我輩はロキである
生命は、一つ。対価となるものは、二つ。
『イヤダ、イヤダァァ!』
一つは大きな声で、叫んでいた。懸命に迫りくる死から逃れようとする。だが、どうすることもできないまま何かに絡め取られてしまう。
『アァ、アァ!』
引き寄せられていく生命。牙を剥き出しにした〈何か〉は、一度だけ舌で唇を舐め回した後、暴れているそれを口の中へと放り込んだ。
言葉にならない悲鳴が口の中で響いていた。何度も、何度も襲いかかってくる痛みが、生命を削っていく。
『ワタ、ワ、タし、は――』
何かを言いかけた瞬間、何かは飲み込んだ。途端に声は聞こえなくなり、そんなことを気にすることなく何かは満足げにお腹を叩いていた。
ふと、何かはもう一つの生命に目を向ける。それは先ほどのものとは違い、真っ赤に染まっていた。ゆっくりとそれに近づき、何かは掴み取る。
しかし、それは暴れる様子を見せなかった。まるで食べられるのを待っているような、そんな様子が伺えた。
『いいよ』
真っ赤な生命はそんな言葉を放った。すると何かはゆっくりと口に運び始める。
何もかもが終わる。それを素直に受け入れた真っ赤な生命は、ただ静かに腹の中へと入っていく。
そう、一人の友達のお腹の中へと。
◆◆◆◆◆
「なんてことだ……」
クロードは思わず言葉を吐き出した。
リディア、そしてレイティの生命が消える。代わりに現れたのが、見覚えがある男だった。
なびく黒い髪。黒いマントと鎧は、その騎士の本来の姿。かつて英雄と共に戦い、戦争を終わらせた名もなき英雄は、静かにクロードを睨んでいた。
「あいつめ!」
レイティを失ったクロードは、ただ叫ぶしかなかった。やるべきことは何なのか、やらなければいけないことはどんなことなのか。
「殺してやる!」
答えはすぐに出た。自分の大切なものを奪い、復活したロキ。それを殺さなければ気が収まらないのだ。
叫びながら、持てる魔力を放ちながら飛びかかっていく。しかし、ロキはそんなクロードに哀れんだ視線を送った。
「もう、伝説は終わりだ」
白い魔法陣が足元に展開される。それが一瞬にして煌めき、世界を真っ白に包んだ。
その白は、クロードの魔力どころか何もかもを奪い取っていく。レフティに対する想いも、しがみついてきた執着も。
「嫌だ、嫌だ!」
なぜ、こんなにも執着してきたのか。
クロードは忘れていた。しかし、奪われかけて思い出す。かつて抱いた恋心というものを。
「忘れたくない、こんなことでぇぇ!」
何度も蘇らせようとした。だけど、そのたびにレフティは変わっていった。
いつしか蘇らせることだけが目的となり、そして――
「もう休め」
クロードは、何度もこの記憶を赤の他人へ引き継がせていった。
断ち切られていく想い。何もかもが終わっていく中、クロードの意識は消えていった。
もし、願いが叶うならば――私はまたレフティに恋をしたい。
そんな声にならない言葉を、残して。
「…………」
倒れている少年。それを見下ろしながら、ロキは空を仰いだ。
降り注ぐ白い光の雪。それは何もかもを奪い取る。魔力も、想いも、肉体も、生命も。
止めるには、ロキが死ぬしかない。わかっているからこそ、ロキは実行しようとした。
しかし、それを止める存在がいる。
「ロキ」
アルアが静かに読んだ。だが、ロキは振り返ることはない。
ただ、ただ足元に魔法陣を展開させる。
「奪い返してくる」
その言葉の意味を、アルアは一瞬わからなかった。しかし、すぐに理解する。
ロキは知っている。自分は奪うしかできないということを。だからこそ、自分の生命を使ってリディアを奪い返してくるのだ。
「お前………」
「何、上手くやる」
魔法陣が輝く。
失ったものを取り返すために、ただ一緒にいるために。
ロキは肉体を捨てた。




