1-4-2 脱出設備
一部修正と、話数巡への並び替えです。
「何も知らないというのは、本当に幸せだ」
視聴率や販売数を稼ぐためには、事実より誇張が大事。冷静さよりも、煽り立てることが重要。
少なくない人々に、ARIS化の際に獲得する資格、特権そして利益等についての妬み僻みが、無責任な報道で刷り込まれた。
いくら鈍感な私でも気づく程度に、今まで浴びる事など滅多になかった妬み僻み、富に集ろうとする、掠め取ろうとする眼差しを受ける事が多くなった
気にならないと言えば嘘になるが、自分の信じた真実以外は嘘だと思っている人達、親切心から助言していると言い張る人達に、何を期待しても無駄。
対価も無しに利益や、特権が得られる訳がない。私達がとてつもなく高い対価を払っている事を知ろうともしない人達は、何とも羨ましい精神構造だろうか。
何時でも変わってやるよ。
「ありがたいと言えば、ありがたいのだけれど」
我が両親、祖父母、祖先、そして更にはARIS化による資産増強のお陰で、何時会社を辞めても、子供が将来どんな進路に進もうとも、妻がどれだけ長生きしたとしても大丈夫。
何時でも退職して自由気儘な生活を送れるのだが、その踏ん切りはついていない。
しがらみという目には見えない厄介な物が、私の退職願望を押し留めている。
会社側から見ると最近の私は、度重なる出動のお陰で不要社員の部類だと思う。
けれど、会社側にも打算はある。私が所属し続ける事で、将来、船団から何かしらの利益供与があると思っている節がある。そんな利益が供与させる予定はないのだが、敢えて誤解を解こうとは思わない。
出動後の出勤の度に、感情の全てを何処かに捨てた様な無表情で現れる私を気遣ってくれる同僚達にも感謝している。
彼等にも打算や何かしらの期待感があるだろうことは否定しないが、敢えて聞き出して波風を立てる気は無い。
「辞め時なのかもな……」
毎度、判で押した様な文句を言われれば、にこやかな応対なんて忘れる。
常日頃強制的に日本に連れてこられて差別を受けているといういから、母国に戻してあげたら文句を言われ、その母国から日本への密航の企てを阻止すれば、差別主義者だど罵倒される。
毎回あんな光景を見続ければ、感情なんて無くなる。あの場所で、感情を持っていたら耐えられない。
なぜ、あそこまで利己的になれる?奪い合う?軍隊が国民から奪う?混乱に乗じて窃盗や暴行が増える?そんな事をやっている場合じゃないだろう。
お願いだ。ただでさえVOA相手に忙しい所に、君達の相手をしている暇は無いんだ。
「そうなんですか。大変ですね」
どうでも良い無意味にな会話の場合、頭の中で別のことを考えていても相槌をちゃんと打てる。
目の前に、自分が行っている行動、私達に対する利益供与の要求が、どれ程の破滅をもたらすのか理解していない馬鹿が居る。
元々は、容姿性別が変ってしまった私達が、不当な扱いを受ける事や、集られる事を防止するための処置要請だった。
要請から逸脱した行動を受けた判断されると、一般の人達が私達から分け与えられている利益を享受出来なくなる。
例えば、私達、または私達の親族が所属する団体の敷地や近隣に、不都合があれば撤去するという条件付きで脱出用設備が設置されている。
VOA発生時に私達は武器を受領し、親族は脱出するための設備。完璧に私達の利己的な理由による設備。
この設備は、私達と私達の親族専用というものではなく、私達や親族が使用した後は、次に設置されている団体、その次に近隣地域が脱出のために利用できる。
会社はこの部分を誤解し、例えば私の場合は、私が退職したら会社のこの拠点から設備が撤去されると思っている節がある。
だから、本来なら不要な社員枠の私がクビになっていないのだろう。
私が退職したからといって即撤去されるものではない。もっとも円満退職であったならば、という条件は付くけれど。会社が誤解している事で、此方はありがたいので、敢えて誤解を解く気はない。
それよりも私達は集られないという事に重要性を置いている。
例えば、私達に設備の設置や、利益供与を強要した場合は、その強要した人間が所属する団体に設置される予定だった、または既に設置されていた脱出用設備を撤去する強硬な態度で応じている。
解決方法は単純明快。企業の場合、強要した人間の懲戒解雇または降格で決定は解除される。学生の場合は慎重に調査され、要求が悪質と判断されたらその学生が、退学または留年にされない限り、決定は解除されない。
これを批判する団体、特定政党、市民グループは後を絶たない。規定が適用される度に、特定の事例を以って解除するのは差別的考えが等と言うだけで、彼等から解決策をが示された事はない。
撤去と共に、多種多様の憶測が一気に世間に拡散される。それが、正しかろうが、間違いであろうが。
企業であれば、株価が暴落。学校であれば、志願率の低下。存亡の危機にもなりかねない。
恫喝規定と揶揄されても、仕方ない。だが想像して欲しい。利益供与を強要されたと報告しなければならない、此方側の心痛も推し量って欲しい。
「でね、私の子供がそこに通っているんだけ。脱出用設備が通学経路にないんだよ」
「ご要求という事でしょうか?」
「いやいやいや、要求じゃないよ、話をしてるいだけだよ~。やだなぁ。 でね、通学路にあれが無いと何かと不安でねぇ~。何とかならないものかとか思うのが親心というものでねぇ~」
「はぁ? まぁ、親心というのはそんなものでしょうね」
「だろう? 君も親なら判るよねぇ~親心、親心なんだよ~。例えば、社会人でいうなら、相手を思いやる心とでも言うのだろうね~」
「はぁ?それで?」
「相手を思いやる心があれば、通学路にアレが無い親の不安な心も理解出来るだろ~?」
「まぁ、通学路に関係する場所にARISが居れば良いですね」
「いや~、なぜか居なくてね~困っているんだよ~」
人とは不思議なもので、最初は利益供与を要求された事に驚き、反応が遅れたが、慣れてくると相手の粗探しすら出来る。
なんだろう、このおっさんは。なぜ、微妙に語尾を伸ばすのだろうか?もう少し、しっかりと話せないのだろうか?
「そればかりは、運不運ですからね。通学路に関わりあいのあるARISをどうにか探すしかないですね」
「いやいやいや、でもその探している間に何かおきたら困るだろう~」
「とは言っても、それしか手はありませんから」
「ところで、君の部署の相沢君、最近病欠が多い見たいだけど大丈夫なのかね?」
「ああ、かれは持病がありますからねぇ、そこは部署として承知していますし、問題にする気はありませんよ」
「いやいやいや、とは言えこのご時世、病欠が多い人間は整理対象に直ぐなるからね~、心配だよね~」
「… はぁ?それで?何を」
「いやいやいや、何をしろと言うのではないのだよ~。だけどその整理対象リストに私なら影響を与える事が出来るんだよ~」
「はぁ?しかし相沢の件は人事部長も承知していますけれど?」
「いやいやいや、それは本音と建前というやつだよ~。 建前では承知していても、本音の話で整理対象のリストに載せるなんて良くあることなんだよ~」
「さきほどからおっしゃっている、その整理対象リストに相沢が載っているとでも?」
「いやいやいや、そんなことは言ってないよ~、やだな~。でもね~仮に載っていたとしても、私はね~影響力があるんだよ~」
「はぁ、影響力があるので、リストに載せられないで済むという事でしょうか?」
「まぁ、なんだ~影響力があるからね~、そこら辺りは出来るよ~」
「では、よろしく確認してもらって外す様にお願いしますね。相沢はまだ子供も小さいので、リストラは勘弁してもらわないと」
「だろ~、でもね~影響力を発揮するのには対価が必要だろう~?ギブアンドテイクって言うだろ~?」
「対価ですか?私はお願いくらいしかできませんので、対価を求められても困るのですけど?」
私は今、アイドルもかくやという愛想笑いを全力でしている。この目の前のおっさんは、多分それに感づいていない。
なぜなら、自分でも自覚している、ぎこちない笑顔を見られない為に、少し前に第2ボタンも緩めてやった。おっさんの視線はそこに釘付けだ。ぎこちない笑顔なんて、気付きはしないだろう。
「そこで、通学路だよ~ 通学路にね、ちょちょいのちょいとアレを作ってもらえば、リストの件なんて一発だよ~」
「通学路というのは、お子さんの通学路だけど通学路に関係するARISが居ない親心として心配で仕方ない通学路でしたっけ?」
「そうだよー、親心として通学路にアレ無いのは心配なんだよ~。だから、ちょちょいのちょいと、通学路に作ってもらえば安心なんだよ~」
「アレって信号でしたっけ?」
「違うよ~、アレだよ~」
「あれ?ガードレールでしたっけ?」
「違うよ!脱出用設備の話だよ!」
「ああ、脱出用設備でしたっけ?」
「そう!その脱出用設備。それをちょちょいのちょいと作ってもらえればさぁ~、判るだろう~?」
「その代わり整理対象リストの相沢の件は?」
「任せてよ~、影響力あるから、ちょちょいのちょいとリストから消せるから~」
「分かりました、検討しましょう」
「いや~話が分かる人間で良かったよ~」
おっさんが、ただの馬鹿で助かった。緩めたボタンの隙間から見える私の胸しか気にしない馬鹿で良かった。普通の男性は、見てしまいそうになる自分を叱咤して、あえて視線を外すんだよ。
検討するとは言ったけど、設置を検討するとはひと言も言ってない事に気づかない、詰めが甘い奴で助かった。
利益供与を強要されたと会社に通達することで、今日の気分は最悪だよ。私も妻子持ちだ。懲戒解雇なんてされた日には、おっさんの妻子が路頭に迷う。
流石にそれは心が痛い。今から船団と相談してからだけど、2段階ほどの降格で勘弁してあげるよ。
明日、おっさんにばれない様に人事部長の所に行かないと。
「失礼します。ちょっとお話があるんですが?」
「おや、どうしました? ところで、会社というか今の姿には慣れました? 何かあったら言ってくださいね?まぁ、
私はおっちゃんなので、私が聞いたりするとセクハラ親父とか言われるので、広田さんに言ってもらった方が良いかもしれないけど」
「本気のセクハラ親父は、自分のことを冗談でもセクハラ親父って言わないんですよ?」
「でも、今の時代直ぐに言われるでしょう。それに飲み会でいつも言われるんですよ、セクハラパワハラ部長って」
「広田さんに?」
「そう、大魔王の広田さんに」
「広田さんこっち見ているから、後で頑張って言い訳して下さいね?」
「ひぃっ!どうしよう!何か微笑まれたよ!どうしよう!」
「知りませんよ、本当に……。で、ですね、今日は一寸真面目な話で来ました」
「真面目な話し? ああ、ちょっと拙い内容みたいだね。広田さん!ちょっとそこの場所使うから、そう、暫くこっちに誰も来ない様に、うん、後宜しく。じゃ、行こうか」
「というわけで、こちらは音声記録になります。ご確認は後でしてもらって構いません。」
「……君じゃなくて、船団としては、どの様な決定になったのだろうか?」
「船団としては、処分無き場合は脱出用設備を即時撤去します。但し、処分ある場合は、撤去しません。
処分内容は、私に一任されています。内容は懲戒解雇か降格の2つから選べとなります」
「それで……、どうするつもりかね、あっ いや何でもない」
「いえ、何かあるのなら述べてもらった方が良いですが?」
「いや、こちらが言える筋合いの無い事だから、忘れてください」
「わかりました、あえてお聞きはしません」
「処分内容は、どうするつもりでしょうか?」
「2段階降格で考えています」
「懲戒解雇ではなく、2段階降格で処分完了となり、脱出用設備は撤去されないと理解して良いのですね」
「そうなります、2段階降格で処分完了となり、脱出用設備は継続的に設置されたままとなります。此方がその旨を記載した通達書面となります」
「確かに受領いたしました。
しかし、よかった。いや、言えた筋合いではなかったのは判っているが、懲戒解雇ではなく2段階降格で済んでよかった」
「何故でしょう?」
「あそこは下の子供がまだ幼稚園でね、自業自得とは言え、降格で済んで良かったよ」
「ですが、次はありませんよ?」
「判っている、そこは重々判っている、厳重に注意しておく」
「よろしくお願いしますね?」
「まぁ、頃合いだったのもあるんだよ。今回の件がなくても、降格か解雇かを選ばせる予定だったからね」
「何をやったんですか、ああ、言えない事なら言わなくても良いです」
「いや、別に隠すことでもないというか隠せないというか、セクハラの訴えが複数部署から上がってきていてね。目に余るものがあったのだよ」
「もしかして、本社からこっちにきたのもそれが理由?」
「そうみたいだよねぇ、見事に騙されたよねぇ、本社の野郎おぼえてろぉ……。胃がぁ、抜け毛がぁ」
「まぁまぁ、ほらお茶飲んで落ち着いて、あ、広田さんに胃薬もらいます?広田さーん、部長がぁー」
「セクハラですか?!パワハラですか?!かつらでも取れましたか?!」
「セクハラも、パワハラもしてないからね!かつらでもないからね!」
「あ゛―」
湯船に浸かると何故「あ゛ー」と言ってしまうのだろう?
今の人事部長なら良いけど、あの人も3か月後の年末で定年延長しないで田舎に帰るとか言っていたし、広田さんも同時期に寿退職か……。
もう、潮時だな。私も新しい人生を進むもう。




