておっしゃいました? ソースですって?とんかつにはマヨネーズでしょう?」
「はぁ?!マヨネーズ何て邪道!ソースでしょ!?」
「マヨネーズ!」
「いや醤油でしょ、醤油」
「塩よ、塩、塩を知らないなんて、なんてお子様なのかしらね?」
「おろしポン酢よ」
「何言っているわけ?とんかつはソースでしょう? 熱々のとんかつの衣に、ソースが掛かった瞬間立ち上るとんかつの匂いとソースのも言われぬ香り。
ソースが沁み込み過ぎ、衣がふやける前に口に運び、熱々のとんかつを噛みしめる。
カリっとした衣についた塩気の有るソースの味と、噛みしめた瞬間に滲み出す豚肉の甘味の二重奏。
そして、頬張った熱々の白米が、少しソース味になった口を中和し作り出す三重奏。ああ溜まらない、早くとんかつ屋さんに……」
「ちがうよ!ソースまでは同じだけど、頬張るのはキャベツでしょう?
最初に頬張るのは、みずみずしいキャベツ。キャベツの甘味が、ソース味のとんかつを引き立てるのよ! 飲み込んだ後の余韻を一瞬楽しんだら、白米で口の中をリセット。白米はリセット役でしかないのよ!とんかつ、きゃべつ、白米 これがとんかつの順番よ!」
「はぁ?! 白米!? ビールでしょ!ビールよ! ビールのさっぱりした苦味が、ソースの味で引き立てるの! とんかつの味を更に引き立てるのは、ビール!」
「白米…… これ一択。ビールはアルコール。酔っ払ったら、とんかつの味がぼやけてしまう……最悪の選択……。とんかつは、白米と一緒に食べる、これが最良の選択。だから呑み助は駄目……」
「まぁ、ビールか、白米か、そこは良いけどさ。
ソースが沁み込んでいない、とんかつの衣ですって!?とんかつにかけたソースが、衣にしみ込むまで我慢するのが正義。ソースで溺れるほど、とんかつをソース漬けにするのが正義。
ソースが沁みたとんかつは、ひとまず白米の上に乗せる。とんかつの衣を通して、白米に染み渡るソース。白米の上から、ソースが沁みて少し柔らかくなった、とんかつを取り上げ、噛みしめる。
ソースが沁みて少し柔らかくなった衣越しに、豚肉の味わいが、後から追いかけてくる。噛みしめ、幸せを感じている所に、ソースが沁みた白米を入れる事で、更に上書きする。
とんかつは、ソースで溺れるほどに、ソースを沁み込ませ、ふやけた衣になった状態で食べるのが、至高の瞬間」
「貴女達ねぇ?
ソース、ソースと言っているけど、辛子を忘れているでしょう?辛子を?辛子を付けることで、とんかつの味が引き締められるの。鼻に一瞬抜ける辛みが、とんかつの味を引き立てるの。辛子無しのとんかつなんて、おせんべいに、お茶が無いのと同じよ!」
「そうそう、ツンっと鼻に抜ける、多めの辛子。辛子で引き締められた、とんかつを更に引き立て、流し込む。 さっぱりした苦味のビールこそ、最高……」
「いやいやいや、白米一択…… これだから呑み助は……」
「馬鹿じゃないの?
レモンと、万能調味料マヨネーズこそ、至高。
とんかつにかけた、レモン果汁の酸味と柑橘類の匂いが、脂っこさを打ち消したことろに、マヨネーズのレモンとは違う酸味が、豚肉の甘味を最大限に引き上げる。
レモンとマヨネーズで引き上げられた、とんかつの残り香を、頬張ったキャベツが薄めていく。
少しだけ口内に残った、とんかつの残り香を、白米でリセットして、次のとんかつを迎え入れる準備をする。このサイクルこそ、至高」
「何でも、マヨネーズをつければ良いと思っているから、マヨラーは駄目なのよ。ソースも一緒、ソースが味を消してしまうじゃない?
シンプルにレモン果汁と塩、これで十分。レモン果汁が、衣の香ばしい味を引き立て、塩が、豚の脂の甘味を引き立てる。レモン果汁と塩こそが、とんかつの本来の味を味わう最高の方法。ソースだ、醤油だ、マヨネーズだなんてお子様。
そして、日本酒よ、日本酒。白米?キャベツ?何を言っているわけ?フルーティな残り香の日本酒、あの瞬間は至福のひと時。レモン果汁と塩と日本酒、ああ……なんて幸せな瞬間」
「貴女達ね…とんかつには酢醤油よ、酢醤油
お酢がとんかつの脂を打ち消し、そして醤油の旨み成分がとんかつの味を、更に深みのある物に変えていく。そこに、醤油と相性の良い、白米。この組み合わせこそ、至高」
「醤油も良いけど、おろしポン酢が一番だと思うよ?
熱々のとんかつを、おろしポン酢に浸け、すかさず大根おろしを乗せて、そのまま口に。とんかつの表面は、おろしポン酢で少し冷えているのに、噛んだ瞬間に、口の中に現れる熱々の豚肉。おろしポン酢のさっぱりとした味が、口の余分な脂を打ち消し、豚肉の甘味を引き立てる。
そこに、熱々の白米を、その熱さを和らげるために、空気を吸い込みながら、とんかつと共に噛みしめる。口の中に広がる、おろしポン酢と、とんかつと、白米の味。
幸せを感じながら、次のとんかつの準備をする。生きていて良かったって思う、この瞬間。とんかつには、おろしポン酢よ。」
「あ、店に着いた」
「とりあえずさ、みんなお好みの味で食べれば良いんじゃぁ?」
「それも、そうね」
「賛成…」
「取り敢えず、お店入るよー」
2018/12/9 文の体裁を直しました




