赤く染まる奴隷人形
ライドとの連絡が途切れてから約四十分後。余計な連中の邪魔を弾き返しながら、どうにかアジトとしている拠点地へと辿り着いた。
闇が色濃く残っている森の中。来る者は拒み、出ようとする者を捕らえるそこには、美しい湖がある。場所にして森の中心だ。碧く澄んだ水は、泳いでいる魚が見えるほど美しく、それを飲みにやって来る動物も多い。その湖の傍らには、一つの古びた屋敷があった。
いつ崩れてもおかしくないと言える外観。中も同様にボロボロだ。そんな屋敷に住み着いたロキは、とある存在達と暮らしていた。
「これは……」
だが、それらは無残にもバラバラにされている。胸元にはめ込まれていた魔石も、粉々だ。
「こいつらをここまでやれるのは、熟練の騎士ぐらいだが――」
転がっている人形だった者達のなれ果て。かつて起きたガルディラ戦争の決戦兵器だったマギカドールを見渡し、ロキは言葉を失っていた。
「まさか、騎士団が押し寄せてきたのか? しかし、そうだとしたならニールがあんなことを言うはずがないが」
呟きながら進んでいくロキ。広がっているガラクタとなった人形達は、どれも静かに眠っていた。まるで人のようだ、と言葉を漏らす。しかし、それは人形達にとって皮肉としか言えない言葉だった。
「生きていればいいが」
ライドの姿を思い浮かべながら屋敷の中へと入る。広い空間を見渡しながら、ライドがいつもいる書斎へと向かった。
若干薄暗い廊下。ロキは目に入ってきた窓に目を向けた。そこには枝と葉が茂っている木々が並んでいる。
「少しは手入れをするように、命令しておけばよかったな」
少しだけ、悲しげに呟くロキ。しかし、今思っても遅い。
ロキは若干の寂しさを覚えながら、屋敷の奥へと足を踏み入れていった。
「しかし、誰がこんなことを。それよりもあの数のマギカドールを、どうやってあそこまでバラバラにできたんだ?」
あまりにも信じがたい現実を、ロキはまだ受け入れきれてなかった。
ロキに付き従うマギカドールは戦後、帝国から捨てられた者達だ。旧式とはいえ、その強さは現在市販されているマギカドールとは比べ物にならないほどのもの。それを短時間で、コアとなる魔石までも砕いたのだとしたら、相手はバケモノとしか言えない。
「嫌な予感しかしないな」
ロキは書斎の扉の前に立つ。ゆっくりと柄を掴み、扉を引いて開いた。
錆びついた音を響かせながら開かれる。するとその部屋の奥に、背中を壁に預けて目を閉じている少年らしい姿があった。
ブロンド色に染まった髪に、優男と思わせる細身。しかし、左腕は千切れ落ちており、さらに顔の外装が若干剥げていた。
「おい、ライド」
ロキは身体を揺らす。すると名前を呼ばれた人形は、静かに顔を上げた。
「ロキ、どうして……」
「何があった? 教えろ」
ライドは、躊躇うように少し顔を逸らした。だが、ロキのことをよく知っているせいか、すぐにため息を吐いて口を開く。
「バケモノが、来ました」
「バケモノ?」
「ええ、そうとしか言えません。なぜならそれは、私達の――」
ライドが何かを言いかけた瞬間だった。
それは、ライドの中で蠢き出したのだ。
「う、あぁ……」
「ライド!?」
「に、にげ、あぁ!」
ロキは、聞いたこともないような悲鳴を聞いた。思わずライドの肩を掴もうとする。しかし、ライドはそれを拒んだ。
「い、ヤ、だ。あ、アァあ、ああアぁアァあァァァッッ」
ロキを突き飛ばしたライドは、胸を抑えていた。懸命に、抗うかのように、叫び声を上げていた。
その姿は見たことがないもの。だからなのか、ロキは思わず息を吸うのを忘れてしまった。
「ロキ、にげ、て、くだ――」
ライドは、泣いていた。ロキはその姿に、言い知れぬ何かを感じた。
それは恐怖なのか、それとも単なる怒りなのか。何にしてもロキにとって嫌悪感を抱く感情だった。
「バカなことを言うな」
ロキは知っている。この感情に従ってはいけないことを。
ロキは経験している。この感情は自分を奮い立たせる起爆剤だということを。
「お前がいなくなったら、誰が名簿を管理する? 俺のために諦めるんじゃない、ライド!」
ロキは立ち上がる。またあの悲しみを、あんな経験をしないために。
「お前は、家族だ! だから俺を置いていくな!」
ロキは指を鳴らす。直後、ライドの足元にあった影が身体に絡みついた。しかし、その影は簡単に引き千切られてしまう。
「チッ」
思った以上に効力がない魔法に、ロキは舌打ちをした。
ライドはそんなロキを見て、右手を勢い良く向けた。数秒後、突き出された右手を中心に赤い光の円陣が展開する。
「ろぉおぉおぉぉおおおぉああぁぁぁ」
言葉になっていない何かを叫ぶライド。直後に赤い魔法陣は弾け飛ぶ。
砕けた魔法陣は、刃となって飛び散っていく。無造作に、無作為に、あまりある勢いのままに。
「〈我が盾は強固にして絶対〉〈我が鎧は強靭にして絶大〉〈ゆえに我は倒れん〉」
ロキは、羽織っていたローブを掴み、投げ捨てて魔法を発動させた。広がったローブは、飛びかかってきた赤い刃を受け止める。
「やめろぉぉ!」
だが、ライドは叫んだ。しかし、その顔は勝ち誇ったかのように笑っていた。
ロキはその言葉と表情で、相手が何をしようとしているのか気づく。
「オソイ!」
ライドから放たれる歪な声は、笑っていた。
直後、赤い刃が光り輝く。それは一気に膨張し、そして破裂した。
「アァ、アァァ――アハハ、アハハハハ――」
燃え上がる屋敷。その中心で、ライドは苦しそうにしていた。
悲しいのか、楽しいのか、わからないような笑顔を浮かべていた。
「コロした、コロした! アハハハハ!」
無邪気な笑い。そんな恐ろしい言葉を口にしながら、ライドの身体は崩れ落ちていく。
現れた魔石は二つ。白い魔石と黒い魔石だ。その二つのうち、白い魔石は砕け散っていった。
「この身体もダメでしたか。まあ、目撃者を消したのでよしとしましょう」
赤く燃え上がるその中心に、呟く存在がいた。それは転がっている黒い魔石をゆっくりと拾い上げる。
「かなりの数だったので期待したのですが、やはり思ったようにはいきませんね。さて、次はどうしますか」
黒い魔石を胸ポケットに入れたそれは、軽く手を叩く。すると風が発生した。その不思議な風は、赤く燃えている炎を途端にかき消していく。
「ん?」
炎が消え去った後、それは思いもしないものを見つけてしまう。
闇が広がる四角形の穴。中には階段があり、人一人なら通れそうな大きさだった。
「案外、しぶといようですね」
それは楽しげに笑う。そしてゆっくりと視線を上げた。
その目に入ってきたのは、ほぼ無傷のマギカドール。見た目は幼くかわいげがあるものだった。
「この際、身体はどうでもいいですよね? ねぇ、ナルディ」