星達のささやかな祝福
リディアは、突然現れたジェシカとなぜか勝負をすることになった。ロキはそれに呆れつつも、一緒に騎士団寮へと帰っていた。
「あんな約束をしてよかったのか?」
「構わない。それに、なんかムカついた」
リディアにしては珍しく感情を剥き出しにしている。だが、その表情はどこか楽しげにも見えた。
「まあいいが」
リディアがそれでいいのなら、余計な口出しだろう。そう考えてロキは視線を外した。
すっかり暗くなった空。本日は月が出てこないようで、星の輝きがとても眩しく感じられた。
「あっ」
ふと、リディアが声を上げて立ち止まった。ロキも少し遅れて立ち止まり、リディアが向けている視線に合わせる。
するとそこには、ニールの姿があった。
「何をしているんだろ?」
ニールはとても疲れたような顔をして、ベンチに腰を下ろしている。ロキはリディアに顔を合わせ、頭を傾けた。
そんなロキを見たリディアは、少し気になるのかニールのほうへと歩みだした。ロキはそんなリディアを追うようについていく。
「隊長」
「ん? ああ、リディアちゃんか。こんな時間に何をしているんだい?」
「これから帰るところ。隊長こそ何をしているの?」
「え? えっと、それはその……」
歯切れが悪いニール。何か悪いことをしたかのように見えてしまう。
リディアはそんなバツの悪い顔をするニールに、思わず頭を傾けてしまった。
「あー! 見つけましたよ!」
聞き覚えのある声が、怒声として耳に入ってくる。振り返るとそこには、カンカンに怒っているフィローネの姿があった。
ニールは思わず「ゲッ!」と声を上げる。すぐに逃げ出そうとするが、その寸前にフィローネが駆けた。
「今日という今日は食べてもらいますからね!」
フィローネはそう叫ぶと、どこから出したかわからないかぎ縄を投げ放つ。遅れて動き出すニールだが、足にかぎ縄が絡みついてすっ転んでしまった。
「さあ、観念するのです!」
「い、嫌だ! あんなの食べたくない!」
ズルズルと引き寄せられていくニール。状況を飲み込めていないリディアに「助けてっ」と情けなく叫んでいた。
「ああ、なるほどな」
しかし、ロキだけは何となく察しがついていた。
だからこそ、ニールに哀れみを送る。
「さあ、今日こそ私が作った極上で極楽になれるパスタを食べるのです!」
「やめてくれ! 自分で食事は作るから、もうやめてくれ!」
「嫌です! それじゃあ私が何のために、ニール様に仕えているかわからなくなります! さあ、食べて極楽浄土へ旅立つのです!」
「お前、やっぱり俺を殺す気か! 嫌だ、助けて! リディアちゃん助けてぇぇ!」
連れて行かれたニール。リディアはキョトンとしながら、その姿を静かに見送った。
「まあ、あれだ。フィローネは料理が下手だと言っておこう」
「ふーん」
いまいちピンと来ていないリディア。それは、ある意味幸せだと感じながらも、ロキは空を見上げた。
懐かしい出来事。料理を作りたがるフィローネを、必死に止めるのにどれほど苦労したか覚えている。ライドや他の仲間達も、一緒になって止めてくれたこともあった。
だが、それはもうない。ライドも、他の仲間達も死んでしまった。
「どうしたの?」
「どうもしてないさ」
今までは目の前のことをこなすのに必死だった。だが、落ち着いた今、誰がライド達を襲ったのかとても気になる。
一体何の目的で、どうしてあんなことをしたのか。その真相を知りたい。
そして、できるならば――
「ロキ」
リディアが声をかけた。目を向けると、そこには街灯の下に立って、ロキを見つめている。
その姿は、どこか神々しさがあった。闇に包まれた世界で、一人ぼっちになってしまったロキを、その光はずっと見つめている。
「ホントに大丈夫?」
ロキは、ほとんどを失った。残ったものはないと言える。
だが、代わりに手に入れたものもあった。だからこそロキは、前を見る。
「ああ、大丈夫だ」
後ろを見ても仕方がない。
失ったものを数えても仕方がない。
だからこそ前を見る。今あるものを数える。
それが、ロキの大切なもので生きる意味にもなってくる。
「リディア」
「何?」
「貴様は、生きてくれよ」
リディアはその言葉に、一瞬だけ何かを口に仕掛けた。だが、一度それを飲み込み、ニッコリと微笑んで答えた。
「死なないよ」
どういう意味で放たれたのかはわからない。だが、ロキはその言葉に安心する。
ゆっくりと歩んでいく一人と一匹。その姿を、星達が優しく照らしていた。




