前日譚/主人公の日常(に近い、そうとは言ってない。)
時は9154年。世界を統べる大帝国[インペル・パトリクス]は突如崩壊を迎えた。
理由は明らかになっていないが、一つ言えることは〝人魔機〟の開発、がある。これは体内エネルギーを使用することでいわば魔法のような力を修得できる画期的な発明であり、当時の人々はこの発明をエネルギー革命、または開発した科学者ラグナバアル・ヘルになぞらえてヘル革命と呼び、たいそう称賛した。しかし、いや当然のごとく軍事転用された人魔機は、生みの親の手によって、恐ろしく猛威を振るった。
そして、ヘルはその力を手にクーデターを起こした。
帝王直属の六人の臣下は、一致団結しヘルに立ち向かった結果、戦乱の世へ変わり、今まで1000年以上続いてきた大帝国は長い歴史に幕を下ろした。 ……とされている。
その最中、ヘルは忽然とその姿を消したが、六人の臣下は、世界を求め300年以上も戦争を続けた。その間に、六人の臣下は各々(おのおの)が勝手に国を作り、統治し始めていた。一方、趣旨も目的も変わり果てていた戦争は、突如として現れた一人の大賢師の元、9475年〔六臣会議〕が開催され世界の六分割が決まった。
……みたいな、繰り返し行われてきた授業があった後。
「明日は第500回〈人魔機聖杯祭〉になります。各々準備してきた成果を、すべて悔いのないように出し切ってください」
一年に一度開催される、人生において一度しか訪れない〈人魔機聖杯祭〉。
今年は第500回ということで異常なまでに盛り上がっていた。
そんな中、アラミスはいつも通りの表情で、姿勢で、態度で、誰に気づかれることもなく学園の訓練場に向かった。
訓練場はアラミスが属す第一魔校中等部の誇る施設で、〈拡想〉〈誇張〉〈符加〉すべての訓練、並びに生徒の自由な人魔機の調整が可能となっている。アラミスは、明日のために自身の人魔機を微調整しに来たのだった。
「システムオペレーション、人魔機の解析を要請する」
『――ソード・モード、変換負荷率0.1% 異常なし。拡想限界、レベル28。《符加:氷神:闘鶏稲置》において起動用エネルギー並びに発現効率がわずかに減少、ロスは0.8%未満と推測。これをもって解析を終了する』
「ラジャー」
解析を終えた日本刀一振りを腰に携えると、アラミスは訓練棟二階の実技演習場へ向かった。
「こちら、受付です。お名前と所属をお願いします」
「ユナト・アラミス、最終学年の第五団です」
「アラミスさんですね。事前に予約されていた人魔演習機の調達は完了しています。準備ができたらお声掛けください」
「ありがとうございます」
無機質な返事で受付を後にし、アラミスは更衣室へ向かった。
「よう、アラン! お前もここに来たんか? さすがに前日やもんなー」
気さくな声がした
――気がした。
「おい! 何無視ってんねん!」
「はじめまして、エルザ君」
「そんなボケをかましてくるとは、なんつう余裕だ! さすが優等生だぜ!」
「お前にかまってるなら家に引きこもりたい」
「さすが引きこもり!! てか冷たくない!? 俺泣いちゃうよ!?」
「男の涙には惚れるはずないし感動もしないんだけど」
「キミは涙に対してどういう了見なのかな!?」
「では俺は失礼するよ」
「じゃあ、俺と訓練しようぜ!!」
じゃあっておかしいだろ!?
「仕方ない、多分、いや恐らく、三十分後に戻って来るからそれまでは自主練な」
「了解!」
調整がメインであったアラミスは、もとより着ていた戦闘着の上にコートを羽織ると、更衣室を出て受付に声をかけた。
ロボットを使った模擬戦は最上階の演習場を使うことになっているため、アラミスはため息をつきながら長い階段をゆっくりと上り始めた。
最上階の演習場は六つの区画に分かれていて、各区画を予約しての使用となる。ブッキングした場合には、人魔機テスト、つまりは実力において上位の者が優先される仕組みである。
あくまで軍人を育てるというこの学校の根幹は、創立当時から平和なご時世の今でも変化していないみたいだった。
演習場に入ったアラミスは、さっそく二機の敵対者を配備すると、実戦練習を開始した。
実戦練習では二機を相手に出力テストを繰り返し行った。途中若干の違和感があったが、後で整備すればいいだけのこと。とりあえず全ての技の動作チェックを行い、気になる個所をリスト化して抜き出していった。
「――人魔機のフル稼働は明日に響くからな。ここまでにして、あいつの面倒見てやるとするか……」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
ドーン、バーン、ガッシャーン。
関わりたくない音が広い演習場に響いた。もちろんアラミスはその主を知っていたし、普段なら止めに行くのだが。今日は目もくれず。
「まぁ、いっか」
三十分はとうに過ぎてしまっただろうが、まあ、あいつのことだ。アラミスは全く気にかけず受付に向かった。
受付に到着すると、昼食を終えたであろう学生たちが集まってきており、少し混んでいた。
仕方なく、普段は全く使わない――いや全く使う気にならない〈第五団専用ゲート〉へ向けてアラミスは重い足を進めた。
第一から第五団まで、総計176人が使用可能な受付に比べ、16人しかいない第五団専用ゲートは混むことなどありえず、むしろ使用者と出会うことすら稀だった。
アラミスは人がいないことに少しホッとし、受付に声をかけた。
「すみません、エルザ=キルシュタインの使用している施設はわかりますか」
「個人情報により秘匿義務がありますが、本人の許可は下りていますか」
「はい。大丈夫です」
「ではお伝えします。エルザ=キルシュタインさんは現在射技場にて練習中です」
緩いな、個人情報。
まあいいか、第五団という特別性も手伝っているのだろう、聞けたことに今は感謝だ。
「ほかの使用者は」
「現在は一人です」
「ありがとうございました」
2階フロアの射技演習場は使用者が少ないためアラミスは重宝していた。エルザもそれを知っての行動だろう。アラミスは内心さすがだなと思いつつ、エルザのもとに駆け足で向かった。
「失礼します。ユナト・アラミスです」
「おっせぇーよ!! どんだけ待たせる気だ!!」
「悪い、思ったより手間取ってな。それより早く本題に入ろうか。何が聞きたいんだ?」
「第五団に属するお前だからな。明日は正直気にしてないかもしんねーけど、こっちは第一高等に入るためにはあの大会で最低でもベスト8には入らなきゃならんだろ。するとやっぱりアドバイスが欲しいってわけだよ。なんかないんか」
……あまりに単刀直入すぎて笑うところだった。
「お前は〈鼓舞〉を使用できるタイプ、しかも剣術に拳闘術まで習得している、この代きっての武闘派なのは周知の事実だ。つまりは遠距離戦に対する対策が必ず必要になってくる。何か考えているのか」
「もちろん考えているぞ!! なんとな」
「言わなくていい」
「なんだよー、折角披露しようと思ったのにさー」
「ただ、《筋力増加》は負荷がでかい。お前はお前自身にに頼りすぎてるから気をつけろよ」
「おう、もちろんだ! ほかにはないか?」
「《炎龍》はなるべく使うな、いくら体力バカのお前でも持久戦になったら持たないぞ」
「そうか、そりゃまいったなー。端から使う気満々だったっつうのによー。まあお前がそういうなら控えるわ、サンキューな!」
「参考になったのならばよかった」
「おうよ! じゃあちょっと剣術の練習に付き合ってくれないか?」
「いいだろう、かかってこい」
「今手にしてる双剣で十分だ。《符加:炎龍》!!」
エルザは手にした双剣に炎龍を宿し、全身にその気迫と炎を纏った。
……馬鹿か!? 本物の馬鹿か!?
「顕現せよ《氷神:闘鶏稲置》」
アラミスは日本刀を空間に〈具現〉させた。アラミスの一振りは、周囲の空間を凍てつかせた。
「いくぞッッ、アラン!! 《氷彩》!!」
エルザは素早く間合いを詰めると、アラミスの胴に右手一撃。脳天に時間差で左手一撃。すさまじい速さの中で放たれた時間差二連撃に対し、アラミスは、
「《氷撃》」
双剣それぞれに〈具現〉させた氷塊を与えることでガード。さらにその衝撃で相手のバランスも崩し、無防備な躰めがけ手に持った日本刀で一閃。
「まだまだァッッ!! 《炎護》ッッ!!」
エルザは右足で踏み切って体を半回転させ、遠心力で強化された右手の剣でアラミスの放った一撃を受け流した。
「読み通りだよ、エルザ! 《氷針》!」
〈具現〉された氷柱が針の如く鋭利になり、剣とともに飛び出してきたエルザの右太腿を貫いた。
「ぐはッッ…… さすがは第五団、末席でも格が違うな」
「よしてくれ。ほかの方々と俺は違う。なぜなら」
「それはなしだ。それを覆すために戦うんだろう?」
「ああ、そうだったな。そのためにも、俺は何としてもこの大会で優勝しなくちゃならないんだ」
「おう、俺だって第一に入ってやる。一緒に行くぞ、アラン!」
「当たり前だ!」
「んじゃもう一回頼む!」
「いいぞ、来い!」
二時間ほど付き合った後、アラミスはエルザと分かれ工房に来ていた。
ここの工房は生徒の自由な使用が認められている。
しかし学生に人魔機の鍛錬は難しく、一般的には誰かを雇うか、あるいは私立の工房に出すかの二択になる。誰かを雇うのはコストがかかるので、ここの工房はほとんど人影がない。それが、孤独を好むアラミスには最適であった。
アラミスは自身の人魔機を取り出すと、轟々(ごうごう)と焚いた竈門にぶち込んだ。
「《祓え/祓え/穢れし焔》《纏え/纏え/聖なる炎》」
二連続の浄化魔法はアラミスの人魔機を囲み、一瞬の紅き光に包まれたかと思うと、その刀身は竈門の中で紅く輝きを放っていた。
「こんなものかな。おそらくこれで調整不足であった部分は解消されただろう、と」
アラミスがその刀身の幻想的な輝きに魅せられていると……
「独りで鍛錬した人魔機に酔っている君、アランだよね」
「何ですか、首席」
さっき騒々(そうぞう)しい奇声を上げながら器物損壊を繰り返した御方のお出ましか。
首席と呼ばれた声の主は、この学校最大の実力者にして元生徒会長、紫桜ヶ崎雛だった。
「声で当ててくれるなんて……。 いや、毎度見事な調律だなと思ってね。ぜひ雛の分もやってもらいたいんだけど?」
「開幕早々嫌味を言うあなたに手伝えだなんて、ねぇ?」
「事実だよ、アラミス君? それで、手伝ってくれるのかな?」
険悪な雰囲気になってきた二人は、―すでに接触しているが― 一触即発状態だった。
もちろん引くのは弱者の仕事。素直にアラミスは引き下がった。
「も、もちろんです。〈三帝〉の勅命ですから」
これだからこの人は恐ろしい、なんて言えたもんじゃない。
「その名で呼ばないでよ! うれしくない!」
――〈三帝〉。この世界で最強の称号と名高い能力者集団の総称。
人魔機使いは基本的に〈符加〉〈拡想〉〈誇張〉の三つのうちどれか二つの能力を持っている。二つ、と言っても二パターンしかなく、〈符加〉と〈誇張〉の〈鼓舞〉、もしくは〈拡想〉と〈誇張〉の〈具現〉。
〈符加〉は存在するすべてのエネルギーまたは物質に何らかの作用を与える。例えば剣を強靭にする、鉄砲の弾丸の貫通性を高めるなど。
〈誇張〉は自身の触れているもの全ての持つ能力、特異性などを高められる。〈拡想〉は使い手の人魔エネルギー残量によるが、人魔エネルギーを自然エネルギーに変化させられる。〈鼓舞〉と〈具現〉はそれらの合わせ技だ。そして、上に立つものが〈三帝〉である。
三つ全ての能力を操ることができる彼らは、元々のステータスも高く、強者に成るべくしてなったような天性の強さを備えている。
だがほかの〈三帝〉と異なり、彼女は体内エネルギー最大蓄積量がとてつもなく大きなうえに術式構築速度が異常なまでに速いため、ほかの〈三帝〉よりも遥かに速く、多くの人魔エネルギーを生成できる。
それが彼女、紫桜ヶ崎雛の強さであり〈特異性〉であった。
そんな彼女の人魔機は、『皇帝:アレクドロス』、回転式拳銃である。回転式拳銃には六発しか装填できないが、すべて〈具現〉された弾のため、意識下での完全自動装填である。
多様な弾丸を高速で無限に撃ちまくる彼女には、機関銃では太刀打ちできない速さと強さが備わっていた。
――ただ今、最上階の第一演習場は使用不可能となっています。至る所が崩壊しているため、大変危険なので近づかないでください。繰り返します……
「どう考えてもこれの原因って、雛だよね?」
「か弱い女の子に何を言ってるのかな?」
「か弱いという意味を辞書で引いてもらえます? 決して自身の力を振りかざし周囲に悪影響を与えるという意味ではないんですけど?」
「乙女に失礼よ? 消すよ?」
世界中の乙女の皆さん、大変申し訳ありません。
ってか、後半、リアルにできるところがすごい、いや情けないよ、俺が。
「お、お望みというかご用件は何ですか」
「そ、そうよ! シリンダーの回転速度を上げてほしいの!」
「わかりました」
これ以上速くしたら、ほんとに恐ろしいな。
などと思いつつ、アラミスは彼女の人魔機を氷水の中に突っ込んで
「《走れ/廻れ/氷の如く》《祓え/祓え/聖なる氷》」
二連続の浄化魔法を放った。
人魔機の厄払いと、超臨界状態の水氷を媒体とすることで可能になる表面の微細な研磨を終え、依頼者を呼んだ。
「終わったぞ。ただ、如何なもんかテストしてもらえると助かるんだけど」
「わかったわ。《結界》を張ってよ」
「お断りです。ってかわかってないな!? 《結界》とか簡単に言いますけど、ぶっちゃけきついですし、何より被ダメージ半端ないことこの上ないので、射技演習場でも何でも行ってテストしてこい!!」
「なっ……、ならアラン、例のことどうなっても知らないよ? パパに言っちゃうよ?」
このお嬢さん鬼過ぎないか!?
「……失礼しました。《刻め/記せ/円環の理をもって/その地に大いなる障壁を書き起こせ》!!」
将来の夢はこいつを倒すこと、少年漫画臭いけどほんとにそう思ってしまった……。
「さすがはアランだね、感心したよ! ではテストします。来なさい《皇帝:アレクドロス》!!」
雛は、さっそく障壁内で射撃演習を開始した。
「《氷弾》《氷弾》《雷弾》《雷弾》」
一発目は威力重視の〈符加〉、二発目は貫通重視の〈符加〉、三発目は散弾になるように調整された〈符加〉、最後はアラミスの障壁を壊すための〈誇張〉を――
「頼む雛、終わりにしてくれ!! 体持たないから!! 明日大会だから!!」
「うん、ごめん」
「――じゃないよね雛ッッ!!??」
「早く帰りたいな、アラミス君?」
「すみません((理不j…… 」
嵐のような時間が過ぎてほっとしているアラミス。そんな彼はいつも、結局最後は、一人ぼっちだった――