異常気象と通常運転
温泉旅行当日の朝、キャリーケースや旅行バッグに荷物を詰めたボク達は最寄りのバス停で送迎バスを待っていた。
「……へくしっ」
今日は何故か真冬の様に寒い。というか、雪も降っている。人より体温がかなり低いボクは、イヤーマフとマフラー、コートに手袋の完全装備であってもなおガタガタと震えていた。
「クロト、紅茶でも飲んだらどうだ?」
千絋が横から紅茶の入った紙コップを差し出してくる。いい香りが気分を落ち着かせてくれるのはいいけど……
「ささささむい、ちょっとこれ、とれ、取れない」
なんせこんなに寒いと、手がぶるぶる震えて取り落としそうなのだ。そろそろ体温調節を教わるべきだろうか。
「そ、そうか……あの、寝無さんこれを」
千絋は紙コップを時紅に渡そうとしたけど、彼は雪を踏み固めて遊ぶのに忙しそうだったので寝無に渡した。
「?……ああ、ありがとう」
返事がやや棒読み気味なのは、気のせいではないだろう。
「なんか絶望野郎がいつもより絶望的にウザいネ、なんかあったアル?」
トランはベンチで足をばたばたさせながら、奇妙なモノを見る様な目で寝無を見つめていた。
「今日に入ってまだ一度も喧嘩をしていないなんてな……クロト、何か知らないか?」
千絋は使い捨てカイロを何回か振ってから手渡し、尋ねてきた。ボクは首を振ってからそれを両手で包み込み、発熱を待つ。
「あ、ありがとう……へくしっ」
多分山にいる奴の事で本気の喧嘩をしたんだと思うけど、ボクはそれを口には出さない。国家が隠蔽するなら、愛国者、かつ国家の駒たるボクもまた隠蔽しなければならないからだ。
「……お、そろそろかな」
発熱にはまだ時間が掛かりそうだけど、カイロからジリジリと音が聞こえた。
普通のカイロならこんな音はしないけど、これは普通のカイロではなく「メガカイロ」。時紅の発明品だ。完全な発熱状態で常人が触ると、低温火傷じゃ済まされず普通に火傷する。ただの寒がりじゃないボクにぴったりなアイテムである。
「それ、いつ見てもえげつないネ……」
「そうかな?もう慣れたけど」
十秒ほどでメガカイロはじゅわー、と音を立て、熱を放ち始める。近くで雪だるまを作っていた淋がひゃあ、と声をあげて涙目になった。メガカイロは、発光しながらじわじわと手を温めていく。
「……それ、ライト代わりになる。もしかしたら……ソーナンした時に使えるかもな……ぐぅ」
ひょっこりと顔を出したかと思うと、時紅は眠ってしまった。そしてその状態のまま、ボク達から離れた澪の元へのそのそと歩いていく。なんだか夢遊病患者みたいだけど、今の彼は能力を発動している状態にあるのだ。
時紅の能力のひとつ、「精神世界への侵入」。眠くなってしまう代わりに、文字通り誰かの精神世界に侵入する事が出来る。彼曰く、「凹んでる人のココロにはキモチワリー奴が住んでいる」らしく、それを退治するとどんな人も元気になるそうだ。
「ここは時紅に任せようか。ボクらじゃどうにもできない問題だし……」
「……クロト、やっぱり知っているんじゃないか?」
しまった、と思っても時既に遅し、千絋はジト目になってボクを見つめていた。いつ見ても綺麗である。美人さんはどんな顔でも綺麗だね、とつい口に出しそうになった。
……それはともかく、どうにかしないと。
「し、知ってるけどさ、こんな所で言える様な問題じゃないよ?」
嘘には嘘の二重コーティング。バレなきゃ問題はない。千絋の耳元でささやくと、彼女は耳まで真っ赤にした。
「そ、そうか……」
どういう訳か知らないけど、上手く勘違いしてくれた様だ。
「み、皆、バス来たよ」
総数100個という恐ろしい数の雪だるまを作った淋は、そう言って車道を指さす。確かに白色のバスがこちらに近づいていた。軽く手を振ると、中にいた咲が手を振り返してきたのが見えた。
バスは無視する事もなくボク達の前に停車し、ブザー音と共にドアを開けてくれる。
「行くよー」
バスの中は暖房が効いているらしく、微かに温風が吹いてくる。それを理解したボクはすぐさま駆け足で乗り込み、一番後ろの五人乗りの席に横になった。
「ここはボクが独占した!」
「こら。全く……ちゃんと座らないか」
千絋はボクを無理矢理起こして座らせると、その隣に座った。当然その隣には時紅が座るんじゃないかと思ったけど……
「な、何スか時紅クン、さっきからなんでくっついてるんスか?」
「ぐぅ」
「退いて欲しいっス、重いっスよぉ!!」
彼は前にある右側の席で澪に寄り掛かって寝ていた。
「隣の席もらうよ」
何の嫌がらせか、寝無はボクの左隣に座ってきた。左側の席はちびっ子二人が占めていたらしい。
咲達はというと、前の方にいた。前に「うちのギルドは全員乗り物酔いする」とか言っていたし、後ろに行くと地獄絵図が広がったりするんだろう。
「ゲームでもするか……」
事前に調べた情報によると、ここから温泉旅館までは1時間ほど掛かるらしい。置く所がなくて抱いていたリュックから、携帯ゲーム機を取り出した。旅行の時にやるゲームと言えばポ○モンと、ボクの中では相場が決まっているのである。
どこか気の抜けるブザー音の後、バスが発進した。




