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それでも我輩は君に笑いかけよう  作者: 小日向 ななつ
第2章 空を覆う厚い雲
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複雑に絡みつく過去

 暗かった世界に、ぼんやりとした光が降り注ぐ。徐々に色づいていく空間は、朝という時間を迎えていた。


「〈紅蓮に染まる炎よ〉〈我が意志に従い敵を討て〉――レッドフレア」


 そんな空間の中に建つ一つのログハウス。その傍らで、ロキが一つの魔法を唱えていた。直後に現れるロキの身体より大きな火柱。それは一瞬だけ爆発音を発して、静かに消えていく。


「これは、困った」


 死んで蘇ってからの初めてとなる基本訓練。だが、それはあまりにも思わしくないものだった。


「この身体のリズムとテンポは少し掴めたが、全然だ」


 ロキは先ほど発動した火柱に頭を抱えていた。まだ死ぬ前であれば、簡単に天を貫くと表現できるほどの高さを出せた。しかし、今は自分より大きい火柱を出すのが精一杯だ。


「詠唱で発動できるのはできて三節。媒体使用は今のところどれも上手くいかない、か」


 目を逸らしたくなるような現実に、ロキは頭を抱えた。

 死ぬ直前が全盛期と表現するならば、今のロキはその足元に及ばない。もしかすると子供の頃のほうがまだ扱いが上手かった印象すら抱いていた。


「全く、厄介な身体になったものだ」


 思わず肩を落とすロキ。だがそんなロキに、拍手を送る存在がいた。

 何気に振り返ると、そこには青い下地の白い水玉ワンピースと、グレーのハーフパンツといった姿のアルアが立っていた。


「よくその身体で魔法が扱えるものだな。さすが私の愛しいペットだ」

「じゃあこの爪で引っ掻いてやろう。この憎たらしい我が主よ」

「遠慮するよ。にしても、驚きだな。魔法なんてものは発動しないように、細工を凝らしておいたのだが」

「やっぱり引っ掻く」


 ロキは猫らしく爪を剥き出しにする。それを見たアルアは、楽しげに笑っていた。


「お母さん、そろそろ時間」


 そんなやり取りとしていると、奥からリディアが現れた。アルアは「じゃあ行こうか」と返事をした。


「なんだ? 出かけるのか?」

「ああ、そうだ。今から王都に向かう」

「王都だと? 一体何しに行くんだ?」

「何、ちょっとした野暮用さ」


 アルアはそう言ってロキの近くへと寄った。そのまま首の皮を掴み、ゆっくりと抱き上げる。


「おい。なんで抱くんだ?」

「お前も一緒に行くからだ」

「なんだと? 何も聞いてないぞ!」


「そりゃ何も言ってないからな。何、丸一日馬車に揺られれば着くさ」

「そういうことじゃない!」


 ロキは思わず叫んで暴れた。だが、アルアは楽しそうにロキを抱きしめる。


「ハハハッ、なかなかにヤンチャだな」

「離せ! 我輩は行かないぞ!」

「何を言っている? お前がいなきゃベネイスに自慢できないだろ?」

「なんでそいつの名前が出てくるんだ!」


 ロキはさらに暴れた。必死に逃げ出そうともがいた。

 しかし、そんなロキをリディアは覗き込む。


「あなた、騎士団長と知り合い?」

「それがどうした?」

「答えて。じゃないとその尻尾をギュッとする」


 どこか真剣な顔つきのリディア。ロキはそれに気圧され、仕方なく答えた。


「かなり昔の話だ。今じゃあ顔なんざ覚えてないだろう」

「ふーん」


 リディアは静かに手をロキの小さな尻尾に回す。そして、鋭く睨みつけ「嘘つき」と口にした。


「んぎゃっ!」


 それは、想像を絶する痛みだった。目は涙で霞み、意思とは関係なしに爪が剥き出しになる。あまりの痛みで下腹部は麻痺し、尻尾が千切り取られたと勘違いしてしまうほどだった。


「が、あ、ぅ……」

「嘘つきは嫌い。だから厳罰」

「き、さま、覚え、てろ」


 捨て台詞を吐くので精一杯だったロキ。リディアはそんなロキを見て、少し勝ち誇ったかのように微笑んでいた。


「――――」


 尻尾を握られ、弱りきったロキの耳に馬の鳴き声が入ってくる。何気なく顔を上げると、そこには一台の馬車が止まっていた。


「どうやら来たようだな」


 アルアはゆっくりと身体を向け、馬車に向かっていく。ロキはもはや逃げることを諦め、アルアに身を任せた。


「ふぅ、腰が痛い」


 馬車から一人の男が下りてくる。それを見たロキは、とても面倒くさそうな顔をした。


「やあ、ニール隊長」

「これはどうも、アルアさん。そちらは娘さんかな?」

「ああ、リディアという。ついでにこいつはノワールだ」

「これはまた、かわいらしい子猫ですな」


 ロキを覗き込んでくるニール。あまりにも近い距離に、思わず吐き気を覚えてしまった。

 だが、ニールはとても緩んだ笑顔を浮かべる。それは胃袋も吐き出しそうになるほど、気味が悪かった。


「君は猫が好きなのかな?」

「ええ。いつかニャンコに囲まれて暮らしたいものですよ」


 その緩みきった笑顔に、ロキは爪を立ててやろうかと考える。だが、アルアが爆発しそうなロキを寸前のところでリディアに渡した。


「さて、そろそろ出発したいんだが、いいか?」

「そうですね。そろそろ出ないと夜になってしまいますな」


 ニールはゆっくりと馬車へ移動し、扉を開く。そして、リディアに顔を向けた。


「乗車をどうぞ、お嬢さん」


 リディアは少しムッとした顔つきになる。ちょっとだけ不機嫌になりつつも、言われた通りに馬車へ乗り込んでいく。

 何が気に入らなかったのか。ロキは少し不思議そうにしていると、手綱を持つ一人の男が目に入った。


「…………」


 その男は、ずっとアルアを睨んでいた。まるで怒りでもぶつけているかのような、そんな視線だ。


「アルアさん、あとでニャンコを抱かせてください! 俺、もう我慢できません!」


 嫌な予感を覚える。しかし、それはニールの暴走によってかき消されてしまった。


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