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それでも我輩は君に笑いかけよう  作者: 小日向 ななつ
第1章 悪い奴は何度でも
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残酷な終わり方

「くそ」


 光が届かない闇の中。ロキは狭苦しい通路を一人歩いていた。

 痛む右の腕を抑え、進んでいくと一つの明かりが目に入ってくる。そこに向かうと、三つのランタンが飾られた丈夫な門があった。


「ここに逃げ込むことになるとはな」


 ウンザリとしながら、ロキは指を鳴らして明かりがついてない二つのランタンに火を灯した。すると、門から解錠された音が耳に入る。確認するかのように、左手をゆっくりと門へ当ててみるロキ。すると門は、不思議に感じてしまうほど軽く動いた。

 ロキはそのまま中へと入っていく。門はそんな主を確認したのか、すぐに勢いよく閉じていった。


「全く、皮肉なもんだ」


 ライドに言われ、作っておいた場所。様々な道具と貴重品、金品に名簿を管理している金庫室で、ロキは笑っていた。


「あいつに言われて作った金庫室だが、まさかそんな場所で身を隠すことになるとはな」


 ロキは薄明かりに照らされている部屋を見渡した。しかし、目に入ってくるのはどれも粗末な紙束と、汚い布切ればかりだ。


「治療に使えそうなものはないか。まあ、仕方ないことだがな」


 ロキは少しだけ顔を歪ませた。目を右腕に移すと、そこから大量の血が流れ出ている。

 このままでは死ぬ。だが、使えそうなものはない。


「あまり使いたくなかったが」


 ロキはゆっくりと目を閉じる。そして、首から下げていた赤い魔石を左手で握った。

 ゆっくりと、呼吸を整えながら、集中していく。すると途端に、ロキの胸元が赤く輝き始めた。


「〈おぼろげな夢よ〉〈覚めつつある目よ〉〈我が泡沫なる望みを叶え〉〈再び眠りにつかん〉」


 その淡く赤い光は、ゆっくりとロキの身体を包み込んでいく。そして徐々に、右腕の傷を塞いでいった。

 ロキはゆっくりと目を開く。握っていた魔石を離し、傷の治り具合を確認した。


「悪くはないか」


 完治までは程遠いが、現状を考えれば上出来だった。しかし、無理なことをすればすぐに傷口は開くだろう、と考える。


「うっ……」


 立ち上がろうとした瞬間、強烈なめまいが襲ってきた。思わず目頭を抑えるが、すぐに消える様子はない。


「くそ、だから嫌なんだ」


 ロキはふらつきながら立ち上がる。とても不機嫌そうにしながら、ゆっくりと壁を伝っていった。

 ふと、ロキの目にとても古い靴が目に入ってきた。それはロキにとって、忘れたくとも忘れられないものだ。


「あいつが生きていれば、どう思っただろうか?」


 懐かしい目をしながら、ロキは静かに呟く。

 とても小さく、リボンのような飾りをつけられた靴。ガルディラ戦争によって死んでしまった妹のものだ。


「あの戦争は、何もかもを捻じ曲げたものだったな」


 ロキは憎々しく言葉を零した。思い浮かぶのは、どれも悲惨な光景だ。

 敵兵から自分達を守るために犠牲となった母親。

 物価の上昇のせいでろくに食べることができず、死んでしまった妹。

 戦場に駆り出され、帰ってくることはなかった父親。


 家族はみんな、ロキを置いて死んでしまった。一人で、苦しい生活をして、時には殴られ殺されかけたこともあった。そんなロキを見かねた一人の騎士が、ロキを拾ってくれた。


 だが、ロキに与えられた仕事は汚れていた。嫌だといっても、全ては国のためと言って自分を騙す。戦争が終わっても、平和のためと嘘を言い続けた。

 だからロキはウンザリした。このままでは壊れると思って、騎士団を離れた。しかし、汚いことしか学んでこなかったロキは、結局汚いことをして生きるしかなかった。


「全く、嫌な場所だ」


 憧れや理想を言うだけでは生きてはいけない。

 それを叶える力と意志を、持ち合わせないと望みは叶わない。

 ロキはその事実に、ウンザリとした。目を逸らし、薄明かりを作っているランタンに舌打ちをする。


「あの子は、生きているだろうか?」


 ふと、片隅に追いやられていた約束を思い出した。名前を知らない少女。また会おうと約束した人が、どうなっているのか気になった。

 もし、ここを無事に出られたら。そんな考えをしている時だった。


「アハハ、アハハハハ!」


 聞き覚えがある歪な笑い声が、耳に入ってくる。直後、金庫室を守っていた門が、勢いよく弾け飛んだ。


「チィッ」


 気づかれた。

 ロキは即座に向かい打つことを考える。だが、それよりも早くそれは動いた。


「ロォオォオオオォォオアアァァァァァ」


 赤く輝く瞳。それは残光を残し、一気に距離を詰めてくる。

 想像以上の速さに、ロキはすぐに判断を下せなかった。


「アハハ、シネ」


 その僅かな思案が、ロキの命運を終わらせる。

 言葉にならない声を、ロキは零してしまった。胸に走る痛みが何なのかわからず、抑えようとする。だが、そんなロキを人形は笑った。


「コロした、コロした、コロしてやった!」


 笑っている人形の顔から、視線を下に向ける。するとそこには、一つの腕があった。その腕を辿っていくと、それはロキの胸に突き刺さっている。


「く、そ……」


 状況を理解したロキは、その腕を掴んだ。しかし、力が入らない。


「死んで、たま、るか!」


 ライドがくれた命。それを無駄にする訳にはいかなかった。

 例え汚いことしかできなくても、こんなところで終わりたくなかった。

 しかし、それはもがくロキを嘲笑う。


「イキテル? イキテル! ジャア、シンデ」


 ニッと笑ったそれの腕から、魔法陣が広がった。黒く染まったそれは、ロキの身体にまとわりつく。


「う、あ……」


 少しずつ、体温が失われていく。まるで力を奪い取られているかのような、そんな感覚だった。


「アハハハハハハ!」


 楽しげに、無邪気な笑い声を上げる人形。だが、人形自身にも限界がきているのか、身体が崩れ始めていた。

 ロキは、そんな歪な声が響く中で目を閉じた。そしてそのまま、意識を失ってしまう。


 何もできないまま、闇に落ちていった。


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