パン派への制裁
呪われた様な気分で、ボクは階段を下りていた。あのバカにレーザーを撃たれる朝は、大抵ロクな事がない。
その証拠に、最近そこそこ人気が出てきた腕時計型の携帯端末……「リストフォーン」の時計を見てみると、8時半という無慈悲な表示があった。
「あーあ……」
のろのろと2階に向かい、食堂のドアを開ける。
「……クロト、また朝寝坊していたな?早寝早起きは基本だとあれほど言ったのに……今度は忘れたとは言わせないぞ」
そこではエプロン姿の女の子……千絋(チヒロ)が仁王立ちし、怒りに満ちた目でボクを見ていた。
その姿は金剛力士像の様に恐ろしく、前髪の一部分だけ銀になった所なんかは剣に見えるぐらいだ。
「だ、だって仕方ないじゃん、バカがレーザー撃ってきたんだし……」
苦し紛れの言い訳をしてみるが、彼女の目はより鋭くなるばかり。
「……イマリの威嚇なんて、貴女なら少し手を触れるだけで無力化出来るハズだが?」
「ごめんなさい」
もう後がない、と判断したボクは即座に謝った。
「今日はマシュマロゲーター5匹、ウッディガイア1匹の討伐、原稿の催促……の電話があった。依頼人は勿論クロトを指名している、今日中に全てやってもらうぞ。……ああ、その前に」
千絋はむっとしたままボクの手を握り、いつもの席へと連れていく。
強引に座らされたボクは、ヘビの丸焼きが出るかマンマルオロチの塩焼きが出るかと怯えながら、朝ご飯が来るのを待っていた。
何か言いながらキッチンに向かった千絋は、しばらくして皿を持って戻ってくる。そこから放たれる異臭に、ボクは小さく悲鳴を挙げた。
「クロトにはこれでやる気を養ってもらわないとな」
滋 賀 県 名 物 ・ 鮒 寿 司 。
ボクは立派に滋賀生まれ滋賀育ちの滋賀在住だが、この鮒寿司はどうしても食べられないのである。慣れると美味しいとか聞くけど、全然慣れない。でも……そういう人も、多いんじゃないかなーと思う。ボクの友人達も、お祝いの席で出されては苦しい思いをしていたりするし。
「……む、無理だよ、やめて……やめてくれ……!!」
「慈悲はない」
円を描く様に盛りつけられた鮒寿司のひとつが、箸でつままれる。
「待って!!その、ボク、心の準備が」
絶望するボクの口に、何の容赦もなく鮒寿司が放り込まれた。