かつて仲間だった人形は
『クロード。それがベネイスの師であり、この騒ぎを起こした元凶だ』
青い羽を持つハトは、そう言葉を口にした。
ハトの後ろを追いかけるロキ。溢れてくる好奇心に任せていろいろと訪ねようとしたが、それよりも優先しなければいけないことがあった。
「なぜ、そいつがこんなことを?」
『クロードは元々、蘇生に関しての研究をしていた。その過程で発見されたのが魔導器官、そして魔法だ。だが、見つけた力も法則も、クロードが求めている願いを叶えてくれなかった。まあ、ここから推測だが、あいつはマギカドールに可能性を見出したんじゃないか?』
ロキは納得しかけた。だが、マギカドールでの蘇生には致命的な欠陥がある。
それを知っているからこそ、ロキは青いハトに問いかけた。
「マギカドール、いや魔石になると人間の場合、ほとんどが記憶障害を起こす。例え生き返らせたとしても、そいつが求めた存在にはならない可能性があるぞ?」
『ああ、俺もそう思う。あの野郎の性格から考えれば、完全な状態の蘇生を目指すだろうな』
ハトは、苦々しく舌打ちをしていた。
起源となった魔法使い。それがこの騒動を起こした存在だ。それを考えるだけで、とても嫌な気分になった。
『まあ、いずれ決着をつけないといけなかったからな。何にしても、ようやく尻尾を出したんだ。どんなことがあっても、決着をつけてやる』
青いハトはとても張り切っていた。覚悟と決意が灯った瞳は、一体何を示すのか。
ロキは敢えて訊ねることはせず、静かに前を見る。
「それにしても、不気味だな。元からあそこはあんな感じだったか?」
目に入ってきた王城。それは漆黒と言える光に包まれていた。
肌に伝わる禍々しさと冷たさ。もし人間の身体だったら、近づいただけで凍てついてしまうかもしれない。そう思えるほどのものだった。
『あれは結界だな。おそらく、敵対者にはひどく効果的なものだろうよ』
「解除する方法は?」
『発動者の意識を刈り取るしかない』
「聞いた我輩がバカだった」
だが、やるべきことは決まった。ロキは視線を王城に向け、突き刺す。そして、一つの呪文を唱えた。
「〈天より下りし雷よ〉〈全てを貫く天槍よ〉」
始まりは静かに。だが次第に青々しい火花が身体から溢れていく。
「〈神の元へ帰る時が来た〉〈待ち焦がれた時が来たのだ〉」
その火花は、右手へと集まっていった。そして、それは一つの槍へと変質していく。
「〈さあ天空へと舞い戻ろう〉〈我が翼と共に〉」
青き雷の槍は、雄叫びを上げた。ロキはそれを聞くや否や、叫んだ。
「貫け――ライジング・アクラレイド!」
青き雷槍は、風を突き抜けていった。そのまま黒く染まった王城の壁へと突き刺さる。
途端に黒は弾けた。遅れて雷槍は、力を一気に解放した。飛び散る雷は、飲み込もうとする黒き光を激しく攻撃する。
『こりゃまた、大層な魔法だ』
ロキはハトの言葉を気にせず、突き進んだ。
ロキが放った魔法は確かに強力だ。だが、相手が貼った結界はそれ以上に恐ろしい。そう感じるからこそ、ロキは急いだ。
だが、そんなロキの前に立つ人形がいた。それは、ロキが見知っている存在だ。
「ここは、通行止めです」
ロキはつい顔を険しくさせた。だが、目の前に立ったメイド服を来たマギカドールは、ただ静かに見つめる。
「何の真似だ、フィローネ?」
「言った通りです。ここからは一歩も通しません」
ロキは静かにフィローネを眺める。右手にある愛用のレイピアは、鋭く光を放っていた。その切っ先をロキに向けるフィローネは、ただ静かに睨んだ。
「死んでください、ロキ様」
レイピアが僅かに揺れる。直後、フィローネはロキの懐へと入っていた。
ロキは思わず身体を反転させて逸らそうとする。しかし、気がつけば背中に痛みが走っていた。
「遅いですよ、ロキ様」
振り返ろうとした瞬間に、フィローネは目の前で不敵に笑っていた。
ロキはその笑顔に思わず舌打ちをする。だが、そうしている間にもフィローネの姿は消えていた。
「小賢しい」
思わず出た言葉。しかし、フィローネが本気で殺しに来ていることを、ロキは理解した。
そして同時に、気づいたこともある。
「お前は、甘すぎる!」
頭に振り下ろされるレイピア。だがそれが、振り下ろされる寸前にロキは睨んだ。
直後にレイピアが弾かれ、勢いよく飛んでいった。
「え?」
気の抜けた声が耳に入る。ロキはそれを聞くや否や、フィローネの首を掴んだ。
フィローネはロキの腕を払おうとする。だが、その手はあまりにも力が弱々しかった。
「なぜ、迷った? 貴様なら対応される前に、我輩を殺せただろ?」
「迷ってなど、いません!」
「嘘をつくな! ならばなぜ、我輩は生きている!」
怒号に似た問いかけ。フィローネはそれに、微笑んだ。
「殺せませんよ。あなたは、恩人なんですから……」
気づいていた。行き場のないフィローネの居場所を作ったのは自分だということを。
気づいていた。もう自分にはフィローネの居場所を提供できないことを。
だが、フィローネはそれでも笑っていた。わかっているからこそ、ロキの想いに答えたのだ。
「バカ野郎」
殺せる訳がない。
仲間を、見捨てることなどできなかった。
「一回、反省していろ」
ロキは、指を鳴らした。するとフィローネの足元にあった影が伸びる。その影は、フィローネの手足を拘束していった。
「ロキ様!」
「その呼び方はやめろ。我輩はお前の――」
「嫌です!」
フィローネはただ力強く見つめていた。その顔は、とても美しい。
「何度でも、叫びます。あなたは私の、恩人です!」
ロキは堪らずため息を吐いた。だが、その顔はどこか嬉しそうでもあった。
「おい、ハト」
『ハジャだ。なんだ、何か用か?』
「こいつを守ってくれ」
『ハァ?』
「あとでいいものをやる。悪くない条件だろ?」
青いハトは唸った。だが、すぐ『わかったよ』と返事をした。
ロキはフィローネから視線を移す。黒い光を広げていた雷槍の力が弱くなっているのか、穴が小さくなっていた。
「ロキ様」
ロキが向かおうとした瞬間、フィローネが呼び止めた。振り返ると、そこにはいつものフィローネの顔があった。
「ご武運を」
ロキは何も答えない。そのまま視線を城へ向け、足を踏み出していった。




