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1-5-1 私は悪魔になる

「船団全員への優先順位高のメッセージを送信しますか?」

 これを送信したら、天国には絶対に入れない。地獄ですら門前払(もんぜんばらい)だな。


「送信を完了しました」

 これでもう……戻れない。私は今から悪魔だ。私は、悪魔になった。ボタンひとつで悪魔になれるとは、科学技術の進歩とは(すご)いもんだ。


 ――「優先順位高のメッセージがあります」

 宛:ARIS及び各船団長

 発:第7船団長

 件名:収容人数及び収容対象者、非対象者に対する通知

 ――母船……


 後に物議(ぶつぎ)(かも)した第7船団からの通達。収容人員と対象者の制限に関する通達は、恐ろしい勢いで広まっていった。

 単一国籍か否か、二重国籍が認められた同盟国扱いか否かで、自分達の運命が決定される。日本国内だけではなく、地球(テラ)内全てで大騒ぎになるのは当然だった。


 但し、通達で騒ぎになるのは、初めてではなかった。この劇薬(げきやく)の様な収容人数と対象の通知は船団(ARIS)が始めて出した通知ではなく、3番目の通知だった。

 船団(ARIS)の最初の通知は、船団(ARIS)の進んだ技術を用いて、完治困難な疾病(しっぺい)及び障害を、船団保有の医療カプセル(タンク)(なお)すというものだった。

 但し、対象者は無制限ではなく、日本国籍者と主要同盟国のみ。使用料は、特殊な事情を除いて日本国籍者には無料で、主要同盟国民へは、安価な有償提供するというものだった。

 有償と言いつつも、その対価は非常に安価で病種に関係なく、医療カプセル(タンク)を1回使う(ごと)に10クレジット、当時の日本の貨幣で言えば、1000円程度の非常に安価な使用料だった。


 当時の地球(テラ)では、完治できない疾病や、障害は当たり前の様に存在していた。この今まで治癒不可能又は、完治不可能とされていた疾病(しっぺい)や障害を完治できる医療カプセル(タンク)の提供は、その常識を(くつがえ)す衝撃的な出来事(できごと)に世界は騒然(そうぜん)となった。

 医療的な衝撃を受けた世界の大多数の人達と異なり、一部の医療機関や保険会社はこれを経済的な危機として認識した。彼等にとって、無償または安価に高度医療が提供されるのは死活問題だった。


「我々の手は、そこまで長くない。(つか)めるのは自分達と同盟国だけで精一杯(せいいっぱい)だ。

 偽善(ぎぜん)がどうしたというのか?偽善(ぎぜん)であれば提供してはいけないのか?もしそう思うのであるなら、名を名乗れ。名乗った人間に何が起ころうとも医療カプセル(タンク)の提供を拒否する」

 非同盟国がこの通達に反発するのは当然として、何故か世論の一部から、差別だとか、偽善(ぎぜん)などいう非難の声が上がったが、余りにも見えいたと言うべきか、旧態きゅうたい依然いぜんとした手法と言うべきか、弱者をよそおった者達、有体ありていに言えば利権の亡者もうじゃ達による世論誘導だった。

 船団(ARIS)はそれを一切いっさい無視した。主犯しゅはんに踊らされた金の亡者もうじゃ達に反応するよりも、利権に目がくらみ、どうやら月曜日の生ごみの日にヒポクラテスのちかいも一緒に捨ててしまった主犯しゅはん、一部の医療機関や保険会社に反撃する方が早いからだ。


 医療を受ける場合に、治療費と保険はセットの様なものだ。国民皆保険を採用していたのは一部の国家のみあり、大多数は自己責任即ち、個人で医療保険に入り対処していた。その様な地域では、医療とは高額なものであり、保険がなければ簡単に医療を享受(きょうじゅ)出来なかった。

 高額医療への恐怖から人々は保険へ加入する。しかし大多数の加入者は、保険を適用しないまま契約期間が終了する。保険加入者側から見れば、掛け金の無駄の様な気もするが、それが保険と言う物だとしてあきらめるしかない。

 このあきらめが、保険会社の利益の源泉げんせんとなる。払い込まれた保険料が支払われた保険金より多ければ多いほどに、保険会社のふところうるおう。市井しせいの人々が高額医療費におびえ、保険に加入してくれないと彼等は困るのだ。

 医療カプセル(タンク)の提供は、高額医療への恐怖感を消し去ってしまう。高額医療に対応した、高額の掛け金の保険の存在意義が低下させてしまう。保険会社にとって医療カプセル(タンク)は、彼等の利益の源泉げんせんに対する脅威(きょうい)でしかなかった。

 いざ保険金支払いの請求を受けても、無茶苦茶な屁理屈へりくつな理由を付けて保険を給付しなという詐欺(さぎ)(まが)いの行いまでして収益率を上げていた保険会社にとって、医療カプセル(タンク)の提供は、如何(いか)なる手段を用いても阻止すべきものだった。


 医療機関にとって、高額医療費を請求出来なくなるのは、利益が減るのと同じ事を意味する。彼等も保険会社と同様に、人の弱みに付け込んで金をもうけてきた。症状が重くなり、どうしようもなくなって受診した人達に、ほんの数分の診察で数万円以上の請求してきた。

 人の弱みに付け込んで金をむしり取る。医療機関と保険会社は、同じ穴の(むじな)だった。の亡者の彼等は手を組んだ。豊富な資金力で報道機関を抱き込み、世論誘導を企図(きと)した。残念ながら、結果は散々なものになった。

 普通の相手であれば、高まる批判の声に日和(ひよ)るのであったろうが、船団(ARIS)側の本意は、健康体を増加させて、移民可能対象者を増やし、または兵員の確保であり、収益性や公共性を求めていない船団(ARIS)にそれが通じる訳がなかった。

 反対に、元ゲーマーの多かった彼等(ARIS)がソーシャルメディアを活用した反撃を行い。メディアの中で、余りに高額な医療費を原因とする医療費破産がトレンド入りしていくと、報道は次第(しだい)沈静化(ちんせいか)していった。

 市井しせいの人々にとって、自分達の弱みに付け込んで金をむしり取っていた彼等が、路頭ろとうに迷うのは彼等の自業じごう自得じとくであり、同情する気は欠片かけらき起こらなかった。

 

 医療機関と保険会社との闘いを終えた船団が次に出した通達は、医薬品関係だった。船団(ARIS)は、日本国内と同盟諸国の医薬品メーカに、先進医薬品の公表安価での提供と、医薬品データの閲覧を許可すると通達を出した。

 これに乗らない医薬品メーカは居なかった。当時の何十代先の未来の技術が見られるこの機会を逃す者が居る訳が無かった。ここで技術や知識を習得できなれば、自社が衰退するのは自明(じめい)()、応じないという対応はあり得なかった。


 最初、世界は船団(ARIS)という悪魔に魂を売った事に気づいていなかった。(しばら)くして、人の生き死に関わる、医療、医薬品で船団の重要性が如何(いか)ほどの物かを世界が認識した時、時すでに遅く世界は船団(ARIS)にひれ伏していた。

 彼等(ARIS)が居る限り、不治の病ですら治癒の可能性がある。しかし、もし彼等(ARIS)突如(とつじょ)居なくなれば、当然、医療カプセル(タンク)も、進んだ医療設備も使えなくなる。彼等(ARIS)に歯向かい彼等(ARIS)撤収(てっしゅう)したら、明日になれば、医療カプセル(タンク)や医療設備の順番が回ってくる(はず)だったのに、今この瞬間で提供が終了されるかもしれない。

 明日は、自分が疾病(しっぺい)・障害を負い、医療カプセル(タンク)や、医療設備が必要になるかもしれない。彼等(ARIS)と敵対した時に起きるであろうこの国民の不安に対処できる政府は、一部の独裁国家を(のぞ)いて存在しなかった。


 各国の市民を人質にとったと判断した船団(ARIS)は、(まん)()して母船に乗船出来る人間を、国籍で区別した所謂(いわゆる)、原案と言われる3番目の通達「収容人数及び収容対象者、非対象者に対する通知」を出した。

 当時ですら、この原案と言われる通知は、いくら人類(テラン)生存の危機で、生き延びるために必要だったとはいえ、無茶苦茶な内容であるとして、「在日大使館事件」や、「新宿暴動事件」、「お台場空港事件」等非常に激しい抗議活動を誘発(ゆうはつ)した。

 但し、報道機関が()き付けた世論の反発は、「在日大使館事件」直後までは、船団(ARIS)に批判的な報道一辺倒でもあったために大きなものであったが、事件が集結し被害者の被害状態の詳細が分かるにつれて、彼等(ARIS)を批判する報道や世論の反発は急速に沈黙し、沈静化していった。


 在日大使館事件自体は、余りに悲惨(ひさん)な事件であった。在日大使館員と在日国民が共謀(きょうぼう)し、大使館に書類を提出に来た自分達と同じ国籍の、日本国内で船団から特別許可を得て医療カプセル(タンク)で治療中の未成年の少女を拉致(らち)し「大使館に不法侵入した容疑で拘束確保した。解放には船団の譲歩が必要である」と船団を恐喝(きょうかつ)した。

 彼等は、少女を拉致(らち)した直後に、事前に声をかけ集めておいた報道各社の前で、日本国政府、船団(ARIS)謝罪(しゃざい)賠償(ばいしょう)を要求し、彼等の国民への未来永劫(みらいえいごう)の技術提供、医療提供とその資金負担更に、母船への優先乗船権を要求した。

 今まであれば、当時の日本国内に残存していた在日大使館寄りの政治家による譲歩(じょうほ)を得られたのであろう。残念ながら、彼等(ARIS)から圧力を掛けられていた日本政府が、彼等(ARIS)の意向に反対出来る訳がない。即時に人質を解放しなければ、大使館へ突入すると最後通告を出した。


突如(とつじょ)!突入が始まりました!装甲服(アーマー)のARISが突入していきます!」

 別に日本政府側に意欲があったのではなく面子めんつの問題でしかなかったが、デモ隊が周囲を防衛している在日大使館への突入は、日本政府の公安機関が第一突入を行う予定だった。

 状況の急変により、日本政府の公安機関の到着を待たずに、報道機関の面前で、突如ARISが突入を開始した。

「ARISです!えー、女性のARISでしょうか?シーツにくるまれた被害少女と思われる方を抱えて大使館から飛び出てきました。医療カプセル(タンク)のある飛行機(揚陸艇)に向かって走っています!」

 彼等(ARIS)にとって、被害少女以外は人ではなくVOA以下だった。人の言葉ことばしゃべる何かでしかなかった。人型ひとがたの何かが飛沫しぶきを振りき、人型ひとがたであったものが何かの破片になったが、被害少女の確保以外に為すべき事はなかった。


「状況は何か変ががありますか?」

「今の所は何の変化もありません。未だ大使館の周囲をARISが封鎖してます」

「わかりました、状況の変化が……」

「あっ!飛行機(揚陸艇)からヘルメットを脱いだ女性のARISが出てきました。飛行機(揚陸艇)の横で正座して、(そら)(あお)呆然(ぼうぜん)としています。どうしたのでしょうか?」

 医療カプセル(タンク)に入れたからと助かる訳ではない。我々(ARIS)が、いつも間に合うわけでもない。ボロボロに暴行された彼女を見つけた時は、既に心肺停止状態だった。一縷いちるのぞみにけて医療カプセル(タンク)に入れたけれど駄目(だめ)だった。

 一瞬だけ目を開けた気がした、此方を見た気がした。ヘルメットを取り、カプセル越しに声も掛け続けたけれど彼女は還って来なかった。あんまりだ。異国の地での治療に望みをかけて、あと少しで快癒(かいゆ)だったのに。母国人の欲望の為に拉致(らち)され、殺されて、彼女が一体何をしたというのだ。


 覚えていろ。このかたきは必ず取る。よくも私から友達をうばったな。お前等を全員地獄に送ってやる。一人残らず送ってやる。お前等にとっての悪魔になってやる。

2018/12/23:内容修正のうえ、その1とその2に分割しました。

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