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閑話 船の記憶5 見捨てはしない

「いーやぁーっほぉーっ!」

「わぉっ!わぉーーーんっ!」

「じゃまっ!じゃま!じゃまぁっー!」

 何か雄叫び上げているのが居るし……。まぁ、邪魔だよね。折角の休暇場所に、無粋なお邪魔虫は要らないよね。マウスブルーダーがこんな場所に何の用なのかしらね?

 ここはね、あなた達、虫が来られる場所ではないの。私達の保養場所で、補給場所なのよ。


 “マウスブルーダー”

 播種(はしゅ)型航宙VOAとは異なる種類の大型航宙VOAの総称。何やら色々型があるらしいけど、良く分かりません、はい。敵は敵だし、難しく考えるだけしんどいし。

 艦内?体内?ともかく数千近い小型航宙VOAを内包している、迷惑千万な大型航宙VOA。嵐の様に現れ、嵐の様に去っていく。

 吐き出される小型航宙VOAには、活動限界時間があるので、一定時間耐えられれば、生き残れる。ま、半々の確率だけどね、耐えられるか、耐えられないかは。

 不幸中の幸いは、滅多に見かけないこと、遭遇確率が低いこと。遭遇したらご愁傷様、だって数千の小型航宙VOAの攻勢に耐えられる、移民船団や機動衛星は少ないもの。

 普通ならね。

「来るな!来るんじゃない!お前たちだけでも生き延びてくれ!」


 今、此処には2つの不幸と、ひとつの幸運がある。

 不幸ひとつ目、保養施設と補給整備工廠を併設している機動衛星ホノルルは、滅多に居ないマウスブルーダーに襲撃されていること

 不幸ふたつ目、うちの艦が、このタイミングで機動衛星ホノルルの管制星域に入ろうとしていたこと。

 ひとつの幸運、虫達の襲撃を見た私達が、逃げないと決めたこと。


 ホノルル管制星域まであと半日。休暇まであと少しー、るんたったー。ん?どうしたの?

「何かあったの?」

「ホノルル管制から、緊急電が入っているんだけど、何故か断続的で、途切れ途切れで、要を得ないのよね」

「ちょっと、聞かせて」

「……ら……ホノル……マウス……つつある。……外縁……滅。……防衛衛星……星域から避難せよ」

「ふーん。ちょっと嫌な予感するねぇ」

「寝ているの、起こす?」

「だねぇ、全員第1種戦闘配置に。戦闘配置後は、ホノルルに向けて第1戦闘速度。うん、ちょっと嫌な予感がするのよ。間違いなら、休暇が早まるだけだから良いじゃない?でしょ?」


 星系外縁の防衛衛星の隙間を縫って、ちらほらと、何匹かの小型VOAがここの周りを飛び回っていやがる。

 今のところ、近付く奴等は撃ち落とせているが、奴等偵察でもしているのか?

 防衛衛星は、半分が堕ちたか……。持って半日だな。半日もすれば奴等が此方(こちら)に、内惑星系に押しかけて来る。

 畜生、深夜に来やがって。おかげで民間人のシェルター避難が全く終わらない。


「マウスブルーダーか……。何でこんなところに」

 ホノルルからや、ホノルルの居る星系から避難中の船からの情報、それらを統合すると、ホノルルの居る星系がマウスブルーダーに襲撃されつつある。星系外縁の防衛衛星は既に陥落している。そこまで分かった。

 だけど、それだけ。

 マウスブルーダーにも小型から超大型まで色々なサイズがある。どのサイズのマウスブルーダーが、今ホノルルを襲撃しているのか?1匹だけ?知りたいことが分からない。

 あと、1時間程度で、マウスブルーダーと吐き出された小型VOAが乱舞する宙域に到着する。緊急出力にすれば、30分で到着できるけど、それは出来ない。

 緊急出力というのは、故障発生の危険性と背中合わせ。マウスブルーダーとの一戦があるというのに、その危険性は犯せない。

 分かってる。このままの速度で行けば、ホノルルが壊滅していて誰も生きていない未来もあるというのは、分かってる。

 気持ち的には、緊急出力でもなんでも使って駆け付けたいけれど、現実は厳しい。


 嗚呼……。最後の外縁防衛衛星が堕ちた。後は内惑星系の防衛衛星と、このホノルルの防衛兵器しかない。

 せめて、シェルターが奴等の攻撃に耐えられることを祈るだけだ。

「こちらMSホノルル、緊急事態を宣言する」

「MSホノルルは、マウスブルーダーの襲撃を受けつつある」

「星系外縁防衛衛星は既に壊滅した、繰り返す星系外縁防衛衛星は壊滅した」

「MSホノルルに向かっている船は、別の宙域に避難せよ」

「こちら補給船ガリレオ1428、緊急入港では駄目か?我々は若干の武装もあるぞ?」

「ガリレオ1428申し出には感謝するが、退避せよ」

「今、緊急入港すれば、何人かは連れて脱出できるぞ?」

「ガリレオ1428、あり難いが無理だ。もう小さい奴等が何匹か周りに来てやがる、間に合わない」

「畜生。MSホノルル。幸運を祈る」


「第9防御衛星沈黙しました」

 ああ… 最後の防衛衛星が堕ちた。後は、衛星の対空砲火しかない。畜生…この衛星には民間人だけでも10万人は居るんだぞ、子供だって居るんだぞ。

 勢力の強い太陽嵐に備えて、殆どの船がドッグ内に入っていた所に、マウスブルーダーが来るなんて、何の呪いだ。訓練兵を満載した訓練船が10隻も居るんだぞ。何でこんな時に来るんだよ。


「おい!民間人の避難率はどれくらいまで進んだ?」

「まだ70%です!」

「未だ70%だけ?! 急がせろ!分かっている、深夜帯だったのは分かっている。けれど、急がせろ! 奴等が雪崩を打ってやってくるぞ。訓練生使って誘導させろ!」

「訓練船から、出航要請!迎撃準備完了!出航させよ!です!」 

 訓練船から出航要請?迎撃に出る?

「駄目だ!ゲートを開けたらそこから雪崩込まれる。ドッグ内でゲート側に武装向けて待機させておけ」

 誘導させている訓練生が戦わせろと騒いでいるだと?

「うるせぇっ! ぶん殴って黙らせろ。素直にシェルターの中まで民間人誘導させて、訓練生(お子様)と民間人がシェルターに入ったら外から閉めてしまえ!訓練生(お子様)は、民間人と一緒に大人くしていればよいんだよ!」

 畜生何なんだ、この数は。


 これに何の意味があるわけじゃない。俺達はたぶん全滅する。だからなんだというんだ、最後まで足掻(あが)いてやる

「こちらMSホノルル、周辺星域の艦に通達する」

「MSホノルルの星域から避難せよ」

「MSホノルルは、マウスブルーダーの襲撃を受けている」


「シェルター退避率95%、訓練生全員のシェルター内への移動を確認済」

「了解した、残り5%は諦めろ。 全シェルター閉鎖開始」

 シェルター完全閉鎖まで5分で、VOAイエローライン突破まで10分。ギリギリだが、間に合ったな。さて、あとは俺達の準備だ。

「さて紳士淑女のお馬鹿共、後10分でお客さんが来る。対空砲火で熱烈な歓迎をしてやれ。陸戦の奴等も準備完了だな?土足で入り込んでくるお客さんは追い出せ。装甲服の気密を再確認しろ」


 一面、VOA、VOA、VOA。千客万来?違うな。迷惑千万の方がしっくりくるな。しかし、大人気だな、ホノルルは。

 そういえば、ホノルルというのは、地球のハワイにある街の名前だったな。南国のリゾートで良いところらしい。今度休暇を取ったら行ってみるかなぁ。

「VOAイエローライン突破!」

「よし、オールウェポンズフリー。ハルマゲドンモードだ」

「オールウェポンズフリー、オールウェポンズフリー、ハルマゲドンモード、お客さんを叩き出せ」


「こちらMSホノルル 対空砲火での迎撃を開始した」

「シェルターに避難した者達の救助を頼む」


「敵、セントラルゲートへ攻撃を集中、体当たりしてきます。対空砲火で全て堕としきれません!」

「陸戦隊準備させろ!」

「セントラルゲート崩壊まで10分」

「陸戦隊!訓練船の主砲軸に注意せよ。訓練船の主砲軸に注意せよ」


 あらまぁ、雲霞(うんか)の如くというのは目の前の光景をいうのかしらね? 全力発揮準備は、完了済ね?

 というか、何あのセントラルゲートに体当たりしている集団は?そんなに、ホノルルに入りたいのかしらね? 残念ながら、貴方達はお呼びじゃないのよ。

 主砲発砲用意完了?重力ジェネレータ全力発揮準備完了?隔壁閉鎖確認?対デブリレーザ準備完了?

 なんで対デブリレーザ?ああ! 改造し過ぎて殆ど高出力対空砲みたいになったあれね…。挙句、各待機席でマニュアル発砲可能しちゃったやつね。

 腕が鳴る?これでハリネズミの様に乱射しながら突っ込める?あのちっちゃい奴等には効果てき面、任せなさい?

 みんなやる気なのはよいけどさー、そりゃ、そうだけどさー。衛星の前で使ったら改造ばれるような… ま、いいかー。

 さてさて、じゃぁ行きましょうかね。人の休暇を邪魔しようという無粋なお客さんには、教育が必要だよね?

 ところで、今日のBGMは何にしたの?クラッシックロック?前時代の音楽?Fall Out Boy の The Phoenix?

 それはまた、炎を振りまくように乱射しながら突っ込むうちの艦にはピッタリな題名ね?何処からそんなものを見つけてくるのよ、貴女は?

 クラッシックがマイブーム?この前の補給の時に、音楽データ更新されたときに追加してた?まぁ、良いけどね、嫌いじゃないよ、クラッシックロックは。

 その時代も生きていた私からすると、クラッシックロックと言われると微妙な気分になるけどさ。 私も同じ時代を生きていたでしょうに?そうだったよね、あっという間だったねぇ。


 さてと、ホノルルには連絡した?え?連絡する前にホノルルが叫んでいて、その相手で忙しい?

 その割に、生返事しかしてない様な気がするのは気のせいよね?で、何を叫んでいるわけホノルルは?

 何か良く分からないけど、間に合わないから逃げろとか言っている?

 やあねぇ、信用ないのねぇ? 逃げられるわけがないでしょ。そんな目覚めの悪い事、するわけないじゃない?私達が逃げたら、ホノルル壊滅するのに、それを判っているのかな?ホノルルは?

 判っているみたいですって? あらあら、まぁまぁ。そしたらシェルターに避難している民間人共々、全滅するのが判っているのに?それなのに、見捨てて逃げろなんて言っているわけ?

 そんな沽券(こけん)にかかわるような、道を選べる訳がないじゃない。馬鹿にされているのか、信じられていないのかどちらなのかな?

 ホノルルには、ちょっと本物の戦争を見せてあげないといけないみたいね。では、本物を見せに行きましょうか、みんな。

「ハルマゲドンモード。ハルマゲドンモード。ハルマゲドンモード。害虫駆除に行くよ!」


 なに?艦が来る?何処の馬鹿だ?逃げる様に言え!この状態で来たってなぶり殺しになるだけだぞ! 呼びかけに応じない?呼び続けろ!

「こちらMSホノルル、艦名不明の独行艦に伝える、逃げろ!来るな!」

「聞こえているか?そこの艦! 逃げるんだ! 間に合わないんだ!」

「おい!聞こえているんだろう? 逃げろ!逃げてくれ!せめてお前達だけでも生き残ってくれ!」

 画像が出る?このフル加速してくる艦か?良いから何度でも逃げる様に呼び掛けろ!

「そこの艦、逃げろ!逃げてくれ! 来るんじゃない!間に合わないんだ!」

「そーなんだー」

「聞こえているのか?!なら聞いてくれ、逃げるんだ!こっちに来るんじゃない!」

「おい!聞いているのか!」

「そーなんだー」

「おい!わかっているのかお前ら!」

「そーなんだー」

 何だこいつ等、堕とされたいのか?なんだ?!更に、加速して突っ込んで来る?!


「緊急周波数帯で発信中。こちら峰月001、戦闘星域に到達した。戦闘を開始する。繰り返す、緊急周波数帯で発信中。こちら峰月001、戦闘星域に到達した。戦闘を開始する」

「あ、近寄ると危ないので気を付けてね」

「お礼は、ビーチのレストランの夕食でお願いね」

「私達はね、見捨てられることはあっても、見捨てるなんてことはしないの」

「訓練生の諸君、この素晴らしい世界にようこそ」

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