朧月と犬、そして対話
「お、やっと来たっスか!どうっス、温泉は?」
「……まぁ、嫌いではないアル……電流風呂とかは」
「……トランはやっぱりビリビリするのが好きなんだね……」
しばらくして、あたしと時紅君だけだった露天風呂にトランと淋がやってきた。確かトランはすぐ上がるとか言ってたみたいだけど、なんだかんだ言って楽しんでいたらしい。人生何事も経験が大事だ。出迎えついでによしよしと頭を撫でてやると、珍しく嫌そうに首を振って、そそくさと時紅君の近くに行ってしまった。
「……わ、私とならだいじょうぶだったのに……」
「そうなんスか?」
「うん……」
淋はあたしの隣で、残念そうにしながら笑った。
彼女は普段から身体がひんやりしてるし、熱いモノはどうしても食べられない。なので温泉はまずいのではないか……と言われたらそうではなく、温泉とか暑い所には問題なく入れる。要は、身体の中に入りさえしなければ大丈夫という事だ。
「……お、皆揃ってるんだ」
最後にやってきたのは、ドンと千絋ちゃんだった。しかしその身体を見て、少しぞっとしてしまう。
傷ひとつない、軍人だとは思えないほどに綺麗なのが千絋ちゃん。縫われた痕を無数に残しているのが、ドン。
なんというか、ちょっとだけ怖いと思った。
「……ボクの傷、そんなに気になる?」
「あ、はいっス。えっと……それ、何の傷なんスか……?」
恐る恐る聞いてみたあたしは、次の言葉で思わず目を見開いた。
「ボクの覚えてる限りでは、全部虐待だよ」
更に驚くべきは、こんな苦しい言葉を口にしていてもドンはいつもの「何を考えているのか分からない顔」をして、そのまま湯に入ってきた事だ。
この人は、どれほど強いのだろう。
千絋ちゃんは何やら複雑な顔をしながら、ドンに続いて身体を沈ませた。
「……クロ。ムリすんなよ」
「無理なんか死んでもしないよ。ボクが面倒臭がりなの、時紅も知ってるでしょ」
「おう……チヒロも、ムリすんな。こっち来い……」
「いや、わたしは……ひぁっ!?」
時紅君は千絋ちゃんを引っ張って、周りを囲む岩の縁まで連れていった。こっちも、眠そうないつもの顔だ。
あたしと淋は、しばらく何も言わずにドンを見ていた。それがいい加減嫌になったのか、三人の間だけに横たわっていた静けさは、ドンの質問で破られた。
「……ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな」
「ふぇっ……!?」
「い、いいっスけど……あたしバカだから、まともな答えは出せない気がするっスよ……?」
「それでいいんだ」
ドンは笑った。なんか作り物みたいなのに、ウソをついている表情には見えない。そんな顔のままで、言葉は続けられた。
「で、どんな質問なんスか?」
「ボクの事は信用できる?」
……なんだ、それだけか。もっと難しい質問をしてくると思ったのに。
「できるっス。つーか、皆そうだと思うっス」
淋も同意しているらしく、こくこくと頷く。
「それは、どうしてかな」
ドンの笑顔は、あっさりと消えた。
「ええと……信用されるのは、誰かを信じてる人だけっス。この質問も、ドンがあたしらを信じてるからしたくなったんじゃないんスか?」
静けさがもう一度、場を支配する。しかし、それはそう長くない間のうちに笑いで破られた。
「ははは……そうか。キミはそんな答えを出すのか。面白い。面白いのに、真っ当な答えだね」
ドンは何度か頷きながら、あたしの言葉を繰り返してはふっと笑った。間違ったり怒られなかっただけマシだけど、こんな笑われ方をすると……嬉しい様な、腹が立つ様な、複雑な気持ちになる。
「ドン、何なんスか……なんで笑うんスか……」
「ああ、ごめんごめん……バカにするつもりはないんだけどね。とにかく、ありがとう。そういう答えがもらえただけで、とても嬉しいよ」
ぼんやりと光る月に照らされているのは、やっぱりよく分からない顔。
でも、あたしはそこに安心を見出だした気がした。




