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それでも我輩は君に笑いかけよう  作者: 小日向 ななつ
第3章 憧れは未来を作り出す
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怪しげな黒い雲

 揺れる緑色の旗。聖なる星の加護を受けたと言われる王国の象徴は、本日も気持ちよさそうにゆらめいていた。

 アルアはそんな旗を見ることなく、静かに門を潜る。だが、番人とも言える兵士はそんなアルアを冷たく睨みつけていた。


「さっさと用事を終わらせるか」


 居心地が悪い空間。奥に進めばさらに嫌な思いをする。

 そう感じたアルアは、少しだけウンザリとした表情を浮かべて進んでいった。


「それにしても」


 アルアは何気なく回りを見渡した。石造りの壁に、床。豪華なシャンデリアにランプ、そしてそれを助長するような赤いカーペット。さすが王族が住んでいるだけの城だな、とアルアは感じてしまう。

 だが、それよりも気になるものがあった。それは行き交う人々の中に、マギカドールが混ざっていることだ。

 使用人の多くは人である。だが、中には胸元の魔石が見えるような服装としたマギカドールもいた。人はたまに雑談をしているが、マギカドールは黙々と掃除といった作業をしていた。

 しかし、アルアにとってそれはどうでもいい。問題は人がマギカドールに接する態度だった。


「作業を終わりました」

「あっそ。邪魔だからどっかに行って」


 マギカドールは顔色を変えず、どこかへと去っていく。だが、雑談をしていた使用人は気味悪そうな顔をして、その背中を睨みつけていた。

 アルアはその光景に、思わず反吐が出そうになる。だが、大きな戦争があったこの国では、こうなっても仕方がない。それだけマギカドールは、恐れ憎まれている存在なのだ。

 アルアは歩調を速めた。このままでは何をしでかすかわからない。だから、本当に用件を済ませてさっさと帰る。

 そう目標を立てて応接間へと向かう。


「なぁ、今度開かれる騎士団の入団試験なんだけどさ」

「ああ、聞いてるぜ。本命と言われているのが、サーニャって子なんだろ?」

「そうそう。あの子は腕もそうだが、見た目もいいぜ」


「だけど、その子ってギルバート様の親戚なんだろ? 結構近寄りがたいって話だぞ?」

「うわっ、そうなのかよ。お近づきになりたかったのに!」


 そう思っていると、アルアの耳に一つの噂が入ってきた。その噂をリディアに話せば、たぶん喜ぶだろうなと考える。しかし、踏み込んで聞くことはできない。

 だからアルアは、興味なさげにして通り過ぎていった。


「止まれ!」


 歩くこと数分。やっとの思いで応接間へと辿り着いたアルア。

 しかし、そこを見張る兵士がとても厳つい顔をしてアルアを止めた。


「ここは王座がある部屋。何用で参られた!」

「何用って、私は呼ばれたんだが?」

「ほう? どのような用件でだ?」


 ちょっと面倒に感じるアルア。その厳つい兵士は、そんな顔を見てニヤリと微笑んでいる。


「マギカドールの暴走に関してだ。通してくれ」

「我が国にマギカドールなどといったものは存在しない!」

「あのな、ここに来る途中に数体は見かけたぞ?」

「あれは奴隷人形。ゆえに敵国の兵器が、この王城に存在はしない!」


 ああいえばこういう。

 そんな状態に陥ったアルアは、とんでもなく嫌な顔をして兵士を睨みつけていた。


「お前な、国王に叱られても知らないぞ?」

「ふん! あんなの我が主ではない。さあ、話は済んだ。帰れ!」


 話が通じない。そう思い、帰ろうとした瞬間だった。

 隣に誰かが立つ。そして、その男は兵士を睨んだ。


「客人にその態度は失礼ではないか? ダフス」


 兵士はその男を見た瞬間に、青ざめた顔をしていた。

 アルアはゆっくりと目を向ける。青い豪華そうなコートに、細いがしっかりとした身体。その冷たくも力強い目は鋭く、優しさを感じない。顔つきは痩せこけた頬のせいか、さらに険しく見えた。


「ギ、ギルバート様!」

「我が国で起きていることを、把握してないとは言わせないぞ? それとも、そこに突っ立っているだけの能無しか?」

「い、いえ。ですが、そいつは――」

「かつては敵国の人間だった。しかし、今は我が国の住人だ。問題はない」


 ギルバートと呼ばれた男は、偉ぶっていた兵士を黙らせる。それを見たアルアは、少し感心したかのように見つめていた。


「すまなかったな、客人。非礼を詫びよう」

「いいさ。それよりも、どういう風の吹き回しかな? ギルバート侯爵?」


 ギルバートは少しだけアルアを見つめた。そして、似合わない笑顔を浮かべて答える。


「それだけ一大事なのだよ」


 食えない男。

 アルアはギルバートにそう感じながら、兵士の横を通っていく。


「それで、暴走事件はどのくらい起きているんだ?」

「公表されているもので八件。非公表を合わせれば二十は超えている」

「なるほど。そりゃ一大事だ。それで、どうしてマギカドール嫌いのあなたが呼ばれたんだ?」

「それは私も知りたい。だが、嫌いだからこそ見えるものがある、ということかもしれんな」


 アルアは少し納得できない顔をして「なるほど」と頷いた。

 ギルバートはそんなアルアに、目を向けることなく進んでいく。

 空いた王座。そこに座るべき人間が来るまでには、時間がある。アルアはその時間を有効的に使うことにした。


「ギルバート侯爵。そういえばなんだが、あなたの姪が騎士団の入団試験を受けるそうじゃないか」

「うるさいからやらせるだけだ。まあ、この挑戦だけで諦めてくれればいいが」

「私の娘も、同じようなことを言っている。全く、騎士はろくなものでないのに」


「そうだな。ベネイスのせいで、こうなったとも言える」

「あいつは戦争を終わらせた英雄だからな。憧れる子供は多いだろう」

「だから困る」


 立場は違えど、持つ悩みは同じ。アルアはそれを知って、どこか安心した。


「それで、あなたの姪は強いのか?」

「魔法の扱いは悪くないだろう。死んでしまった悪名高い魔法使いロキと引けは取らない、と揶揄はされる」

「それはまた、すごい揶揄だな」

「私にとっては、あまりよろしくない」


 アルアは思わず噴き出しそうになった。しかし、ギルバートはずっと冷たい顔をしてまっすぐ見つめている。


「まあ、気持ちはわからなくはないな」

「わかってくれたのなら、嬉しいことこの上ない。さて、そろそろ話をやめようか」


 ギルバートの目が鋭くなる。アルアはそれを見て、顔を前に向けた。

 ゆっくりと、おぼつかない足でやってきた老人。老いで衰えた身体を引きずりながらやってきた男は、今にも倒れそうだった。


「待たせて悪かった」


 アルアは年老いた国王を見つめる。そして、開口一番に用件を言い放った。


「さっさと聞かせてくれ。私達に何をやらせるつもりだ?」


 国王は静かに見つめる。そして、アルアとギルバートに、一つの命令を下した。


「端的に言おう。我が国で起きているマギカドールの暴走。その原因を調査し、対処してほしい。方法は問わん」


 アルアはの言葉を聞き、静かに国王を見つめた。


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