悪魔は悪い時に来る
昨日は久しぶりの焼肉で気分が浮かれていたけど、いざ次の日になるとボクのテンションは地に叩き落とされた。
「……またセクハラされるのか……」
トーストにバターをたっぷりと塗りたくりながら、ボクは嘆く。
今日は寝坊せずに起きたので、テーブルの上にあるのはトースト5枚にミルクレープの如く積み重なっているベーコンエッグ、キリマンジャロの様に盛られたコールスローサラダ、パックの牛乳という、メニューとしてはまともな、しかし量を見れば異常な朝食が並んでいた。
いた、としたのはそれらをほとんど平らげつつあったからである。
「面倒だなぁ……」
「どうしたんスか?」
「……今日、咲が来るかもしれない」
こんな日に限って仕事が全くないなんて、ついてない。窓の外ではうぐいすが呑気に鳴いていて、その鳴き声に一瞬殺意を覚えた。
「澪、ボクはどうしたらいい……?」
「うーん……罠仕掛けるとかどうっスか?咲ちゃんバカっぽいから、すぐ掛かりそうっスけど」
冷蔵庫からプチトマトのパックを持ってきた澪は、そこから3つ取ると一気に頬張った。最近プチトマトをよく食べてるけど、好きなんだろうか。
「行儀悪いうえに不衛生的とか最悪だねぇ、それ洗ってないでしょ」
ハムスターみたいになった彼女の頬を、寝無が指さす。澪はむすっとしながら頬をもごもご動かし、プチトマトを飲み込んでから言い返した。
「プチトマトなんか洗わなくても綺麗に決まってんだろ」
「出たよ、食中毒患者のテンプレ。あんたその調子でいたら夏には絶対お腹壊すよ」
「そんならテメー以外の医者にかかるまでだっつの!!」
鼻をつき合わせていがみ合う澪と寝無の元に、淋が割って入った。
「や、やめなよ二人とも……みっともなさ過ぎてヘドが出るよぉ……」
わりとひどい事を言われた二人は、しばらく淋の方を見、次にもう一度お互いを見て、
「「ふんっ!!」」
二人同時にぷいっと顔を背けた。
「……仲良いじゃんか」
「ドン、何か言ったっスか!?」
「僕とこいつが仲良しとか言ったなら、どうなるか分かってるだろうねぇ……」
そしてまた揃って剣呑な目つきでボクを見てくる。ここまで動きがシンクロしてるのに仲が悪いだなんて、何のコントだろうか。
ともかく、早急に誤魔化す必要がありそうだ。何か良い材料はないか、と食堂をきょろきょろ見渡して、ちょうどいい光景を見つけた。
「ああ、えーと……ほら、あっちの方だよ」
ボクは慌ててキッチンの近くを指さす。そこには紅茶を飲みながら本を読む千絋がいた。その肩には、
「……チヒロ、何読んでる……」
黒髪黒目……ただし左目は失明したのか白く濁っている……で黒いパーカーを着た、165cmぐらいはあるちょっと大柄な男の子、もとい女の子が顎を乗せていた。
彼は時紅(ジグ)。ボクと同じく不老不死の肉体を持つ幼なじみだ。女の子なのに彼と呼ぶのは、男らしく振る舞おうとしているからである。勿論お風呂とか然るべき所では女の子扱いするけど、基本的にはトラン同様男の子扱いだ。
「チヒロ……暇……」
「ああもう、分かったからそんなにくっつかないでくれ……!!」
さっきからずっとあんな調子だったので、そろそろ限界だったらしい。千絋が彼を退けると、時紅はのそのそと隣に座り、本のページをじっと見ていた。
「まぁ、確かにあれはめちゃくちゃ仲良いっスよね……」
「何やってるアル?」
その様子を皆で見ていると、防塵ゴーグルを首からぶら提げ、バックパックを背負ったトランが食堂に入ってきた。
「うーん、成り行きでこうなってると言うか……ボクも何をやってるのか、分からないんだなぁ」
「強いて言うなら観察、ってとこだねぇ」
「気持ち悪いネ、絶望野郎は庭のアリでも見てろアル」
寝無が言うなり、トランはゴミでも見る様な目で彼を見る。最近饒舌になってきてるなぁ、その罵倒における語彙がボクにもあればいいんだけども。
「ひどい……」
「因果応報だよ。普段悪い事ばっかり言ってるからさ……!?」
寝無を笑っていたボクは、トランの後ろを見て思わずトーストを落としてしまった。
「あ、そういや近くに来てたから忘れ物取るついでに咲姉連れてきたんだったヨ」
「HEY!元気にしとったかー、あっしの嫁ー!!」
咲はトランの横に来て、右手を挙げた。その手には昨日渡されていた封筒がしっかり握られている。
彼女は空中バク転してやって来て、着地した時には大きな花束を抱えていた。
「……今はキミが来たから元気じゃない」
神聖な花園を汚された様な気分で、ボクは封筒もろともその花束を叩き落とした。