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それでも我輩は君に笑いかけよう  作者: 小日向 ななつ
第1章 悪い奴は何度でも
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不吉はどんな時でも

 パラリ、と本がめくられる。ただ静かに、ロキはリディアと呼ばれた少女の読書を見守っていた。

 話しかけるタイミングを一応伺ってみる。だが、一切そんな隙は見えなかった。


「ねぇ」


 ロキが少し視線を外した瞬間だった。リディアが声をかけてきたのだ。

 思わず「なんだ?」と返事をするロキ。するとリディアは本を閉じ、視線をロキへ向けた。


「しゃべれるんだ」


 とても不思議そうな顔をして、リディアは見つめていた。


「人間だったからな。今はこんな見た目だが」

「ふーん。その感じだと、記憶は残っているみたいね」


 ロキはその意味ありげな言葉に、思わず怪訝な顔をした。するとリディアは立ち上がり、ロキに近づいていく。


「人は、ううん魔法が使える生物は死ぬと魔石になる。それはわかるよね?」

「当たり前だ。我輩をなんだと思っている?」

「マギカドールは、その魔石をコアにしている。でも、魔石は元々死んだ生物。生前のそれとは違って、何かしらの障害が残るの。人の場合は、記憶障害が多い。でも、あなたはそれがあまりないように見える」


 その話を聞いたロキは、まさかと考える。

 何らかの障害。それはもしかすると、我輩と言ってしまうことではないだろうか、と。


「それにしても、変な口調ね。どこか偉そうというか、古風というか」

「気にするな。昔からだ」


 決して障害のせいだとは言えない。なぜなら恥ずかしいから。

 ロキはリディアから視線を外した。何気なく椅子に目を移すと、そこには一つの小説が置かれていた。


「リベレアの騎士、か」


 そのタイトルはロキにとってとても懐かしいものだった。

 幼い頃、たまたま父親がしまい忘れた本があった。それを覗いたロキは、時間を忘れて読みふけったのだ。


「いいものを読んでいるな。それは我輩も好きだぞ」

「ふーん、そう」

「魔王によって荒れ果てた世界。一人の賢者が何もかも未熟な騎士を育て、共に魔王を討つという物語だったな。我輩が幼い頃、よく読み返したものだ」


「それって、どのくらい前なの?」

「そうだな、だいたい二十年ほど前だ」


 よく父親の本棚から持ち出しては、母親に見つかって怒られていた。取り上げられては泣いて、そんなロキを妹が慰めてくれていた。

 懐かしい幸せな日々。もう戻ることもない時間に、ロキは思いふけっていた。


「結構前のものなんだ」

「お前、その小説は好きか?」

「嫌い。とても、ううん大っ嫌い」


 それは思いもしない言葉だった。ロキは思わず「どうしてだ?」と訊ねてしまう。するとリディアは、その理由を口にし始めた。


「重なるの。この魔王と、お母さんが」


 リディアはゆっくりと本に目を向ける。その嫌悪感を抱いたような目つきは、とても冷たいものだった。


「魔王は、みんなを幸せにしようとしていた。死んだ人を生き返らせて、幸せを取り戻そうとしていたの。でも、それをみんなが怖がった。考え方がおかしいって言って、魔王に仕立てられた。それが、とても嫌」


 確かにリベレアの騎士に出てくる魔王は、人の幸せを望んでいた。だが、結果的に蘇生は失敗し、さらに世界を荒れ果てさせてしまった。

 魔王が死ななければ、世界は戻らない。しかし、目的を遂げていない魔王は死ぬことを望まなかった。


「そうか。お前はまだ、途中までしか読んでないようだな」


 だが、ロキはその先を知っていた。知っているからこそ、怒りをむき出しにしているリディアに、諭した。


「そこで読むのをやめたら、もったいないぞ」


 リディアはロキに鋭い視線を向ける。

 何をそこまで思わせているのか、ロキにはわからない。だが、予測はついた。


「アルアも、その魔王のようになれたらいいな」


 ロキはそんな言葉を残してベッドの上に乗る。そして猫らしく、身体を丸めた。

 大きなあくびを一つ零し、そのまま眠ってしまう。


「何バカなことを言っているの?」


 リディアはロキの言葉の意味がわからなかった。絶対に魔王は、悲しい最後を迎える。そう思えるからロキを侮蔑した。

 しかし、それでも頭から離れない言葉がある。


「もったいない、か」


 リディアは本に目を移した。そして、静かに手にとって、椅子に座ると同時にまた読書を始める。

 ロキの言葉を、疑いながら。



◆◆◆◆◆



「なかなか悪くない感触だ」


 部屋の外。二人の様子を見守っていたアルアが、そんな言葉を零していた。


「まあ、心地悪い時間が長かったが及第点だろう」


 アルアはそう言って、部屋の前から離れていく。ロキがどんな風に変わっていくのか。変わったロキは、人型の身体に値するものなのか。

 今から考えると、少し楽しみであった。


「さて、晩飯でも作ろうか」


 アルアは階段へと移動し、下りていこうとした。だが、進もうとした瞬間に一つの音楽が白衣のポケットから流れ出した。

 おもむろに取り出すアルア。そのまま青い魔石を耳に当て、通話を始める。


「誰だ? 今忙しいんだが?」

『そうですか。なら後で連絡をしますよ』


 アルアはその返答に、思わず唸ってしまう。

 相手はそんなアルアの反応に、思わず笑みを零していた。


「相変わらず、からかいがいがない男だな、ベネイス」

『それはどうも。それで、本当に忙しいですか?』

「晩飯を作るだけだ。用件だけなら聞いてやる」

『では、手短に話しましょう』


 ベネイスと呼ばれた相手は、一度咳払いをする。そして、アルアに用件を話した。


『また、暴走しました』

「まただと?」


 その言葉に、アルアの顔つきが険しくなる。ベネイスは、そんなこと知る由もなく内容を口にしていった。


『ええ、またです。そして、前回と引き続き魔石が砕け散っていました』

「目星はついてないのか?」

『ついていたら、あなたに連絡なんてしませんよ』


 アルアは思わずため息を吐いた。途方もなく天井を見上げ、そして重たい腰を上げた。


「わかった。私がそっちに出向こう」

『それは助かります。では、すぐに手配しましょう』

「そうしてくれ。ああ、あいつも連れていくからな」

『楽しみにしていますよ。では、王都で待っています』


 通話を終えたアルアは、思わずため息を吐いた。


「何事もなく、辿り着ければいいが」


 やることができた。

 それは、アルアにとって予定外の仕事でもある。


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