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天使達の黙示録  作者: 織篠オルノ
プロローグ
2/2

#2 転移は当然、唐突に


「……なんなんだよ、あんたたち、一体」

灯は暫くして、やっとその一言を絞り出した。

青年はその声が震えていることに気づいたのか、差し出していた手を引っ込めると__途端、背にあった翼は消失した。

驚いている二人を尻目に、青年は先ほどの翔夏と呼んばれた少年に話しかける。

「どうやっでここまで来たかは分からないけれど、まだ未統治区域の生き残りのようだね。このまま連れて帰ろう」

「未統治区域の生き残りって………ここから何キロあると思ってんのかなぁ? 普通の人間ならここまで歩いて来るなんて到底不可能、天使共の餌になってたと思うんだけど?」

「じゃあきっと彼らは普通の人間じゃないのもね?」

「だったらここで殺しとくのが一番安全だと思うんだけどなあ」

にこにこと笑って言う青年に対し、翔夏という少年は若干苛立ったように言葉を返していた。

再び青年が二人に向き直る。よく見てみると、青年は女のように細く整った顔立ちだった。長い金髪を後ろで束ねており、軍服は翔夏と色違いの赤と黒。

そして、まるで猛禽類のような眼光を湛えた薄氷の瞳。

灯の身体が無意識に迅の前へ出る。迅は目を見開いたまま固まっていた。青年は長い身体を折ってしゃがむと、二人に視線を合わせた。

「驚かせてすまなかったね。あっちの彼は物騒な事を言っていたけれど、もう僕達は君達に危害を加えるつもりは無い。君達を保護するつもりだ」

「………それを信じろと? あの人は……『天使』みたいな奴を殺した挙句、俺達を殺そうとしたんだぞ?」

灯が青年の向こうにちらりと視線を移すと、青年も同じように振り返った。

当人の翔夏は不満そうに一瞬眉を寄せると、少し唸るようにして考えながら、やがて大きくため息をついた。

「はあ〜なんで俺がこんなに責められる訳!? 割りと軍人として正しい行動だったと思うんだけど!」

そう悪態をつくと、翔夏は青年の隣に座り、灯と迅に対しほんの少しだけ頭を下げた。

「………君達、いや、正確には君を『天使』だと勘違いして攻撃してしてしまった事に関しては謝るよ。ごめんね?」

「え、あ、私……?」

急に話の矛先の向けられた迅は、素っ頓狂な声を上げた。しかし、よくよく考えてみると、天使の白い髪と肌___アルビノである迅のそれと酷似していた。

「天使共は一体どんな力を持ってるか分かんないからね。戦場じゃ、白いものを見たら即刻殺せ!って言われてるぐらい。それに___」

翔夏はそこで言葉を止めると、迅をまじまじと見つめた。

男性とも女性ともとれない、中性的で、彫刻のような整った顔。それは、この世のものだと思えないほど、妖しく、美しかった。

それこそ、天使のような。

「………とにかく、君達に怖い思いさせたのは悪かったよ。取り敢えずここは危険区域だし、一旦話は安全の所に移ってからでいい?」

翔夏の提案に、灯と迅は、状況は何もわからないが一旦その話を呑むことにした。

またその「天使」とやらが出てきて、目の前で殺し合いが始まるよりは、一先ず自分達を助けてくれたらしい、この二人を信用するしかこの世界で生きる道はなさそうだったからだ。


◆◆◆


「で、君達どうやってあそこまで来たの?」

「………分からないです。気づいたらあそこに」

「__やっぱ怪しいでしょここで殺しとかない!?」

「うるさいよ、翔夏」

翔夏の問に灯がそう答えれば、物騒なセリフとそれをたしなめる声が返ってきた。

__あの後、灯と迅が連れてこられたのは、二人が所属している「ノア」と呼ばれる軍の支部基地らしかった。

山の中にかくされるように設置されたそれは、外見は洞穴のようだったが、いざ入ってみると以外に近未来的な作りをしていた。

灯と迅が通された部屋は、中央にテーブルとソファ、壁側にはたくさんの本棚、そして部屋の中で一際存在感を放つ重厚なデスクと、まるで社長室のような広々とした場所だった。

あんな質素な入口からは想像もできなかった内部に、灯と迅は唖然としたままソファーに座らせられた。早速と言うように翔夏に質問攻めにさせられ___そして、冒頭へと戻るのだが。

「だって自分達はちょっと前まで『トウキョウ』にいたって言ってんだよ!? 流石に冗談でもつまんない!」

「彼らだって、目の前であんな所を見るのは初めてだったんだろう。きっと混乱してるんだよ。それに、まだお互い自己紹介もしてないじゃないか」

そう言うと、金髪の青年はテーブルに置かれた四つのティーカップの内の一つを取った。

それに一口、口をつけるとほっとため息をつく。そして灯と迅に向き直ると、柔らかな笑みを浮かべた。

「僕は麓織和那。国立魔道軍付属学校の生徒会長で、魔道軍『ノア』では一応階級は『大佐』。それでこっちは___」

「いいよ、自分で言う。俺は羽嶺翔夏、国立魔道軍付属学校生徒会副会長で、階級は『中佐』。よろしくね〜」

「国立、魔道軍………?」

「それに、大佐と中佐って………」

灯、迅と聞き返すと、和那は眉を顰め、翔夏はわかり易く溜息をついた。

「君達、魔道軍も知らないのかい?天使の事すら分かってないとなると___本格的に脳の障害を考えた方がいいのかな?どこか強く頭を打ったりした?」

「記憶喪失ってやつ?にしても、言ってること支離滅裂すぎない?なんか夢でも見てたって感じ」

「『天使』共の新しい能力とか?洗脳の類だとしたら少し厄介だけれど」

「変な魔法の影響受けてて脳機能が麻痺して記憶が混濁してるー、とかは? 何にせよ、面倒くさいことに変わりな___」

「……………なんかじゃ、」

「……なに?」

小さく声をこぼした灯に、翔夏が目敏く反応した。そして灯の瞳に僅かな怒りが浮かんでいることに気づき、びくり、とか肩を震わせる。

「あれは、絶対に夢なんかじゃない!!俺達は確かに17年間東京で普通に暮らしてたんだ!」

__一瞬、部屋に沈黙が広がった。その時、和那と翔夏は理解していた。この男は狂人などではない___真実を述べているだけだと。

「……本当なんです。私達だって、今何が起こっているか全く分かってない」

迅も続いてそう言った。赤い瞳が不安げに揺れる。夢なら少しでも早く覚めてくれ、この現実こそが嘘だと言ってくれとでも言うような、そんな瞳。

和那はその視線を真っ向から受け止めると、小さくを深呼吸して、灯と迅にこう問うた。

「じゃあ、君達が狂人でないと言うのなら、教えてくれないかな? 君達が体験した奇妙な出来事を」

灯と迅は顔を見合わせると、ゆっくりと一連の出来事を話し出した。


◆◆◆



季節は3月、まだまだ肌寒い季節で、その日は吐く息も白く染まった。

都立星蘭江高校ではもうすぐ卒業式ということもあり、三年生達は思い出話やキャンパスライフについて話に花を咲かせている。

しかし、そんな行事は二年生である綾月灯にはさほど関係ない。お世話になった先輩が特にいた訳でもなく、むしろ、卒業式後に控えた定期試験の事の方が気掛かりだった。

「灯、いっしょ帰ろ?」

長い授業も終わったSHRの後、隣の席の夕凪幽が眠そうな声と顔でそう言ってきた。首を傾げると同時に、彼の濡れたような黒髪がさらりと揺れる。

幽は灯と幼稚園の頃からの親友、もとい幼馴染みだ。灯はおう、と返事をすると、そのまま共に教室を出た。いつものことだった。


都立星蘭江高校は渋谷、いわゆる都会のど真ん中にある高校だ。学校を出て暫く歩けば、交通量の多い大通りへと出る。もちろん人通りも多い。高いビルやたくさんの店が立ち並び、そして後4ヶ月に迫った東京オリンピックののぼりが等間隔に揺れていた。

灯と幽はたくさんの人の間を慣れた足取りで縫いながら、帰路を辿っていく。

「幽、お前テスト大丈夫なの」

「ん~、まあぼちぼちって感じ。てかどうせ灯はまた学年一位なんでしょ?」

「どうせって……やってみなきゃわかんねえよ」

「そう言って前回も一位だった癖にさ。いいね、優秀な家庭教師が今日も家で待ってるんでしょ?」

「……それは否定できない。お前も来るだろ?」

「うん、最近忙しくて会えなかったし、明日行こうかな」

幽が笑みを零すと、灯もつられて笑う。

「そういえばさ」

「うん」

「幽はどうすんの、進路」

テストが終われば、すぐに三年生となる二人。進路の話は当然学校でも出され、進学校である星蘭江高校の生徒の多くは既に希望の大学を決定し、目標へ邁進している。

今日も、二学年最後の進路調査が行われたばかりだった。

「んー、一応医学部には行くつもりだけど」

「やっぱお父さんの継ぐのか」

「うん、それに、」

幽は少しだけ目を伏せる。長い睫毛が影を作った。

「迅を長い間外に出してやりたい、っていうか」

「___そうか」

「灯は? やっぱ銀行員?」

「……………ああ、そうかな」

少し曖昧に返す灯に、幽それ以上何も聞かなかった。

__やがて二人は少し人通りの少ない道へと外れる。窮屈そうにに近かった二人の距離が広がり、間をまだとても春とは言えない冷たい風が通り過ぎていった。

しばらくして二人の足がマンションの前で止まる。灯がじゃあまた明日、と言うと幽は寒そうに伸ばしたカーディガンの裾を掴みつつ、またね、と白い息混じりに言葉を返した。

いつも通りの、何度繰り返されたかわからないそれが。

____もう、二度と出来ない事など知らずに。





「ただいま」

マンションの一室に、灯の声が響く。___返事はない。そんな事は慣れたもので、灯はモノトーンに纏められた自宅に明かりを灯した。

マンションとは言え、東京の1等地に部屋を借りることの出来る綾月家は裕福な家庭だった。両親ともに銀行員__職場内結婚だったらしい__で、日中は働きに出ており夜遅くまで帰ってこない。兄弟のいない灯にとって、身内に会うことは滅多になかった。

しかし、何処からかカタカタと乾いた音が鳴っている。それは一定のリズムを刻んだかと思うと、不規則にタタンと力強く響いた。

その音の正体が分かっている灯は、迷うことなく自室へ。男子高校生1人が使うにはやけに広いその部屋に___彼女は、いた。

白く長い髪に、血に濡れたような赤い瞳。浮世離れしたその美貌は___生まれてきた世界でも間違えて来たかのようだった。

そんな彼女の耳元は大きなヘッドホンが覆っており、細い指は休むことなくキーボードを叩いていた。時折マウスを操作し、思い出したように脚を組み直す。

彼女が伸びをしようと体を傾けた時___、ようやく部屋の入口に灯が立っていることに気がついた。

「___おかえり、はやかったね」

ややハスキーなその声の主こそ、神代迅その人だった。赤い瞳に白い肌。世にいうアルビノというやつだ。今その白い肌は、パソコンのブルーライトを受け、死体のように青白かった。

迅はヘッドホンを外すと、パソコンの画面を少しだけ流し見、やっと灯に向き直る。

「そういえばテスト前だっけ?だから部活ないのか」

「ああ、もう1週間前」

そういって灯の投げた鞄は、部屋の奥に設置された大きなベッドに綺麗に着地した。同じように灯もベッドにダイブすると、毛布に軽く顔をすり寄せた。

「幽が明日お前に会いたいってさ」

「明日幽来るの? やった。そういえば暫く会ってなかったなあ………」

迅はそう言うと、心底嬉しそうな表情を浮かべ、灯に習いベッドに倒れた。寝不足なのか、白い肌に濃いクマが目立つ。

「じゃあ三人で勉強できるね。……今日はもう始めるでしょ?」

「……もうそれはいいのか?」

そう灯が指さす先には、ついさっきまで迅に激しくタイピングされていたパソコン。シンプルで綺麗に片付いた部屋の中で異彩を放つそれは、必死にその体を冷やすファンの音を低く唸らせている。

「今日はある程度落ち着いたから大丈夫。もう暫く動きは無さそうだし」

「ちなみに今回はいくら儲けたんだ?」

「……一千万ぐらい」

「一千万?」

「一千万」

迅はまるでそれが何か?とでも言いたげな表情で灯を見つめた。全く悪びれもないそれに、灯は思わず苦笑いする。

神代迅は簡単に言えば天才だった。なんというか、よく出来た___出来すぎた人間だった。

それは幼少期より頭角を表した。小中と不登校だった彼女は、独学でわずか10歳にして大学卒業レベルまでの学力を身につけていた。12歳で株に手を出してからはいとも簡単に儲けを出して、はじめ十万円からはじめたそれは、今や数十億という金額まで膨れ上がっていた。

かといって迅はそれを何に使う訳でもなく。強いていえば、綾月家に居候のお礼だと言って月に有り得ない桁の『家賃』を払おうとするくらいだ。もちろん、灯もその両親も断っているが。

「そんだけやれれば、何も心配することねぇな」

「………どういうこと?」

迅は眠たいのか、少し欠伸混じりに答えた。

「いや……、それだけ自分でお金を作れる力があって、頭もよければ、一人でも生きてけるなーっつう話……」

「___なに、言ってんの」

途端、弾けるように開かれる迅の瞳。しかし、毛布に顔を埋めた灯がそれに気づくはず無かった。

「今日進路の話があって、そういえばお前もこの先のこと決めんなきゃいけねえのかなって。ずっとここにいる訳にも行かないだろうし___」

「…………………」

「………迅?」

突然静かになったのを不審がり、灯が毛布から顔を覗かせる。

迅の、血を固めたような、赤い瞳。それが今は零れんばかりに見開かれて、揺れて、濡れていた。

「迅、」

「………あ、ごめん、何でもない。……そうだよね、私もいつまでも灯に頼りっぱなしじゃ……」

「あ、違う、悪い今の言い方___」

慌てて灯が手を伸ばした瞬間、___きん、と微かに耳鳴りがした。

「……っ」

灯の伸ばした手が止まる。

迅も同様の異変を感じたらしく、こめかみに手を当てていた。

「なんだ、今の」

灯が当たりを見回してみるも、あるのはいつも通りの自室。日当たりの良い位置に設置された窓からも、特に何か変わったものが見えるわけではなかった。

唸るパソコンと、リズムを刻む時計の針の音だけが鳴り響く。

気のせいか、と無視しようとした。





____ その刹那。

強烈な耳鳴り、目眩、吐き気を覚えたかと思うと。


___二人は荒れ果てた世界に放り出されていた。



◆◆◆


「___本当に、突然でした。まるで一瞬で景色が塗り替えられたみたいで、今も、何が、何だか」

そう話終えた灯は、数時間前の事を振り返り、その話の現実性のなさに顔を顰めた。

自分でも馬鹿げた話だと思う。それこそ、どこかの漫画か小説かのように、魔法陣でもうかび出るか、不慮の事故で転生した方がまだ納得できていたかもしれない。

しかし、もし本当にそうだとしても、そう判断するにはあまりに唐突すぎた。まるで、たった二人で世界に取り残されたような感覚。自分達の方が間違っていると言われている気がして、それ以上何も口に出来なかった。

和那と翔夏は、灯が話している間一切口を挟むことをしなかった。先程までの騒がしさはどこへ行ったのか、真剣に、ただ黙って聞いていた。

沈黙が場を支配する。広いはずの部屋が、やけに狭く感じた。





「__あなた達が異世界人!? 詳しく話聞かせて!?」

___ばあん、と。

けたたましい音と、はつらつとした女性の声が、響き渡るまでは。




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