怪しげな黒い雲
揺れる緑色の旗。聖なる星の加護を受けたと言われる王国の象徴は、本日も気持ちよさそうにゆらめいていた。
アルアはそんな旗を見ることなく、静かに門を潜る。だが、番人とも言える兵士はそんなアルアを冷たく睨みつけていた。
「さっさと用事を終わらせるか」
居心地が悪い空間。奥に進めばさらに嫌な思いをする。
そう感じたアルアは、少しだけウンザリとした表情を浮かべて進んでいった。
「それにしても」
アルアは何気なく回りを見渡した。石造りの壁に、床。豪華なシャンデリアにランプ、そしてそれを助長するような赤いカーペット。さすが王族が住んでいるだけの城だな、とアルアは感じてしまう。
だが、それよりも気になるものがあった。それは行き交う人々の中に、マギカドールが混ざっていることだ。
使用人の多くは人である。だが、中には胸元の魔石が見えるような服装としたマギカドールもいた。人はたまに雑談をしているが、マギカドールは黙々と掃除といった作業をしていた。
しかし、アルアにとってそれはどうでもいい。問題は人がマギカドールに接する態度だった。
「作業を終わりました」
「あっそ。邪魔だからどっかに行って」
マギカドールは顔色を変えず、どこかへと去っていく。だが、雑談をしていた使用人は気味悪そうな顔をして、その背中を睨みつけていた。
アルアはその光景に、思わず反吐が出そうになる。だが、大きな戦争があったこの国では、こうなっても仕方がない。それだけマギカドールは、恐れ憎まれている存在なのだ。
アルアは歩調を速めた。このままでは何をしでかすかわからない。だから、本当に用件を済ませてさっさと帰る。
そう目標を立てて応接間へと向かう。
「なぁ、今度開かれる騎士団の入団試験なんだけどさ」
「ああ、聞いてるぜ。本命と言われているのが、サーニャって子なんだろ?」
「そうそう。あの子は腕もそうだが、見た目もいいぜ」
「だけど、その子ってギルバート様の親戚なんだろ? 結構近寄りがたいって話だぞ?」
「うわっ、そうなのかよ。お近づきになりたかったのに!」
そう思っていると、アルアの耳に一つの噂が入ってきた。その噂をリディアに話せば、たぶん喜ぶだろうなと考える。しかし、踏み込んで聞くことはできない。
だからアルアは、興味なさげにして通り過ぎていった。
「止まれ!」
歩くこと数分。やっとの思いで応接間へと辿り着いたアルア。
しかし、そこを見張る兵士がとても厳つい顔をしてアルアを止めた。
「ここは王座がある部屋。何用で参られた!」
「何用って、私は呼ばれたんだが?」
「ほう? どのような用件でだ?」
ちょっと面倒に感じるアルア。その厳つい兵士は、そんな顔を見てニヤリと微笑んでいる。
「マギカドールの暴走に関してだ。通してくれ」
「我が国にマギカドールなどといったものは存在しない!」
「あのな、ここに来る途中に数体は見かけたぞ?」
「あれは奴隷人形。ゆえに敵国の兵器が、この王城に存在はしない!」
ああいえばこういう。
そんな状態に陥ったアルアは、とんでもなく嫌な顔をして兵士を睨みつけていた。
「お前な、国王に叱られても知らないぞ?」
「ふん! あんなの我が主ではない。さあ、話は済んだ。帰れ!」
話が通じない。そう思い、帰ろうとした瞬間だった。
隣に誰かが立つ。そして、その男は兵士を睨んだ。
「客人にその態度は失礼ではないか? ダフス」
兵士はその男を見た瞬間に、青ざめた顔をしていた。
アルアはゆっくりと目を向ける。青い豪華そうなコートに、細いがしっかりとした身体。その冷たくも力強い目は鋭く、優しさを感じない。顔つきは痩せこけた頬のせいか、さらに険しく見えた。
「ギ、ギルバート様!」
「我が国で起きていることを、把握してないとは言わせないぞ? それとも、そこに突っ立っているだけの能無しか?」
「い、いえ。ですが、そいつは――」
「かつては敵国の人間だった。しかし、今は我が国の住人だ。問題はない」
ギルバートと呼ばれた男は、偉ぶっていた兵士を黙らせる。それを見たアルアは、少し感心したかのように見つめていた。
「すまなかったな、客人。非礼を詫びよう」
「いいさ。それよりも、どういう風の吹き回しかな? ギルバート侯爵?」
ギルバートは少しだけアルアを見つめた。そして、似合わない笑顔を浮かべて答える。
「それだけ一大事なのだよ」
食えない男。
アルアはギルバートにそう感じながら、兵士の横を通っていく。
「それで、暴走事件はどのくらい起きているんだ?」
「公表されているもので八件。非公表を合わせれば二十は超えている」
「なるほど。そりゃ一大事だ。それで、どうしてマギカドール嫌いのあなたが呼ばれたんだ?」
「それは私も知りたい。だが、嫌いだからこそ見えるものがある、ということかもしれんな」
アルアは少し納得できない顔をして「なるほど」と頷いた。
ギルバートはそんなアルアに、目を向けることなく進んでいく。
空いた王座。そこに座るべき人間が来るまでには、時間がある。アルアはその時間を有効的に使うことにした。
「ギルバート侯爵。そういえばなんだが、あなたの姪が騎士団の入団試験を受けるそうじゃないか」
「うるさいからやらせるだけだ。まあ、この挑戦だけで諦めてくれればいいが」
「私の娘も、同じようなことを言っている。全く、騎士はろくなものでないのに」
「そうだな。ベネイスのせいで、こうなったとも言える」
「あいつは戦争を終わらせた英雄だからな。憧れる子供は多いだろう」
「だから困る」
立場は違えど、持つ悩みは同じ。アルアはそれを知って、どこか安心した。
「それで、あなたの姪は強いのか?」
「魔法の扱いは悪くないだろう。死んでしまった悪名高い魔法使いロキと引けは取らない、と揶揄はされる」
「それはまた、すごい揶揄だな」
「私にとっては、あまりよろしくない」
アルアは思わず噴き出しそうになった。しかし、ギルバートはずっと冷たい顔をしてまっすぐ見つめている。
「まあ、気持ちはわからなくはないな」
「わかってくれたのなら、嬉しいことこの上ない。さて、そろそろ話をやめようか」
ギルバートの目が鋭くなる。アルアはそれを見て、顔を前に向けた。
ゆっくりと、おぼつかない足でやってきた老人。老いで衰えた身体を引きずりながらやってきた男は、今にも倒れそうだった。
「待たせて悪かった」
アルアは年老いた国王を見つめる。そして、開口一番に用件を言い放った。
「さっさと聞かせてくれ。私達に何をやらせるつもりだ?」
国王は静かに見つめる。そして、アルアとギルバートに、一つの命令を下した。
「端的に言おう。我が国で起きているマギカドールの暴走。その原因を調査し、対処してほしい。方法は問わん」
アルアはの言葉を聞き、静かに国王を見つめた。




