1-14 天文学的な確率
2019/01/03 内容の若干の修正で、1-14 宇宙で思う、風の匂いを、その1とその2に分割しました。
――「ウィスキー10、アルファ2へ直撃コース」
ああ、また1隻消えていく。若い人達の艦が、消えていく……。
「ウィスキー10アルファ2に直撃、アルファ2を撃破。ウィスキー10の爆散を確認、救難信号無し。敵残存アルファ1、アルファ3のみ。味方残存、当艦含め2」
あらまぁ、ちょっとばかり……やばいかもねぇ。――
「会敵する確率は天文学的な確率、宇宙なだけに」
「……。」
「んっ!えっほっんっ!」
現実逃避の駄洒落を思い付いてしまう程度に……暇だわぁ。今日も今日とて船団護衛、のんびりゆったり巡航速度。
暇に飽かせてお菓子作りが、はかどるわぁって思っていたけど、流石にここまで暇だとくるわぁ~。
100万人型移民船2隻に対して、今回同行する護衛艦は16隻も居るから、普通の航宙VOAとの遭遇程度なら鎧袖一触、何とも贅沢な編成だこと。
何時もは、こんなに護衛艦隊は付かない。移民船が立ち寄った補給衛星で、丁度メンテナンスやら休暇やら取っていた分艦隊や単艦が集合したら、艦種も艦型もバラバラの新旧入り混じった、寄せ集めの大護衛艦隊が出来上がっただけだけどね。
うちの艦は、通常単艦で行動している。峰月型強襲偵察艦、峰月001。僚艦はうち以外に99隻居る。100隻ロットで作られた、航宙型VOA二隻に対して一隻で対抗し、生き残り、情報を持ち帰るのが任務の独行強襲偵察艦。
普通の戦闘艦の6倍のエンジンを搭載しながら、通常の艦より寸詰まりで、重厚なのに、妙な曲線で囲まれた不気味格好良い艦影。
「新兵達は、暇そうにしてないよね?何かやらせておいてね、で・も、遊んじゃ駄目だからね?」
「でもママ。自由時か……」
「お黙りぃ~、その口を閉じなさいぃ~」
何時もなら、こんな大所帯に同行するなんてことはしない。こんな無茶苦茶なスペックの艦に普通の艦は付いて来られないからね。だから普通は、独航艦。
けれど、ユニット交換で一週間足止されていたら、同行する他の艦も居るのに、なぜか男女6名の新兵、それも全員10代の新兵をうちの艦に同乗させることになってしまった。ああ……なぜ私はあそこでチョキをださなかったのだろうか。
他の艦に合わせるために、何時もよりゆっくりと飛んでいる。単艦なら、今回の航海予定日数の4分の1くらいですっ飛んでいけるけど、護衛隊に混じっているし、新兵達に護衛戦を味合わせるいい機会だからね、我慢、我慢。
でもねぇ……下手な艦に乗せるより、うちの艦に乗せた方が安全なのはわかるよ?うちの艦は、マシナー含め全ての乗員が女性型だからね、女性兵混じりの新兵を乗せるのは安全だし、対VOA的にも安全だしね。
でもね、それは対外的に安全なだけ。艦内は危険が危ないのだよ、特に少年たち3名が、色々と。
航海日程の中盤を迎えた辺りで、若干1名のマシナーのおねぇさんに、確実に喰われるよね。毎度毎度、あの娘はもう……。何処の誰だよ、薄い本を宇宙にまで輸出した馬鹿は!
「ウィスキー16より各艦へ、16地区異常なし」
大所帯になってしまった、護衛艦隊僚艦の艦名は覚えていない。データを見ればわかるかもしれないけど、あえてデータを見る必要もないしね。
ひと時の出会いだけで、直ぐに分かれてしまう艦の名前を憶えても、あとで寂しさがこみあげてしまうだけだし。
ウィスキー16、今回の航海でのうちの艦のコールナンバー。仲間はウィスキー1から15、それで十分。護衛する移民船は、Taoyuan-02 と Kaohshung-015。合計200万人の世界各国の老若男女が、星の海を乗り越え、遥か彼方の植民星に向け、希望を胸に乗船している。
「もう……おちついて、ね?誰も居ない場所だから大丈夫。ゆっくりと、そして大胆に動かして……。あんっ、そう!そういう風に!初めての割には、はぁ……上手よぉ。ほらぁ……今度は貴方の順番なんだから、ちゃんと見ておくのよ?そう……そういう風に!ああぁっ……ぶつかる、ぶつける心配のない操船って楽しいでしょう?」
そして、うちの艦に同乗している、男女6名の航宙兵の新兵達。まぁ、うちの艦は気心知れた長い間一緒の仲間だけで、ベテラン揃い。新兵の訓練には、もってこいだからねぇ。
でさぁ、そこのマシナーのおねぇさんや、もう少し説明の方法を普通に出来ないのかな?
な・ん・で、そんな色っぽい吐息混じりの説明になるわけぇ?たかが操艦練習がぁっ!はい!そこの鼻の下を長くしている少年3名、部屋の鍵をかけ忘れたら、どうなっても知らないからね。後ね、横で見ている少女達が、氷の眼差しになっているからね?知らんからね?
それ以外は、うん。何が起こる訳でもない、単調且つ平穏な航海。ところで、今日の夕飯は、何にしましょうね?野菜をどうやって一杯食べさせるかが問題なのよね。
―― 16対20
『移民船団長より各艦。新たなVOAの出現は確認されていない、先ほどの13地区のVOA、アルファ19とアルファ20が最後と推測する』
確率100万分の1が2回連続しても、各々の確率は100万分の1。例えそれが10回も続いても。
ちょっと待ったぁっ!何かおかしいよね?いや、おかしいよ!絶対に。赤色矮星の陰から連続的に現れるって……あり?
だってさ、通常航路でVOA出現の航路警報が出たから、移民船なんて大型船が普段は通らない、ガス雲と遊離惑小惑星が漂う、赤色矮星に近い航路だよ?なんで、なんでこんな辺鄙な航路に、航宙型VOAが20体も集まって来るわけ?待ち伏せな訳!?
「移民船の速度を今直ぐに上げる様に要求して!包囲が狭められる前に増速させて、早くっ!」
VOAは一度付きまとい始めると、羊の群れを狙う狼の様に絶対離れない。このまま移民船の増速が間に合わなければ、数の優位があるVOAに、機動力なんて欠片もない鈍重な移民船が、貪られる未来しか来ない。
―― 200万人対294人
『我の後ろに敵は居らず、我の後ろは無辜の民』
200万人対294人、比べることすら愚かな数字。どちらが重いなんて、計算しなくても分る。牧羊犬は、その努めを果たすだけ。我らは、行かねばならない。
―― 9対15
「――味方残存9」
「VOA離れて行かないよね。諦めるという考えを持たないのかな?あれは?」
味方7隻と引き換えに、撃破できたVOAは5。余りの嬉しさに涙がでそうになる。少し前までは、約1.3倍の戦力比で済んでいたのに。1時間も経たないで、あっと言う間に約1.7倍差。敵は強く、そして諦めてくれない。
―― 8対8
『我は斃れず、立ち続け、民は1人として欠けること無し』
神が降りたのか、奇跡が連続したのか?どうにかイーブンにまでもってこられたけど、流石に疲労が溜まる。
あれは疲れとかを感じないのかな?まぁ感じないよねぇ、信じたくないけど、アレってハイブリットバイオシップ、半機械生体船だもんねぇ。
ハイブリットって言ったてさぁ……なんで生き物が宇宙空間航行するわけ?普通死ぬよね?挙句にさ、知っていたけどさ、普通に凝縮型レーザを吐くって何?昔のアニメじゃあるまいし。馬鹿の戦列艦の方が未だマシだわ。戦列艦なら穴だらけに出来る出力を打ち込んでも、体表面で吸収するわ。吸収されないためには近距離迄行く必要あるわ、近づいたら変なのを吐きだすわ。なんなのさ、あれは。
『我被弾!我被弾!主砲軸をもがれた!今回の奴等は小型VOAを砲弾の様に吐いてくるからタイプだから気を付けろ!――だと!? 畜生!エンジンも半分持っていかれた!』
ああっ!せっかくここまで来たのに、また一隻被弾した。主砲軸をもがれた上に、エンジンも半分持っていかれたら戦闘機動は無理だ、避難させないと。でも……この状態で戦力ダウンは辛いなぁ。
「ウィスキー5戦闘区域から撤退し、母船に帯同せよ」
『ウィスキー5了解。だが、残ったエンジンもちょっと怪しい、こちらに回り込んでくるVOAは何とか回避可能か?――無理?判った。では、後を頼む』
「ウィスキー5?ウィスキー5?何処に行くつもりだ?!」
『我、本星に向かって撤退中、先に休暇を取らせて貰う』
ねぇ、貴方達ばかじゃないの?ねぇ、何で逃げないの?なんで、当たり前の様に突っ込んで行くの?
確かに、沈む寸前だし、救難艇で脱出しても助かる確率なんて低いけど、確かにアレを道ずれにすれば、確実アレが1隻減るよ?でもね、でもアレはハイブリットバイオシップなのよ?
それも、マシナーみたいに知性のある機械じゃなくて、知性の欠片もなくて、単に破壊を振りまくだけのカラクリ人形みたいなものなのよ?こちらは、訓練されたテランに、マシナーなのよ?比較するのも馬鹿らしい程に、費用対効果が悪すぎるじゃない。
大体ね、貴方達が突っ込むなら、私達も最後の時には突っ込むしかなくなるじゃない。そもそもね、帰還不能となって突っ込むのは、私のご先祖様の専売特許なのよ?貴方達のご先祖様じゃないでしょうに。
『――急減圧!下部船殻剥落?!無視しろそんなもん、要らん!フルパワー!スラスター使え!いけ突っ込め!お前ら!先に行くぜっ!』
なぜ、逝くの?貴方、今度の航海終わったら除隊して、アクエリオで優雅な海辺の退役生活を満喫するって言っていたよね?
貴方は母港に居る奥さんが、初めての子供、娘を産んでくれたんだって、嬉しそうに話していたよね?
『ジェネレータ過負荷!退艦しろ!「うるさいっ、脱出艇に乗る時間がもったいないのっ!脱出艇射出すると、速度が落ちるのっ!ごちゃごちゃ言わずに操艦してっ!」 何だとこの野郎!ならもっとパワー寄越せ!』
貴女は、最新型の生義体にして、テランの子供を産むんだって、恥ずかしそうにしていた彼を横にして言っていたよね?
なんで、誰も脱出しないの?1隻も脱出艇が出てこないの?確かに脱出艇を射出すると戦闘機動速度が落ちるけどさ、なんで?
戦闘狂なのかな君達は?そんな事だから、マシナー達にテランはドン引きされるのよ?
『艦橋被弾。乗員死傷者多数、指揮権を継承。目標アルファ11、よくも私からテランの相方を奪ったな、この虫!ただでは帰さない!』
あのさ、マシナーって、私達テランと違って、理性的だったよね?私達テランに染まりすぎだんじゃぁ?マシナーの将来がちょっと心配になっているんだけど?
『斃れてはならぬ、諦めてはならぬ。』
言われなくても分っていますよ、ええ十分に分かっていますよ。この命に代えて、移民船は守り通します。だから安心して逝って下さい。
―― 2対0
護衛戦隊16隻中、残存はうちの艦を含めて2隻。生存率は、12.5%移民船に被害なし。
もっとも、正面切っての撃ち合いの最中に横からしゃしゃり出てきた別のVOAに、うちの艦は左軸の砲を削られた。まぁそのお邪魔虫は、その後できっちり堕としたけど。
お陰で、主砲は右軸のみ。だけど、あと少しで主要航路に入る。そうすれば、移民船が全力発揮できる。生き延びたんだ、私達は。




