人として抗うココロ
白き光は、大切なもののために食い荒らす。
黒き光は、叶えた願いを守るために殴りかかる。
二つの光がぶつかり合う中、アルアは立ち尽くしていた。どうすればリディア救うことができるのか。どうすればロキの邪魔にならずに立ち回れるか。
しかし、考えてもそんな隙間はない。
「私の力だけでは……」
勝利条件があまりにも厳しい。
時間がなければ、その第一歩が踏み出せない状況に、アルアは奥歯を噛んだ。
ぶつかり合い、音が響くと同時に城が揺れる。このまま戦わせ続けてしまったら、いずれこの城は壊れてしまうかもしれない。
時間がない中、アルアは考えた。だが、一人でできることは限られている。
せめて身体が、もっとたくさんあれば。
そう考えた瞬間に、とあるガラクタが目に入ってきた。
「これだっ」
城にいる人々を守ろうとして、壊れてしまったマギカドール。手足は千切れ、挙句の果てに外装が剥がれ落ちている人形だ。
再起不能と言ってもいい存在に、アルアは駆け寄った。
「おい、生きているか?」
鎧を身にまとったマギカドールは僅かに頭を縦に振った。アルアはそれを見て、力強い眼差しを向ける。
「頼みを聞いて欲しい。もし飲んでくれるなら、今よりいい身体を与えてやる。いいか?」
マギカドールはアルアを見つめた。
それがどういう意味なのか、アルアは汲み取る。
「ありがとう」
口を開くアルア。その言葉を聞いたマギカドールは、ゆっくりと頷いた。
少しでも時間が稼げればいい。それをするには、多くの仲間がいる。だからこそアルアは、自分が作った存在にすがりつく。
それが例え、許されないことだとしても。
◆◆◆◆◆
圧倒的な黒が、ロキに牙を剥く。だが、ロキもまた絶対的な白を手に弾き返していた。
「死ね、死んじゃえ!」
リディアは笑いながら飛びかかる。その後ろからクロードがロキへ攻撃を放つ。
飛んでくる火球に雷撃、氷弾は、ぶつかり合うと大きな爆発を起こした。空間が燃え、痺れ、凍てつき、破壊される。崩れようとする空間だが、ロキが一度でも白い光を解き放つとそれは止まった。
しかし、徐々にだがロキがまとっている白い光は薄まっていた。それと同時に、ロキの顔に若干の疲労が浮かんでいた。
「厄介ですね。ですが――」
ロキはクロードへ突撃した。しかし、その突撃を遮るようにリディアが立ち塞がる。
笑いながら、楽しそうにしながら、「殺してやる」と叫びながら。
大きな舌打ちをしながら、ロキは床を踏みつける。途端に床はせり上がり、リディアはその勢いで後ろへと飛ばされた。
「その優しさが命取りですよ」
歪んだ口元が目に入ってくる。放たれる斬撃は、容赦なくロキの身体を切り刻んだ。しかし、その斬撃すらもなかったことにする。
睨みつけるロキ。少しずつだが、その顔には余裕がなくなっていた。
「どうやら、防御には向いてないようですね」
クロードはそれを見て、勝ち誇ったかのように笑っていた。
ロキは静かに自分の右手を見る。真っ白だったそれは、いつの間にか元の色に変化しつつある。身体に襲いかかってくる気だるさが、時間切れに近づいてきていることを知らせていた。
とても参った状況だ。もし、あと数回攻撃を受けてしまえば〈ミスティック・イーター〉の効果が切れてしまう。
それよりも、時間のほうが問題だった。
「あと五分。持ってそのくらいでしょう?」
クロードはゆっくりと、見下ろしていた。ロキはその言葉に、思わず顔を強張らせてしまう。
わかっている。些細な変化でも、情報を与えてしまうことなど。だが、わかっていてもどうしようもないことがある。
「捕まえた」
僅かな動揺。僅かな隙。
それは、相手に絶好の機会を与えてしまう。
「リディア!」
「いい顔しているね、変態猫さん」
ロキの身体を拘束するその力は、とても弱々しい。そして、白い光がリディアへ襲いかかっていく。
徐々に、徐々にリディアの何かがロキの中へ入ってくる。様々な光景が頭の中へ映り込んでいく中、ロキは叫んだ。
「離せ! 我輩は、貴様を壊したくない!」
振りほどくことが、できなかった。
弱い力なのに、躊躇ってしまう。
「いやだ。私は、あなたを殺すんだから」
しかし、リディアは笑っていた。儚げに、ただ笑っていた。
それは何を意味しているのか、その時はわからなかった。
「あなたを、殺すんだから。殺してやるんだから」
溢れてくる涙。リディアはそれに気づいていない。
ただ弱々しく抱きしめて、泣いているだけだ。
「貴様……」
「わた、しは、あなたを――ころ、したくない、よ……」
それは、本当のリディアの言葉。それに気づいたロキは、抵抗するのをやめた。
泣いているのは、リディアだけなのか。それとも、違う何かも泣いているのか。
わからないまま、静かに前を見た。
「茶番はそこまでですよ」
だが、何も気づいていないバカがそこにいた。
黒く染まる光。それを解き放ちながら、薄気味悪く微笑んで詠唱する。
「〈赤黒く染まりし炎よ〉〈全てを飲み込みし黒炎よ〉」
燃え上がるのは黒い何か。徐々に赤を帯び、唸り声を上げる。
それはクロードの何を示すのか。誰かが答えなくても、ロキはわかっていた。
「〈己がのために喰らいつけ〉〈彼のために食い荒らせ〉」
全ては、己の願いのために。
全ては、何かの望みのために。
だがそれは、本当に叶えるべきことだったのか。
「〈さすれば永久に消え去らん〉――ヴァーラ・グラトニー!」
永遠に消え去らない欲望を満たすために、魔法は暴れ食らう。
「貴様はバカだ」
何もかもが飲み込まれようとした時、ロキは冷めた視線を送った。
泣いているのは、リディアだけじゃない。
わかっているのか、わかっていないのか、問い質したい気分だった。しかし、そんなことはどうでもよくなる。
今はただ、感情に従って、迫る脅威を喰らい尽くすのみだ。
「大切なものが泣いていることに、気づかない愚か者だ!」
僅かに残っていた力。それは、リディア達を守るために使われる。
例えこれが計算されていたことだとしても、ロキは黙っていられない。
「守るべきもののために、食い尽くせ――ミスティック・イーター!」
ぶつかり合う白と黒。
互いの信念に基づいて喰らい合った二つは、大きな爆風を生み出した。
それは、城を包んでいた黒い光が、吹き飛ばされるほどのすさまじいものだった。




