1-14 宇宙で思う、風の匂い
2019/01/03 内容の若干の修正で、1-14 宇宙で思う、風の匂いを、その1とその2に分割しました。
―― 2対4
この世界に神様なんて居ない。
何を今更だよね、あの日から暫くして、封鎖地区が出来たときに、神様なんて居ないんだって……何度も何度も目にして、味わって、私達は、神様に祈る資格すらない事を嫌という程に思い知らされていたのにね。
「第4空域にVOA。先ほどの生き残りじゃない、新手だね。」
「ベクトル的に、こちらへの襲撃コース。確実にこちらを把握している」
主要航路まで、巡航光速で後30分というところで、お呼びでない新しいお客さん達がいらっしゃった。
ハリウッド映画米国公開版のホラー映画じゃないんだから、助かったと思ったら、実は……何ていうバッドエンドは要らないんだけどなぁ。特に今は、心からハッピーエンドの方を熱望しているんだけど。
「お子様達は、大丈夫かな……」
「ちゃんとアーマー着させているし、チェックもしてある。仮に船殻を貫く被弾で、急減圧しても大丈夫。居るのは頑丈な待機室だし、なおさら大丈夫」
「でも、震えていますよ~。そりゃもう頑張って隠そうとしているけど、バレバレな状態、真っ青になってガチガチブルブルじょお~たい」
「そりゃまそうでしょうよ?ここまでVOAと連続戦闘なんて滅多にないもの。シミュレーションでも、経験ないんじゃない?それに、こんなに艦が次々と沈んでいくのもね……」
「いやぁ~2日前までに、男の子連中を全部食べておいて良かったわぁ~。後回しにしていたら、時間ない所だったわぁ~」
「貴女ねぇ……、いつのまに、また。もぉ~ちょっとは我慢しなさいよぉ~」
「ライフワーク。こればかりは譲れない。マシナーの誇りにかけて譲れない。それ以前に、折角この素晴らしい生義体にした意味がなくなる」
「ところで、今からお子様達の脱出準備は可能かな?やっぱり時間取れないから無理かぁ……。せめてお子様達を脱出させるまでは、生き延びないとねぇ。」
―― 2対2
うへへへへ。生き残ったよ、生き残っているし。まだ死ねないからね、ここで死ぬわけにはいかないからね。移民船の全力発動まであと少し、もうちょっと踏ん張らないと。
右軸の砲身を削られたので武装はゼロになっちゃったので、ちょーっと困った事になっているけど、悩んでも砲身が戻ってくるわけでもなし、ポジティブシンキング、ポジティブシンキング。
「お子様達の脱出は、終わったんだっけ?」
「そこら辺りは、抜かりなくやったし。全員昏倒させて、連絡艇に突っ込んで移民船に向けて発進済さぁ~」
「ちょっと~。昏倒……ってさぁ。大丈夫だよね?」
「大丈夫だよ、ちゃんと手加減しているから~。少し呻いているだけだから~」
「ねぇ?移民船の乗員がさ、到着した連絡船から反応がないから、連絡船の中に入ったらさ、呻き声をあげてのたうつお子様達っていうんじゃぁないよね~?なぁんで、目を逸らすのかなぁ~?ん~?」
「ダイジョブ タブン」
「本当にもー。だけど、今回はびっくりしたよね。まさかVOAが包囲してくるとはねぇ、それに小型VOAを実体弾の様にして物理攻撃してくるなんて、想像もしなかったよね。あ!これ本星に連絡したよね?」
「当然。とういか忘れているでしょ?無人連絡船を大分前に発進させたでしょうに……。あとついでに、連絡艇のお子様達、ひとりひとりのポケットにも、同じ報告データのメモリーを突っ込んであるから、安心おし」
「そいえばさ、貴女達は脱出しないで良いの?未だ脱出艇あるでしょ?操艦だけなら私だけで十分だし、それに私はさ……、ほら独り者というかさ、人付き合いが少ないじゃない?だから私が居なくなっても、誰も気づきもしないと思うけど、貴女達は違うでしょう?」
「何を言い出すかと思えば、貴女は家族みたいなものでしょうに?何年一緒に旅をしてきたと思っているのよ?あの始まりの日からずっとでしょうに?」
「ですよね、何を今更言うのでしょうか?あの始まりの日に私達が地球を訪れて、程なくして出会って……もう何年経ったと思っているのでしょうか?貴女を残して行くわけがないでしょうに」
「そう言ってもらえるのは本当に嬉しいけれど、本当に?本当に良いの?まぁ、良いって言うなら止めないけどさ。けどさ、思えばさ、本当に長い間、貴女達と一緒だよね。もう……何年?100年?200年?ARISだからといって、ちょっと長生きが過ぎてしまったかしらねぇ?」
「マシナーの私達にとって200年は短くはない。長くもないけれど、テランには長いのかしら?」
「テランにとって、100年、200年は長いどころか、普通生きていない期間よ?長命化処理で寿命は延びても、心が疲れる人は多いかもね。一応私達テランは生物種だからね」
「本当に……テランは面白い種族だと思います。死に戻りが出来る訳でもなく、死ねば終わりだというのに、種族を守るためなら自分の命を投げ出す事を躊躇せず、鬼の様に闘い続ける種族なんて、早々居ないんですよ?」
「面白いと言えばさ、楽しい生活だったよね。あっちの星で大騒ぎ、こっちの星でも大騒ぎ。退屈だけはしなかったよね。とはいえ、皆、見かけは麗しい女性達なのに、休暇の度に誰かが問題起こすし……、本当に貴女達には苦労させられたよ」
「それはこちらも同じ、自分の姿形を理解していない、無自覚な貴女の行動でどれだけ苦労させられたか……今回も、お子様達に熱い視線を浴びていた様だけど?気づいていないでしょ?」
「その無自覚な行動は、マシナーの私にとって大変参考になった。それを真似すると、簡単に獲物が堕とせたので、感謝している」
「感謝している……って、マシナーっていうけど、貴女の生義体って、生物種と見かけも手触りも変わらないので、区別つかないじゃない。もう、その行動のお陰で一杯問題起こしたよね?そういえば、さっき聞いたんだけど、今回もちゃっかりお子様達の少年は食べたみたいね?」
「黙秘する」
―― 200万人対42人
『こちらKaohshung-015、連絡艇は回収した。あと10分で全力発動する。必ず届ける……彼等は必ず届ける』
『こちらTaoyuan-02、同じく10分で全力発動する。今までの護衛を感謝する。武運を祈る』
『こちらウィスキー2 いや、もう良いか…… 本艦の名前は、タイコンデロガだ。タイコンデロガより船団各位 良い旅を』
「こちらウィスキー16 本艦の名前は、峰月001。峰月001より、各艦へ、絶対に、絶対に後ろを振り返らないで。前だけ見て、全力で飛んで行って」
「Kaohshung、Taoyuan、加速開始。離脱します」
ああ、綺麗だなぁ……。宇宙って、なんて綺麗なのだろう。漆黒の中に微かに輝く星が本当に綺麗だ。
あら、お客さん。友達と、お別れの挨拶の最中なので、もう少し待って戴けないでしょうか?
いやいや、私の友達に付いて行こうというのは、一寸戴けないかな?お客さんの相手は、私達が務めさせてもらう予定なのでね。
「タイコンデロガ。貴艦と旅が出来て、楽しかった」
『峰月、こちらも楽しかった。そうそう、少し早めに先に行かせてもらう。そうだな、左側に行かせてもらう。では、ごきげんようお嬢様方』
「では私達は、右側に行かせてもらいますね。お嬢様方という訳でもないですが、あちら側でまた、お会いましょう。さようなら僕ちゃん達」
もしもし、そこの招かれざるお客様。貴方の相手は、私達なのですけど?私達を前にして、私達のお友達をそんなにも見つめるのは、失礼というものではないでしょうか?よそ見をするのは、止めて戴けます?
だから……よそ見は駄目だって言っているじゃないですか?あらまぁ、もしかして、私の横をすり抜けて、私の後ろに居るお友達の所まで行けるとでも思っていらっしゃるのでしょうか?
それは……ちょっとばかり、考えが甘いと思うのですけれど?
私達の事をどう思われているのでしょうか?武装も無しに、どうも出来ないでしょうって?あらら、貴方の目は節穴なのでしょうか?まさ……か?この艦が見えていない?それとも、無視するつもり?
私達の武器なら、貴方の目の前に見えているでしょう?この艦を使った、私達の熱い物理法則の抱擁を受け止めて貰わないと。航宙艦が飛び交うこの時代に、特別にラム戦をしてあげるのだから、存分に味わって戴かないと困ってしまいますねぇ。
少しだけ残念なのは、貴方にラム戦を味わって戴いた瞬間に、こちらも貴方共々に、あの世に逝きになってしまうこと。なので、貴方からラム戦の感想をお聞き出来ない事が少し心残りかな?
「タイコンデロガ、アルファ3に直撃、共に爆散。タイコンデロガより救難信号無し。」
―― 1対1
―― 200万人対24人
費用対効果というものを、虫の貴方達は理解出来ない。それ以前に、貴方達は、そんなことも理解出来ないお馬鹿さんでしたね。どちらが優先されるなんて、考えるまでもない。
「船首重力シールド、緊急出力150%到達。展開完了」
「確実に、あの虫を貫けるよね?転換炉からのエネルギー、大丈夫よね?」
「幸か不幸か、主砲砲身部のみが二軸ともあの世逝きだけど、主砲用転換炉は無事だからね。余剰エネルギーが多すぎて、反対に消費しないと危ないから、全周に重力シールドかけている。余裕ありすぎ、余り過ぎ」
「全周?船首に回さないで?何でまた?」
「これ以上船首にエネルギーを回したら、船首側のシールド発生器が焼き切れちゃうよ……」
「……そんなにエネルギー余っているの?」
「だって、この艦の搭載転換炉数は、通常の四倍だからね。転換炉を全力運転したら、ただでさえ余るのよ、もう余裕綽々 さぁ~」
「じゃぁ……安心して突っ込めるね」
「突っ込むじゃなくて、突っ込まれる方が……好み。うふふぅ」
「あな……貴女という人は、こんな状況でもブレないよね」
「ねぇねぇ、これが終わったら、シフォンケーキが食べたい」
「仕方ないなぁ……。紅茶のシフォンと、プレーンのシフォン、生クリームは普通のと、チョコレートの2種類で良い?」
「フルーツ!フルーツも!」
「はいはい。フルーツもね?ところで、全員対ショック体勢完了済ね?」
『我の後ろに敵は居らず、我の後ろは無辜の民。我は斃れず、立ち続け、民は1人として欠けること無し。斃れてはならぬ、諦めてはならぬ。我は最後の一線、斃れること許されず』
何時からか、ARISの間で言われ始め、今では訓練施設の入り口に掲げられている標語だけど、貴方には、テランと、テランに染まったマシナーの恐ろしさを、思う存分に味合わせてあげる。
艦のエアコンの風ではなくて、
新緑の香りの春風
水の甘い匂いのする梅雨時の風
濃い緑の匂いのする夏風
少し湿った土と落ち葉の匂いのする秋風
渇いた枝の匂いのする冬風
ああ……季節折々の風の匂いを、もう一度味わいたかったな。
「直撃まで、10, 9, 8, 7……」




