若いうちに摘まなきゃいけないモノ
夕暮れ時の商店街は、昼間よりも活気づいて賑わいがある。しかしそれは若者達がボクや有名人に向ける様な気持ち悪いモノではなく、今日の晩ご飯はどうしようかとか、うちの息子がやんちゃして困るとか、そういう話題に溢れた……昔から変わらない、温かな賑わいだ。
そんな中を淋と一緒に歩いていると、近くでカランカラーン、というベルの音と共に拍手が巻き起こった。
「おめでとうございまーす!!特等・『中身は家に帰ってからのお楽しみ券』でーす!!」
どうやら、ボクらが今通り過ぎようとしているスーパーがガラポン抽選会をしていたらしい。入口付近にはテントが特設され、そこに人たがりが出来ていた。
「……お、お兄、あれ!」
あまりに特等の名前が奇妙だったので気になって見ていると、淋が慌てて声を掛けてきた。
「……げっ」
「1等・メデューサの剥製」「2等・ブラックトマトホーク」など、特等だけでなくその他の景品も奇妙な一覧にばかり目を奪われて気がつかなかったけど、ガラポンの周りをよく見ると、今朝のバカ……正式名称「黒光(クロミツ)イマリ」よりも更に厄介かもしれない存在がいた。
「やったぜぇ!これで1年分の運は使い果たしたやんね!」
そいつは法被を着たおじさんに封筒を渡され、嬉しいのか嘆いているのか分からない歓喜の声を挙げている。
もみあげの部分だけが赤と青に染められた黒髪。この地域では珍しい紫色の、猫の様な瞳。青のパーカーにモモンガパンツ……とか言うスポーティな格好。口調も見た目も男にしか見えないけど、れっきとした女である。
そんな彼女……音邨咲(オトムラ サキ)は、ボクの親友とでも言うべき存在であり、ボクの前に「最強」と呼ばれていた人物だった。……今やその貫禄は消え失せ、土日になれば何も知らない女の子と遊び歩くただのダメ女と化しているのだが。
「淋、逃げるよ。貞操が危ない」
「?お兄、ていそーって何……ふえぇ!?」
ドが付くほどの変態である咲にとって、まだ11歳の淋は格好の的である。流石にお持ち帰りされる可能性はないとは思うものの、捕まったら何か吹聴されて淋が悪い色に染まるかもしれない。淋とマシュマロゲーターの肉を両脇に抱え、ボクは足早にその場を去った。
「これで大丈夫……だよね」
商店街から無事に脱出し、自然豊かな道に辿り着いた所でボクは淋を下ろした。
ここいらの土地はボクが買い取っているので、ふざけて入ろうとする輩はほとんどいない。仲間以外に来るのは郵便の人か、数少ない友達ぐらいだ。
咲も入ってくるけど、彼女も普段は何かと忙しいらしくせいぜい年に2、3回、それもこっちが忙しい昼間ぐらいしか来ない。
……でも、明日は絶対来そう。特等当てたって自慢してくるハズだ。
頭を抱えそうになった時、自転車のベルをひたすら鳴らす音が後ろから聞こえた。
「おいゴラっ、ふざけんじゃっ、ねぇぞっ……この絶望野郎ぉ!!あたしより先に帰ろうなんて……げっほ、大した根性じゃねぇかっ!!」
「ふん、あれだけ動いたのにまだ体力があるなんて驚きだねぇ……僕はやるべき仕事をすぐ終わらせたんだから、早く帰れて当然だ!あんたみたいに人助けに時間を割くほど、こっちは暇じゃないからねぇ!」
自転車で走りながら罵り合う二人が、こちらに向かっていた。
一人は息を切らしながらも、物凄い速さで自転車を走らせている。
黒目の前髪だけ青く染めた白髪の女の子だ。セーラー服の上には、何故か黒い学ランを羽織っている。自転車のカゴにはボロボロのカバンとコンビニのビニール袋があって、いかにも西日本の学生です、という感じだ。
もう一人は小柄の男の子で、白髪に白ラン、右目に白い医療用の眼帯をしていた。女の子っぽい顔は絆創膏や切り傷まみれになっていて、なんだか痛々しく見える。両手には白い手袋をしており、全身真っ白なその姿は歩く雪だるまかと思うぐらいだ。
彼は女の子の前を汗ひとつかかずにゆっくり走っていた。
「澪姉と寝無、帰ってきてたんだね……」
淋が自転車に向かって手を振ると、二人はすぐにボクらの所まで追いついて自転車を降りた。
「おかえり」
「おお、淋!それにドンもいるっスか!」
女の子……澪(ミオ)は肩で息をしながらも笑い、淋の頭をぽんぽん叩いた。
「澪姉、おかえりなさい!」
淋は澪によくなついている。その証拠に、彼女が近くにいる時は積極的に喋ったり笑ったりするのだ。
嬉しそうに澪に抱きつく淋を見ていると、自然と笑みが溢れる。
そんな感じでほのぼのとしていると、くすくす笑われた。
「まぁまぁ、親の顔しちゃって……あぁ、100年も生きてるんだったねぇ。祖母の顔が正しいかな?」
「うるさいよ」
殴ろうとするとひらっとかわされ、頭のアンテナ……何故か皆はアホ毛と言う……を触られた。睨みつけると、にやにやと嫌な笑みを浮かべてくる。
こいつ……寝無(ネム)の言う事はいちいち嫌味っぽい。しかもこれは意図的にやっているらしく、「人の嫌な顔ほど見ていて楽しいモノはない」そうだから、どうしようもないのだ。
自分もなんでこんなのを仲間にしてしまったのか。……不思議な事に、思い出そうとしても思い出せなかった。
「あ、そうだ!聞いてくれっスドン、絶望野郎が今日も……」
「はいはい。その話は家に帰ってから聞くよ」
「えぇ!?酷いっスよー!!」
軽くあしらうと、澪はおやつを取り上げられた子犬みたいになった。
それを見て淋はまた笑い、寝無は小さく吹き出している。
こういう和やかな雰囲気は嫌いじゃないし、なんとなく居心地が良い。友達同士の付き合いにはない、温かさを感じるのだ。
「ドン、なんかお母さんみたいな顔してるっスね」
「……そうかな?」
「そうっスよ!」
ボクは8歳の姿のまま、92年ほどこの世界に存在している。お母さんと呼ばれるには歳がいき過ぎている……と言うか、この見た目でお母さんにはなれないと思うのだが。
……というボクの気持ちを、寝無はかなり屈折した形で代弁した。
「へぇ?「お母さん」より「おばあちゃん」の方が正しい気がするけど……げふっ!?」
「……変な事言ってないで、早く帰るよ。今日は焼肉にするんだから」
いつの時代も、余計な事を言う奴は鉄拳制裁される運命にある……
熱を持った拳の煙を吹き消し、ボクは帰るべき場所へと歩を進めた。