ソフトストライク
淋をなだめながら歩いて、広大な土地にビニールハウスがずらっと並んだ農園に辿りついた。
ビニールハウスの前にはそれぞれ看板が立てられ、中では苺やナスを育てている事が分かる。
依頼主を探して農園を歩き回ってみると、ワタガシブドウ……新種のブドウで、ふわふわの食感が魅力である……の看板の前で困っている様子のおじいさんがいた。
「あのー、依頼で来た死々王(シシオウ)ですが……」
恐る恐る声を掛けると、おじいさんは目を丸くしてボク達を見た。
「おお、来てくれたのか!良かった良かった、早速仕事に取り掛かってくれるかい?」
「あ、はい。でも多少荒らしてしまうかもしれないんですけど……大丈夫ですかね」
「大丈夫さ、もう散々荒らされているしねぇ……」
彼はふるふると頭を振る。
ワタガシブドウが育てられているビニールハウスを覗いてみると、まるでツイストされた長いマシュマロの様なクリーチャー……マシュマロゲーターが5匹、折れた木の下でワタガシブドウをむしゃむしゃと食べていた。その隣では、岩石が積み重なって木の様になったクリーチャー……ウッディガイアがワタガシブドウの木を次々にへし折っている。そんな光景を見て、淋はまた泣きそうになっていた。
「ひどい……」
「淋はここで待ってて。ボクが終わらせてくるから」
大丈夫だよ、と彼女の肩をぽんと叩いてから、ボクはビニールハウスの中に突入する。
……マシュマロゲーター達はこちらに気がついていないみたいだ。ただ、ウッディガイアの方は警戒しているのか、がちゃがちゃと枝の様な腕を揺らしていた。
ボクはビニールハウスの天井に当たらない程度に跳躍し、ウッディガイアの後ろに回り込もうとする。ウッディガイアはこの隙を逃すまいと左腕を振りかざした。
「魔王拳、零ノ型……」
それに対してボクは右の袖を捲り、拳に力を込めた。紫色のエネルギーが溢れ出し、右手を包み込む。
ウッディガイアはその様子に怯える事なく、ボクめがけて左腕を叩きつけた。
……が、その左腕は伸ばした右手の前で木っ葉微塵に砕け散ってしまう。
「……骨身粉砕大断撃」
跳躍の勢いを乗せて拳を打ち込むと、岩の身体は一瞬のうちに砂礫と化し、衝撃でまだ折れていなかった木が2本ほど折れた。
「ワッ……ワニャァン!!」
「ワニャワニャー!!」
どうやらこのマシュマロゲーターはウッディガイアの落としていたワタガシブドウを食べていたらしく、そいつがいなくなると妙に可愛らしい鳴き声を挙げて走り出した。
「逃がすかぁッ!!」
噂ではマシュマロゲーターの肉はとても美味だと聞く。そして美味な食材を逃すほど、ボクは優しくない。
コートのポケットからスローイングナイフを5本取り出し、背を向けて逃げるマシュマロゲーター達にぶん投げた。殴ると肉がひしゃげて、細切れ肉より細かくなってしまうからだ。
『ワニャアァアン!!』
ナイフはマシュマロの様に柔らかな肌に深く突き刺さり、彼らは可愛い断末魔をビニールハウスに響かせた。
クリーチャー達を倒したボク達は料理をご馳走になり、一人暮らしだと言うおじいさんの話を夕方まで聞いてあげた。
「……こんな時間までありがとうね。これ、報酬におまけしておくよ。皆で食べておくれ」
「こちらこそ、お世話になりました。また何かあったら気軽に電話して下さいね」
おじいさんは3万円とワタガシブドウを2房、ボクに手渡した。
倒したマシュマロゲーターの肉は、淋が持っている。彼女は空気中の原子を移動させて氷を生み出したりモノを凍らせる能力を持ち、さらに凍らせたモノなら例え城であろうと持ち上げられる特異な体質があるのだ。
「さて。帰ろっか、淋」
「うん!」
二人でおじいさんに手を振り、帰り道を歩く。
夕焼け空には、星が瞬き出していた。