地獄の後は人次第
3月も後半になったと言うのに、この作業部屋の気温は10度とかなり低い。ファンヒーターを買うお金は腐るほどあるのに、何故か誰も置こうとしないのだ。早く締めくくりの言葉を考えて外に出なければ、とペンをしゃかしゃか振りながら悩んでいたボクの脳裏に、閃光が走った。
その閃光をしっかり自分のモノにして、ペンで記す。
「……『この時代はある意味奇跡に近いモノである、それを忘れないでおこう』……っと」
出版社にせがまれたエッセイ……の様な何かを書き終え、原稿用紙の山の厚みを増やした。
千絋はパラパラと原稿を見て、小さく頷いた後それを茶封筒に入れる。
「そういや、澪と寝無は?」
「生徒会のボランティア……だそうだ。春休みなのに大変だな」
ほんの小さな子供でも力さえあれば働いて一人立ちが出来る様になった(裏を返せばそれぐらい苦しい労働環境が続いていると言う事だが)この時代で、ボクは6人の仲間と「皇龍の牙」という何でも屋的な組織を立ち上げている。何でも屋的な組織という分類通り、活動内容は特に決めていない。それぞれが好きな事をしているけど、これでも結構統率は取れていたりするものだ。
ちなみに千絋は世界各地の資料回収と家事を、リーダーであるボクは国から命令がない時は『何でも出来る屋』という方向で幅広く活動を行っている。……だからと言って、本当に何でもする訳ではない。ボクにだって仕事を選ぶ権利があるのだ(その権利はついさっきあっさり奪われたけど)。
「次はクリーチャー討伐だなぁ」
胸に染み渡る達成感と共に外に出る。ちょうどお昼になった所なので、あの子達もそろそろ買い物から帰ってきている頃だろうか。
準備のために自分の部屋に戻ろうとすると、後ろからパーカーのフードをくいくい引っ張られた。
「ボスー、文字書き終わったアル?」
振り向くと、黒い袋を持った女の子……いや、男の子がいた。
彼はリ・トラン。一肌脱げば幼女の身体をしているが、彼は自分の事を女だと思いたくない様なので、ボクや仲間達もトランを男の子として扱う事にしている。
「うん。……これから依頼に行くとこだけど。トランはどこ行ってたの?」
「時紅兄のお手伝いで軍のとこに行ってたアル、お菓子もいっぱいもらってきたからボスにあげるネ!」
「やった、ありがとう!!」
袋をごそごそ漁ってから、トランはレーションを2本渡してきた。軍……正式名称『西日本防衛軍』開発のレーションはかなり美味しい。しかも食べるまで何味か分からないドキドキ、定番のチョコレート味からゲテモノのサルミアッキ味まで多種多様のフレーバー、絶妙な栄養バランス、当たりを引くと好きな味がもらえる……などなど、遊び心に溢れている軍のレーションは、これ目当てに軍人になる異能者もいるぐらいに大人気。一般家庭でも男が生まれると軍に行かせようとするらしい。……一応ボクも軍人なので月の始めに40個ほどもらえるのだが、大半は「非常食をおやつ扱いしない!」、と千絋に強奪されてしまうのだ。
鮒寿司で嫌な思いをしたので、これは今日のお昼ご飯にするとしよう。
レーションをしっかりと握りしめ、弾む様な足取りでボクは階段へ向かった。