それが絶望へと変わる時
そこは、一切の光がなかった。
ゆっくりと開かれる瞼。アルアはおもむろに頭を抑えようとしたが、手が動かないことに気づく。感覚からして、両手が縛られている。しかも、何もできないように両方の親指までガッチリとされていた。
「お気づきですか?」
聞き覚えのある声が鼓膜を揺らした。同時に、まばゆい光が点灯する。
アルアは思わず目を瞑ってしまう。ゆっくりと、ゆっくりと視界がハッキリしてくると、アルアはその声の主を睨んだ。
「お前っ!」
マウロは楽しげにしながら見下ろしていた。
一度だけニッコリと笑いかける。それはひどく憎たらしい柔和な笑顔だった。
「そう怒らないでくださいよ。丁寧に扱いたいんですから」
「黙れっ。一体何のためにこんなことを――」
「人を生き返らせるためですよ」
アルアは思わず言葉を詰まらせた。マウロはそんなアルアを見て、ゆっくりと近寄っていく。
抱いていた希望を、叶えられなかった願いを語りながら。
「先ほども言いましたが、私の本当の名はクロードと言います。そうですね、わかりやすく説明するなら、生物には魔導器官があることを発見した男ですよ」
「原点の魔法使い〈クロード〉か。そいつは大昔に死んだ存在だ。それがお前だと?」
「ええ。そうですよ。と言っても、引き継いでいるのは記憶とこの魔石だけですがね」
「信じられるか。大体そんなこと、どうすれば――」
「説明はできますよ? でも、そんな説明をして、あなたは納得しない。だから敢えて言いましょう――これは、私の執念だ!」
その言葉は、力強かった。アルアはそれに気圧されてしまう。
マウロは黙り込んだアルアに笑みを浮かべる。そして、ゆっくりと顔を覗き込んだ。
「魔法は、万能のようでそうではない。特に〈癒やし〉においては全くだ。もし、擦り傷を魔法で回復させようとしても、そのリスクが大きい。下手をすると、人が一人死んでしまうでしょうね」
その恐ろしい笑顔は、何もかもを知っているかのような雰囲気が感じ取れた。
だが、同時に大きな違和感も抱いてしまう。
アルアはそれが何なのか探ろうとした。しかし、それを行う前にマウロは言葉を言い放つ。
「では、人一人を蘇生させるには、どれほどの犠牲が出るでしょう? 考えただけで、心も身体も震えてきますよ。下手をしたら国一つじゃ済まないかもしれません。だからこそ、あなたが開発したものはすばらしい!」
マウロはゆっくりと背中を向ける。そのまま一歩、二歩と踏み出すと、少しだけ振り返ってアルアに微笑んだ。
それは、確信に近づく問いかけだ。
「だからこそ知りたい。あなたが生み出した〈特別なマギカドール〉の構造を」
アルアの顔から血の気が引く。
眼の前にいる少年は、アルアが持つ秘密を知っている。だからこそ、反発しなければならない。
「そんなものは知らない」
絶対に守り通さなければいけないもの。
知っていても話してはいけない存在。
だが、マウロはその答えを待っていたかのように口元を歪めていた。
「そうですか。なら、この方に死んでもらいましょう」
パチン、と指がなる。直後に、闇で包まれていた隣が光で満たされた。
振り向くとそこには、アルアと同じように椅子に縛られているギルバートの姿がある。
「なっ」
アルアの思考が一瞬だけ、止まった。
そんなアルアの顔を見て、マウロは楽しげに微笑んでいた。
「言い忘れていました。この国は、もう私のものですよ」
全てが理解できないアルア。ただ、確実に言えることが一つだけあった。
それは、国王は敵だということだった。
「さて、アルアさん。これからご主人様を楽しみながら殺しますが、異論はありますか?」
アルアは、何を口にすればいいかわからなかった。
もし、下手なことを言い放てばそこを付け狙われてしまう。だが、何かを言わなければギルバートは無残な殺され方をする。しかし、簡単に求めている答えを教えてしまえば、アルア達は簡単に処理されてしまう。
僅かな時間と大きな動揺。混乱する頭の中をどうにか落ち着かせながら、アルアは何かを言い放った。
「ま、待て!」
その言葉を聞いたマウロは、勝ち誇ったかのように微笑む。ゆっくりと振り返り、そしてアルアへと問いかけた。
「何を待てばいいでしょうか?」
アルアは歯を食い縛る。
わかっている。わかってはいるが、打開策がない。
だからこそ、せめてという思いで賭けに出た。
「やるよ。お前が欲しがっているものを」
灯る炎。それは大きな賭けをしたアルアの覚悟。
だが、同時に計り知れない絶望が、そこにはあった。
「ふふっ、とてもいい目ですね。とても憎たらしくて、苛つく目です」
マウロはアルアに勝機ほぼないことを知っていた。だからこそ、その挑戦を受けて立つ。
アルアの顎に人差し指を添える。そして、ゆっくりと上げさせ、その挑戦的な顔を嘲笑った。
「ではいただきましょう。あなたの大切なものを」
アルアは笑う。圧倒的な力を前にして身体を震わせながら。
乱れる呼吸は、何を示しているのか知っている。今には流しそうな涙だが、懸命に我慢した。
もはやアルアには、できることはない。だからこそ、託した。
ロキという、一匹の黒猫に。




