愉快なる来訪者
リディアの特訓を見守ること数時間。ロキは大きなあくびを一つ零していた。
「まだ呼吸が悪いのかな?」
頭を捻り、悩むリディア。その姿はどこか微笑ましく、とても真剣だ。
ロキはそんなリディアを見つめながら、今までの姿を振り返っていた。
「なかなかの筋だ」
思わず言葉が溢れてしまう。
リディアはついさっきまで、まともな魔法を発動することができなかった。しかし、僅かな時間の特訓で上級魔法に取り掛かっている。自分なりの詠唱呼吸を取得したおかげか、使えるようになるまで時間はかからなさそうだと、ロキは感じていた。
「だが、まあ」
人には得意不得意が存在する。それは魔法にも言えることだ。
リディアも例に漏れず、魔法の得意不得意があった。
「リディア」
「何?」
「試しに自分じゃなく、違う物体に付加魔法をかけてみろ」
「どうして?」
「いいからやってみろ」
リディアは少し眉を潜ませる。だが、反発する様子はない。
「わかった」
詠唱を始めるリディア。まっすぐとロキを見つめ、魔法を発動させる。
すると、途端にロキは純白のドレスをまとった。約一秒後、そのドレスに赤い光が帯び始めていった。
そう感じた矢先に、紫へと変化する。かと思えば青になり、緑になり、黄色になり、空色へと変化し、白へと戻っていく。
その幻想的な七色の輝きは、リディアが発動させようとしていた魔法そのものだった。
「成功、した?」
目を丸くするリディア。徐々にその実感が湧いてきたのか、両手を突き上げて「やったー」と喜びを爆発させる。
ロキはそんなリディアに、一度だけ咳払いをした。
「よくやったな」
ひとまず、自分の気恥ずかしい格好は置いてリディアを褒める。するとリディアはとても嬉しそうな笑顔でロキに振り向いた。
「うん! でも、どうして成功したの?」
「貴様の持つ魔力が原因だ。魔導器官から生み出される魔力には、様々な性質がある。貴様の場合、自分以外の相手なら莫大な効果を与えられるというものだ。攻撃だろうが何だろうが、通常の倍近くは効果があると考えていい」
「そうなんだ! なんだかすごい!」
「だが、代わりに自分に対して効果は希薄。下手をすると魔法そのものが発動しない可能性もある」
その言葉を聞いたリディアは、つい痛そうな顔をした。
だが、ロキは容赦なくその弱点を抉る。
「特訓で行っていた〈セブンライト・エンゲージ〉が上手く発動しなかったのもこれが原因だろう。簡単に言い表すなら、自分のために魔法は使えない、ということだ」
「そ、そんな……」
「だが、逆なら可能だ。人のために魔法を使えば、貴様はトップクラスの騎士になれるだろう」
ロキが送った言葉。それを聞いたリディアは、目を輝かせていた。
騎士団に入る。それがリディアの夢。しかし、そんな入り口をゴールにされてしまっては、まずやっていけない。
「リディア、騎士になるならベネイスを超える気で励め。貴様なら、それができる」
ロキは、さらなる先の目標を与えた。
自分では成し遂げられなかったその目標を、夢を託すように。
「うん!」
リディアはとても珍しく、子供らしく返事をした。
その返事を聞いて、ロキはつい微笑んでしまう。
「いい返事だ」
満足気にしながら空を見上げる。赤く染まったそこは、若干闇に包まれ始めていた。
もうすぐ夜といえる時間帯。それを確認したロキは、特訓の終了を告げようとした。
「ふーん、喋る猫ねー」
ふと、幼さが残る声が耳に入る。
目を向けるとそこには、少し生意気な顔をした少女がいた。
「結構面白いじゃない」
背中にかかるほどの茶色の髪を揺らし、敵対心剥き出しでロキ達を睨みつける。そのままズカズカと近くまで踏み込んできて、少女はリディアの顔を覗き込んだ。
「かわいい顔。ギタギタにしたくなっちゃう」
「あなた、誰?」
リディアも同じように敵対心を剥き出しにして応対する。すると少女は、ニッと笑って挑発した。
「騎士団長を超える? アンタには無理よ。だって、私が先に頂点に立つんだから」
その幼さが残る瞳には、強い炎が宿っていた。リディアとは違う、固い誓いを持つ瞳だ。
それを間近で見たリディアは、怯まない、むしろ張り合うように言葉を口にした。
「あなたには無理。だって、私はあなたよりも早く騎士団長になるから」
少女は少し苛ついたような顔をした。しかし、引く様子はない。
リディアもまた、同じように引かない。むしろ、おでこをぶつけ合って睨みつけている。
「何をしたいんだ、貴様らは」
ロキはつい、呆れてしまう。だが、二人はその様子に気づくことなく睨み合っていた。
「ふん! まあいいわ。どうせアンタなんか、騎士団に入団することすらできないからね!」
少女は勝ち誇ったようにそう叫んだ。だが、リディアはその言葉にクスリと怪しく笑う。
「それがあなたの最後の言葉。しっかり聞いたわ」
「人が死ぬような感じで言わないでよ!」
睨み合い、いがみ合いをする二人。ロキはその光景に少し飽きを感じて、大きなあくびをしてしまう。
「なら勝負しようじゃない。今度行われる入団試験、そこでどちらが騎士にふさわしいか決めるのよ!」
「わかった。負けたほうは下僕ね」
「げ、げぼ――。い、いいわ、やってやろうじゃない!」
なんだか勝手に話が進んでいる。そう感じながらも、ロキは静かに目を瞑った。
「それよりあなた、誰?」
「アンタこそ誰よ?」
「おい」
互いに知っているように話が進んでいただけに、ロキは思わずツッコミを入れてしまった。しかし、二人は気にする様子はない。
「私はリディア。あなたは?」
「ジェリスよ。覚えておきなさい、未来の下僕」
「それはあなた。私の足を舐めるのよ」
「あ、足を! い、いいわ。やってやろうじゃない!」
ついていけないロキ。そのどこか微笑ましいやり取りから視線を外し、落ち着くまで身体を丸めているのだった。




