騎士としての誇り
高く昇った太陽は大地を照らし出していた。草が無造作に生い茂る道を辿るロキ。次の目的地である地方都市ジャンジャラへと向かっていた。
『着信、着信、着信――』
ふと、白い魔石から音が溢れた。ロキは懐から取り出し、耳に当てる。
何気なく「〈どうした?〉」と口にした。しかし、通話相手であるはずのライドから返事は来ない。
「〈おい、ライド?〉」
『ロ、キ……、に――、さ、い』
「〈聞き取れん〉〈何を言っている?〉」
『こ――、では、わた――、こ……』
ロキは思わず目を鋭くさせた。白い魔石を懐にしまい、駆け出し始める。
「くそ、下手を踏みやがって!」
反吐が出るような言葉だ、と思いながら舌打ちをする。一刻でも早くアジトへ戻ることにしたロキ。しかし、今いる場所から拠点にしているアジトまでは遠い。普通に急いではどんなに早くても三十分はかかってしまう。
だからこそ、普通ではない方法で急ぐのだ。
「〈天馬よ〉〈我が契約の名の下に〉〈駆けよ!〉」
ロキの胸元が青く輝く。呼吸と合わせて紡がれた言葉が放たれると、その光は白く変色して弾け飛んだ。ロキに合わせながら形作っていく光。徐々にだが、白い馬へと変化していった。
「ファロン、遅いぞ」
『目的地は?』
「拠点だ。急げ」
ファロンと呼んだ白馬に、駆けながら乗り込む。ファロンはロキがしっかりと背中に乗ったことを確認し、一気に速度を上げた。
『何があった?』
「わからん。わかったら後で教えてやる」
風を切り、大地を蹴って進んでいく。
だが、こんな忙しい時に何かがロキの頬を掠っていった。若干の痛みを感じながら前方を注視する。するとそこには、とても厄介な集団が待ち受けていた。
「チッ、こんな時に」
赤い兜に、赤い鎧。火竜を模ったペナントを掲げたその赤い騎士集団は、弓を引き絞ってロキに狙いをつけていた。
「放て!」
マントを羽織った騎士が、指示を下す。部下と思われる者達は、その指示に従い矢を放った。矢はまるで、雷の如く翔けていく。狙いも正確で、多くの矢が直撃しそうだった。
だが、ロキはそんな矢を睨みつけた。すると矢の勢いは急激に失われ、静かに落ちていった。
「退け!」
焦りと怒りが混じった叫び声をロキは発する。しかし、騎士集団は気にかける素振りすらしなかった。
新たな矢を取り出し、ロキに狙いをつける騎士集団。弓を再び引き絞った瞬間、それは赤く発光した。
『ロキ、攻撃される前にどうにかしろ! あれはお前でも防ぎ切れない!』
ファロンが何かに気づき、ロキに叫んだ。だがその直後に矢は放たれてしまう。
赤い光をまとった矢。その矢を睨みつけるロキだが、止まらない。
『ちぃっ!』
見かねたファロンが、無理矢理態勢を変えた。だが、そのせいかロキは転げ落ち、さらにファロンの胴体に矢が突き刺さってしまう。
『ぬあぁぁっ!』
赤い光が弾ける。途端にファロンが燃え上がった。
枯れ葉でも燃えているかのような勢いだった。
「ファロン!」
ロキは思わず叫ぶ。だが、混乱しそうな頭をどうにか落ち着かせ、叫んだ。
「もういい、帰れ!」
業火に飲み込まれているファロンは、その一言によって白い光へと変化していく。霧散して空間へ散らばっていったファロンを見送り、ロキは思わず胸を撫で下ろしていた。
「案外、優しいな。ロキよ」
その厳つくふてぶてしい声に、ロキは思わず睨みつけてしまった。
マントを羽織った赤い騎士。それはロキのかつての同僚だ。
「ニール、ヴェニタス騎士団はいつから、そんなに暇になった?」
「俺達はいつも多忙だよ。それとも、忘れたのか?」
「ああ、忘れたさ。その無能っぷり以外はな」
ニールは困ったように首を振る。ふと、一人の騎士がロキに矢を向けていた。それを見つけたニールは「まだいい」と言い放ち、構えを解かせた。
「ロキ、かつての同僚として聞いて欲しい話がある」
「悪いが、今はそんな時間はない」
「いいから聞け。もし、もしもだ。お前が俺たちの元へ帰ってくるなら、今までの行いを不問にしてやると、国王に言われている。騎士団長もお前に戻ってきて欲しいと言っているんだ。だが、どうしても嫌だと言ったら、俺達はお前を殺さなければならない。どんなことがあっても、お前の始末をしないといけないんだ」
「それがどうした?」
「いつまでもお前を見過ごすことができなくなったんだ。騎士団に戻るか、死んで魔石になるか。二つに一つだ」
ロキは、静かに相手を眺めた。どれもこれも、知らない顔ばかりだ。
準備は万端にしてきただろう。しかし、経験も腕も未熟そうに感じた。
「悪いが、急がせてもらう」
その言葉に、ニールは頭を抱えていた。
だが、どこか安心したかのように笑っていた。
「じゃあ、死んでくれ」
待機していた騎士が、一斉に弓を引く。その瞬間、ロキは指を鳴らした。
直後、騎士達の影が自身の身体に絡みついた。
「なっ」
「言っただろ。急いでいると」
ロキはさらに指を鳴らした。途端に騎士達は締め上げられてしまう。あまりにも強力な締め付けのためか、持っていた矢を落としてしまう。
赤い光によって、茂っていた草が燃え上がる。どんどんと広がっていく炎。それは未熟な騎士達を飲み込もうとしていた。
「ロキ、お前!」
「やはり貴様には効かないか」
「今すぐ魔法を解け!」
「断る。助けたければ、お前がどうにかしろ」
悲鳴を上げる騎士達。それを見たニールは、苦々しい表情を浮かべた後に、舌打ちをして駆け寄っていった。
「慌てるな! 自分の魔力を高めろ。これはそんなに強い拘束じゃない!」
助けて、という悲鳴が連呼される中、ロキは振り返ることなくその場を離れていった。
いち早く、拠点にいる奴隷を助けるために。