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それでも我輩は君に笑いかけよう  作者: 小日向 ななつ
第4章 静かなる攻防
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愉快なる来訪者

 リディアの特訓を見守ること数時間。ロキは大きなあくびを一つ零していた。


「まだ呼吸が悪いのかな?」


 頭を捻り、悩むリディア。その姿はどこか微笑ましく、とても真剣だ。

 ロキはそんなリディアを見つめながら、今までの姿を振り返っていた。


「なかなかの筋だ」


 思わず言葉が溢れてしまう。

 リディアはついさっきまで、まともな魔法を発動することができなかった。しかし、僅かな時間の特訓で上級魔法に取り掛かっている。自分なりの詠唱呼吸を取得したおかげか、使えるようになるまで時間はかからなさそうだと、ロキは感じていた。


「だが、まあ」


 人には得意不得意が存在する。それは魔法にも言えることだ。

 リディアも例に漏れず、魔法の得意不得意があった。


「リディア」

「何?」

「試しに自分じゃなく、違う物体に付加魔法をかけてみろ」


「どうして?」

「いいからやってみろ」


 リディアは少し眉を潜ませる。だが、反発する様子はない。


「わかった」


 詠唱を始めるリディア。まっすぐとロキを見つめ、魔法を発動させる。

 すると、途端にロキは純白のドレスをまとった。約一秒後、そのドレスに赤い光が帯び始めていった。

 そう感じた矢先に、紫へと変化する。かと思えば青になり、緑になり、黄色になり、空色へと変化し、白へと戻っていく。

 その幻想的な七色の輝きは、リディアが発動させようとしていた魔法そのものだった。


「成功、した?」


 目を丸くするリディア。徐々にその実感が湧いてきたのか、両手を突き上げて「やったー」と喜びを爆発させる。

 ロキはそんなリディアに、一度だけ咳払いをした。


「よくやったな」


 ひとまず、自分の気恥ずかしい格好は置いてリディアを褒める。するとリディアはとても嬉しそうな笑顔でロキに振り向いた。


「うん! でも、どうして成功したの?」

「貴様の持つ魔力が原因だ。魔導器官から生み出される魔力には、様々な性質がある。貴様の場合、自分以外の相手なら莫大な効果を与えられるというものだ。攻撃だろうが何だろうが、通常の倍近くは効果があると考えていい」


「そうなんだ! なんだかすごい!」

「だが、代わりに自分に対して効果は希薄。下手をすると魔法そのものが発動しない可能性もある」


 その言葉を聞いたリディアは、つい痛そうな顔をした。

 だが、ロキは容赦なくその弱点を抉る。


「特訓で行っていた〈セブンライト・エンゲージ〉が上手く発動しなかったのもこれが原因だろう。簡単に言い表すなら、自分のために魔法は使えない、ということだ」

「そ、そんな……」

「だが、逆なら可能だ。人のために魔法を使えば、貴様はトップクラスの騎士になれるだろう」


 ロキが送った言葉。それを聞いたリディアは、目を輝かせていた。

 騎士団に入る。それがリディアの夢。しかし、そんな入り口をゴールにされてしまっては、まずやっていけない。


「リディア、騎士になるならベネイスを超える気で励め。貴様なら、それができる」


 ロキは、さらなる先の目標を与えた。

 自分では成し遂げられなかったその目標を、夢を託すように。


「うん!」


 リディアはとても珍しく、子供らしく返事をした。

 その返事を聞いて、ロキはつい微笑んでしまう。


「いい返事だ」


 満足気にしながら空を見上げる。赤く染まったそこは、若干闇に包まれ始めていた。

 もうすぐ夜といえる時間帯。それを確認したロキは、特訓の終了を告げようとした。


「ふーん、喋る猫ねー」


 ふと、幼さが残る声が耳に入る。

 目を向けるとそこには、少し生意気な顔をした少女がいた。


「結構面白いじゃない」


 背中にかかるほどの茶色の髪を揺らし、敵対心剥き出しでロキ達を睨みつける。そのままズカズカと近くまで踏み込んできて、少女はリディアの顔を覗き込んだ。


「かわいい顔。ギタギタにしたくなっちゃう」

「あなた、誰?」


 リディアも同じように敵対心を剥き出しにして応対する。すると少女は、ニッと笑って挑発した。


「騎士団長を超える? アンタには無理よ。だって、私が先に頂点に立つんだから」


 その幼さが残る瞳には、強い炎が宿っていた。リディアとは違う、固い誓いを持つ瞳だ。

 それを間近で見たリディアは、怯まない、むしろ張り合うように言葉を口にした。


「あなたには無理。だって、私はあなたよりも早く騎士団長になるから」


 少女は少し苛ついたような顔をした。しかし、引く様子はない。

 リディアもまた、同じように引かない。むしろ、おでこをぶつけ合って睨みつけている。


「何をしたいんだ、貴様らは」


 ロキはつい、呆れてしまう。だが、二人はその様子に気づくことなく睨み合っていた。


「ふん! まあいいわ。どうせアンタなんか、騎士団に入団することすらできないからね!」


 少女は勝ち誇ったようにそう叫んだ。だが、リディアはその言葉にクスリと怪しく笑う。


「それがあなたの最後の言葉。しっかり聞いたわ」

「人が死ぬような感じで言わないでよ!」


 睨み合い、いがみ合いをする二人。ロキはその光景に少し飽きを感じて、大きなあくびをしてしまう。


「なら勝負しようじゃない。今度行われる入団試験、そこでどちらが騎士にふさわしいか決めるのよ!」

「わかった。負けたほうは下僕ね」

「げ、げぼ――。い、いいわ、やってやろうじゃない!」


 なんだか勝手に話が進んでいる。そう感じながらも、ロキは静かに目を瞑った。


「それよりあなた、誰?」

「アンタこそ誰よ?」

「おい」


 互いに知っているように話が進んでいただけに、ロキは思わずツッコミを入れてしまった。しかし、二人は気にする様子はない。


「私はリディア。あなたは?」

「ジェリスよ。覚えておきなさい、未来の下僕」

「それはあなた。私の足を舐めるのよ」

「あ、足を! い、いいわ。やってやろうじゃない!」


 ついていけないロキ。そのどこか微笑ましいやり取りから視線を外し、落ち着くまで身体を丸めているのだった。


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