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それでも我輩は君に笑いかけよう  作者: 小日向 ななつ
第6章 それでも君に笑いかけよう
36/37

我輩はロキである

 生命は、一つ。対価となるものは、二つ。


『イヤダ、イヤダァァ!』


 一つは大きな声で、叫んでいた。懸命に迫りくる死から逃れようとする。だが、どうすることもできないまま何かに絡め取られてしまう。


『アァ、アァ!』


 引き寄せられていく生命。牙を剥き出しにした〈何か〉は、一度だけ舌で唇を舐め回した後、暴れているそれを口の中へと放り込んだ。

 言葉にならない悲鳴が口の中で響いていた。何度も、何度も襲いかかってくる痛みが、生命を削っていく。


『ワタ、ワ、タし、は――』


 何かを言いかけた瞬間、何かは飲み込んだ。途端に声は聞こえなくなり、そんなことを気にすることなく何かは満足げにお腹を叩いていた。

 ふと、何かはもう一つの生命に目を向ける。それは先ほどのものとは違い、真っ赤に染まっていた。ゆっくりとそれに近づき、何かは掴み取る。

 しかし、それは暴れる様子を見せなかった。まるで食べられるのを待っているような、そんな様子が伺えた。


『いいよ』


 真っ赤な生命はそんな言葉を放った。すると何かはゆっくりと口に運び始める。

 何もかもが終わる。それを素直に受け入れた真っ赤な生命は、ただ静かに腹の中へと入っていく。

 そう、一人の友達のお腹の中へと。


◆◆◆◆◆


「なんてことだ……」


 クロードは思わず言葉を吐き出した。

 リディア、そしてレイティの生命が消える。代わりに現れたのが、見覚えがある男だった。

 なびく黒い髪。黒いマントと鎧は、その騎士の本来の姿。かつて英雄と共に戦い、戦争を終わらせた名もなき英雄は、静かにクロードを睨んでいた。


「あいつめ!」


 レイティを失ったクロードは、ただ叫ぶしかなかった。やるべきことは何なのか、やらなければいけないことはどんなことなのか。


「殺してやる!」


 答えはすぐに出た。自分の大切なものを奪い、復活したロキ。それを殺さなければ気が収まらないのだ。

 叫びながら、持てる魔力を放ちながら飛びかかっていく。しかし、ロキはそんなクロードに哀れんだ視線を送った。


「もう、伝説は終わりだ」


 白い魔法陣が足元に展開される。それが一瞬にして煌めき、世界を真っ白に包んだ。

 その白は、クロードの魔力どころか何もかもを奪い取っていく。レフティに対する想いも、しがみついてきた執着も。


「嫌だ、嫌だ!」


 なぜ、こんなにも執着してきたのか。

 クロードは忘れていた。しかし、奪われかけて思い出す。かつて抱いた恋心というものを。


「忘れたくない、こんなことでぇぇ!」


 何度も蘇らせようとした。だけど、そのたびにレフティは変わっていった。

 いつしか蘇らせることだけが目的となり、そして――


「もう休め」


 クロードは、何度もこの記憶を赤の他人へ引き継がせていった。

 断ち切られていく想い。何もかもが終わっていく中、クロードの意識は消えていった。

 もし、願いが叶うならば――私はまたレフティに恋をしたい。

 そんな声にならない言葉を、残して。


「…………」


 倒れている少年。それを見下ろしながら、ロキは空を仰いだ。

 降り注ぐ白い光の雪。それは何もかもを奪い取る。魔力も、想いも、肉体も、生命も。

 止めるには、ロキが死ぬしかない。わかっているからこそ、ロキは実行しようとした。

 しかし、それを止める存在がいる。


「ロキ」


 アルアが静かに読んだ。だが、ロキは振り返ることはない。

 ただ、ただ足元に魔法陣を展開させる。


「奪い返してくる」


 その言葉の意味を、アルアは一瞬わからなかった。しかし、すぐに理解する。

 ロキは知っている。自分は奪うしかできないということを。だからこそ、自分の生命を使ってリディアを奪い返してくるのだ。


「お前………」

「何、上手くやる」


 魔法陣が輝く。

 失ったものを取り返すために、ただ一緒にいるために。

 ロキは肉体を捨てた。


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