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それでも我輩は君に笑いかけよう  作者: 小日向 ななつ
第4章 静かなる攻防
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ガラクタに成り下がった人形

「えー! どうしてダメなんですか!?」


 ギルバートは頭を抱えていた。大きくため息を吐き、困り果てているその姿にアルアは、つい微笑ましく思ってしまう。


「お前は関係ない。それに、遊びに行く訳じゃないんだぞ?」

「でも、私は部外者じゃありません! れっきとしたギルバート様の奴隷です!」

「せめて付き人と言ってくれ」


 とてもウンザリしながら言葉を吐き出すギルバート。しかし、マウロは引こうとしない。

 ジッと、いや睨みつけるように見つめ、頬を赤くして大きく膨らませている。それは幼い子どもが、怒って駄々をこねているのと同じ雰囲気があった。


「私は別にいいぞ」


 アルアは助け舟を出すように、言葉を口にした。

 するとギルバートはアルアを睨みつける。マウロはというと、「ホントですか!」と声を張り上げて喜んでいた。


「これは国営を揺るがす事件だぞ?」

「どうにか収集できるなら、別にいいさ」


 ギルバートはアルアの言葉に思わず唸った。

 少し時間をかけて考えるが、すぐに諦めたように盛大な重たいため息を吐き出す。


「わかった。ついて来い」

「やったー!」


 熱意に押し負けたギルバートはマウロに「邪魔したら追い返すからな」と釘を差し、歩き出した。そんなギルバートの背中を追いかけ、隣を歩こうとするマウロはとても上機嫌だ。

 アルアはそんな二人を追うように足を踏み出した。傍から見た二人のその姿は、とても微笑ましい親子の姿に見えてしまう。


「親子、か」


 つい寂しげに言葉を口にした。

 何気なく遠くの空を見つめ、昔のことを思い出してみる。十数年前に起きた戦争は、アルアの理想を奪った。それが許せなくて帝国から離れた。

 だが、それは建前だ。本当の理由は別にある。


「あれから十年以上も経つのか」


 望んだ未来にはならなかった。それでも懸命に生きている。

 だが、それは誰も望んでいない現実だ。わかっていても、アルアはそんな勇気がなかった。


「そんなに経っていれば、あいつも成長するか」


 ただただ、悲しい。

 ただただ、懐かしい。

 ただただ、そう感じてしまう。


 アルアはリディアの姿を思い浮かべる。

 守るべきもの。守らなきゃいけないもの。だからこそ、生き続ける必要がある。


「アルアさーん、早くー」


 思いふけっていると、マウロが声をかけてきた。アルアは何気なく振り返り、目を向ける。

 その無邪気な姿は、リディアと重なって見えた。それにアルアは、つい皮肉めいた微笑みを零してしまう。


「似てないな」


 何もかも正反対。そう思いながらも、アルアは進んでいった。


◆◆◆◆◆


 王城敷地内に存在する兵士寮。騎士団寮とは違い、若干新しいその建物は異様な居心地悪さが醸し出されていた。

 そんなアルア達を相手にする兵士は、どこかやりにくそうにしている。しかし、ギルバートはそんなこと無視して案内させていた。


「有名人だな」


 兵士達から睨まれているアルアに、ギルバートは皮肉った言葉を放つ。だが、アルアは楽しげに「有名すぎて困るよ」と言い返した。

 アルアは何気なく内装に目を向ける。騎士団寮とは違い、ペナントといったものは存在しない。壁は白いレンガが剥き出しになっており、天井だけ茶色の塗装に覆われていた。


「変わった内装だな。最近の流行りか?」

「そうと言えばそうだな」

「兵士は騎士よりも軽快なんだな」


「理由なく軽快な訳ではないぞ。この通路の天井には、緊急時に発動させる魔石が埋め込まれている」

「ほう」


 少し面白そうだな。

 そう思ってアルアは興味を抱いた。すると、そんなアルアを察知したマウロが、ニッと笑いながら振り返って説明し始める。


「フロムドラゴンって魔物は知っていますか?」

「大昔から存在するドラゴンだろ? 言い伝えでは魔法の起源を生み出した神に近い存在らしいが」


「はい、そうです。そのすっごいドラゴンの魔石を、この通路に使われていると聞いていますよ。発動すればたちまち、地獄の業火に焼かれて侵入者は死んでしまう。魔石すら消し炭にされると言われています」


「それはそれは、恐ろしいな」


 アルアはとても楽しげに微笑んだ。だが、ギルバートはあまりよろしくない表情を浮かべている。


「過去に一度、発動したことがあるそうですよ。そのせいで、侵入者は誰なのかわからなくなったという噂です」

「警備を万全にしたせいで、犯人がわからなくなったか。ある意味、失敗だな」

「もう、すっごい笑える話ですよ。結局のところ、生きているかどうかもわからないですからね」


 楽しげに笑うマウロ。そんなマウロを牽制するように、案内をしている兵士が咳払いをした。

 視線を前に向ける。するとそこには、大きな扉があった。


「ここに安置しております。くれぐれも余計なことをしないでください」


 兵士はそう注意して扉を開く。

 その奥から広がったのは、無残にも壊れたマギカドールの集団だった。


「これは、なかなかにひどいな」


 腕や足が食い千切られたかのようにもげている。胸は内側から爆発したように膨らみ、顔面の外装が剥げ、中の赤い芯が剥き出しになっていた。

 アルアは転がっている一体のマギカドールに近づいて、胸元を見つめた。

 コアとして埋め込まれていた魔石が、はめ込まれていた場所。だが、そこはひどく歪み、使い物にならなくなっている。


「何かわかったか?」

「ハッキリとは言えないな。だが、この変形具合を見ると、中から爆発したように見える」

「内部爆発か。それで暴走は起きるのか?」

「いや、あり得ない。そもそも単なるエネルギーの膨張なら、自然と動けなくなるはずだ。これはまるで、食い荒らされたかのように見えてしまう」


 ギルバートの顔つきがとても険しくなる。

 アルアはマギカドールから静かに視線を外した。もし、こんな現象が起きるとするならば、一つの魔石だけでは起きることはない。


「まさか。いや、だが……」

「何かわかったのか?」

「一つの仮説だ。可能性があるだけで、確信ではない」


「言ってみろ」

「マギカドールは一つの身体に、一つの魔石しか効果を発揮しないように作っている。だが、それに無理矢理にでも魔石を埋め込むと、誤作動が起きるんだ」

「それはつまり、どういうことが起きる?」


「支配権の争奪戦、と言えばいいだろうな。どちらが身体を支配するか争うんだ。その結果、身体が耐えきれなくなり、はめ込まれた魔石によってオーバーヒートを起こし、破壊される」


 一つの可能性。

 だが、その可能性はひどく現実的に思えてしまう。もし、誰かがその仮説に近いことをしていれば、それが今までに起きた最悪に繋がる。


「ただ壊れるだけならまだいい。もしこの仮説通りなら、コアになっていた魔石は砕ける。仮に成功したとしても、とんでもない障害が起きるだろうな」


 その障害が、暴走事件。アルアはそれに、思わず舌打ちをした。


「黙っている訳にはいかなくなったな」


 知らないところで、いいように悪用されていた。それに腹が立って仕方がない。

 アルアはギルバートに顔を向ける。そして、決意に満ちた瞳で静かに言葉を放った。


「徹底的に協力しよう。だから、付き合え」


 ギルバートは静かに見下ろす。そして、ゆっくりと背中を向けた。


「足を引っ張るな」


 目的は違う。だが、目標は同じ。

 だからこそアルアは、ギルバートの隣に立つ。


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