ガラクタに成り下がった人形
「えー! どうしてダメなんですか!?」
ギルバートは頭を抱えていた。大きくため息を吐き、困り果てているその姿にアルアは、つい微笑ましく思ってしまう。
「お前は関係ない。それに、遊びに行く訳じゃないんだぞ?」
「でも、私は部外者じゃありません! れっきとしたギルバート様の奴隷です!」
「せめて付き人と言ってくれ」
とてもウンザリしながら言葉を吐き出すギルバート。しかし、マウロは引こうとしない。
ジッと、いや睨みつけるように見つめ、頬を赤くして大きく膨らませている。それは幼い子どもが、怒って駄々をこねているのと同じ雰囲気があった。
「私は別にいいぞ」
アルアは助け舟を出すように、言葉を口にした。
するとギルバートはアルアを睨みつける。マウロはというと、「ホントですか!」と声を張り上げて喜んでいた。
「これは国営を揺るがす事件だぞ?」
「どうにか収集できるなら、別にいいさ」
ギルバートはアルアの言葉に思わず唸った。
少し時間をかけて考えるが、すぐに諦めたように盛大な重たいため息を吐き出す。
「わかった。ついて来い」
「やったー!」
熱意に押し負けたギルバートはマウロに「邪魔したら追い返すからな」と釘を差し、歩き出した。そんなギルバートの背中を追いかけ、隣を歩こうとするマウロはとても上機嫌だ。
アルアはそんな二人を追うように足を踏み出した。傍から見た二人のその姿は、とても微笑ましい親子の姿に見えてしまう。
「親子、か」
つい寂しげに言葉を口にした。
何気なく遠くの空を見つめ、昔のことを思い出してみる。十数年前に起きた戦争は、アルアの理想を奪った。それが許せなくて帝国から離れた。
だが、それは建前だ。本当の理由は別にある。
「あれから十年以上も経つのか」
望んだ未来にはならなかった。それでも懸命に生きている。
だが、それは誰も望んでいない現実だ。わかっていても、アルアはそんな勇気がなかった。
「そんなに経っていれば、あいつも成長するか」
ただただ、悲しい。
ただただ、懐かしい。
ただただ、そう感じてしまう。
アルアはリディアの姿を思い浮かべる。
守るべきもの。守らなきゃいけないもの。だからこそ、生き続ける必要がある。
「アルアさーん、早くー」
思いふけっていると、マウロが声をかけてきた。アルアは何気なく振り返り、目を向ける。
その無邪気な姿は、リディアと重なって見えた。それにアルアは、つい皮肉めいた微笑みを零してしまう。
「似てないな」
何もかも正反対。そう思いながらも、アルアは進んでいった。
◆◆◆◆◆
王城敷地内に存在する兵士寮。騎士団寮とは違い、若干新しいその建物は異様な居心地悪さが醸し出されていた。
そんなアルア達を相手にする兵士は、どこかやりにくそうにしている。しかし、ギルバートはそんなこと無視して案内させていた。
「有名人だな」
兵士達から睨まれているアルアに、ギルバートは皮肉った言葉を放つ。だが、アルアは楽しげに「有名すぎて困るよ」と言い返した。
アルアは何気なく内装に目を向ける。騎士団寮とは違い、ペナントといったものは存在しない。壁は白いレンガが剥き出しになっており、天井だけ茶色の塗装に覆われていた。
「変わった内装だな。最近の流行りか?」
「そうと言えばそうだな」
「兵士は騎士よりも軽快なんだな」
「理由なく軽快な訳ではないぞ。この通路の天井には、緊急時に発動させる魔石が埋め込まれている」
「ほう」
少し面白そうだな。
そう思ってアルアは興味を抱いた。すると、そんなアルアを察知したマウロが、ニッと笑いながら振り返って説明し始める。
「フロムドラゴンって魔物は知っていますか?」
「大昔から存在するドラゴンだろ? 言い伝えでは魔法の起源を生み出した神に近い存在らしいが」
「はい、そうです。そのすっごいドラゴンの魔石を、この通路に使われていると聞いていますよ。発動すればたちまち、地獄の業火に焼かれて侵入者は死んでしまう。魔石すら消し炭にされると言われています」
「それはそれは、恐ろしいな」
アルアはとても楽しげに微笑んだ。だが、ギルバートはあまりよろしくない表情を浮かべている。
「過去に一度、発動したことがあるそうですよ。そのせいで、侵入者は誰なのかわからなくなったという噂です」
「警備を万全にしたせいで、犯人がわからなくなったか。ある意味、失敗だな」
「もう、すっごい笑える話ですよ。結局のところ、生きているかどうかもわからないですからね」
楽しげに笑うマウロ。そんなマウロを牽制するように、案内をしている兵士が咳払いをした。
視線を前に向ける。するとそこには、大きな扉があった。
「ここに安置しております。くれぐれも余計なことをしないでください」
兵士はそう注意して扉を開く。
その奥から広がったのは、無残にも壊れたマギカドールの集団だった。
「これは、なかなかにひどいな」
腕や足が食い千切られたかのようにもげている。胸は内側から爆発したように膨らみ、顔面の外装が剥げ、中の赤い芯が剥き出しになっていた。
アルアは転がっている一体のマギカドールに近づいて、胸元を見つめた。
コアとして埋め込まれていた魔石が、はめ込まれていた場所。だが、そこはひどく歪み、使い物にならなくなっている。
「何かわかったか?」
「ハッキリとは言えないな。だが、この変形具合を見ると、中から爆発したように見える」
「内部爆発か。それで暴走は起きるのか?」
「いや、あり得ない。そもそも単なるエネルギーの膨張なら、自然と動けなくなるはずだ。これはまるで、食い荒らされたかのように見えてしまう」
ギルバートの顔つきがとても険しくなる。
アルアはマギカドールから静かに視線を外した。もし、こんな現象が起きるとするならば、一つの魔石だけでは起きることはない。
「まさか。いや、だが……」
「何かわかったのか?」
「一つの仮説だ。可能性があるだけで、確信ではない」
「言ってみろ」
「マギカドールは一つの身体に、一つの魔石しか効果を発揮しないように作っている。だが、それに無理矢理にでも魔石を埋め込むと、誤作動が起きるんだ」
「それはつまり、どういうことが起きる?」
「支配権の争奪戦、と言えばいいだろうな。どちらが身体を支配するか争うんだ。その結果、身体が耐えきれなくなり、はめ込まれた魔石によってオーバーヒートを起こし、破壊される」
一つの可能性。
だが、その可能性はひどく現実的に思えてしまう。もし、誰かがその仮説に近いことをしていれば、それが今までに起きた最悪に繋がる。
「ただ壊れるだけならまだいい。もしこの仮説通りなら、コアになっていた魔石は砕ける。仮に成功したとしても、とんでもない障害が起きるだろうな」
その障害が、暴走事件。アルアはそれに、思わず舌打ちをした。
「黙っている訳にはいかなくなったな」
知らないところで、いいように悪用されていた。それに腹が立って仕方がない。
アルアはギルバートに顔を向ける。そして、決意に満ちた瞳で静かに言葉を放った。
「徹底的に協力しよう。だから、付き合え」
ギルバートは静かに見下ろす。そして、ゆっくりと背中を向けた。
「足を引っ張るな」
目的は違う。だが、目標は同じ。
だからこそアルアは、ギルバートの隣に立つ。




