思いもしない再会
太陽がサンサンと輝きを放つ昼下がり。生えそろえられた芝生を踏みつけて、ロキはリディアを見つめていた。
「〈我は一〉〈我らは全〉」
ゆっくりと紡がれていく言葉。徐々にだが、その魔法が持つ光を、リディアは帯び始めていた。
「〈理を計りし者であり〉〈我が身を計られし者なり〉」
その姿は、少女とは思えないほどの美しさが溢れていた。
白い光が身体を包み込んでいく。徐々に、その輝きは一つのドレスを形作っていった。
「〈我は我がために約束を果たす〉――セブンライト・エンゲージ」
言葉を受け、胸が輝きを放つ。同時に包み込んでいた光が、一気に弾けた。
「ほう」
覆っていた眩しさがロキの目から消えると、そこには美しい白いドレスを身にまとったリディアの姿があった。
「なかなかの姿だな」
花嫁と表現するのにふさわしい魔法。だが、まだしっかりとした効力は発揮できてない。
リディアもそれを感じ取ったのか、若干肩を落としてため息を吐いていた。
「落胆することはない。初めての上級魔法にしては、悪くない筋だ」
「でも、上手くいってない。まだ呼吸が悪いかも」
「何、調整はゆっくりとやっていけばいいさ」
それにしても、とロキは呟いた。
リディアは確かに詠唱のテンポやリズムがメチャクチャだった。だが、それを教え、整えてやるとあっという間に上級魔法へ挑戦している。
センスはある。魔力も申し分ない。今までが不思議に思えるほどの成長に、驚きを抱くほどだ。
しかし、妙な違和感があった。
「ロキ、この魔法って本来どんな感じに発動するの?」
ロキはその違和感を忘れることにした。今は目の前に集中することが大事だと、感じたからだ。
「やったことがない。だが、知識だけで語るならドレスは幻想的な七色に輝くそうだ」
「そんなの知ってる。参考にならない」
「我輩とてわからないものはある。それに、全てをやった訳ではない」
ロキは静かに丸まり、大きなあくびをした。
リディアの成長を見る限り、騎士団が行う入団試験に参加させても問題ないだろうと感じた。
まだまだ呼吸のズレがあるが、それでもすば抜けたセンスだ。
もしかすると、自分よりも強くなるかもしれない。ロキは思わず自嘲気味に笑った。しかし、同時にどこかで嬉しさを覚える。
「あ、危ないですー!」
リディアの特訓。それを見守ろうと目を向けた瞬間だった。
その聞き覚えがある声に、つい反応してしまう。振り向くと、何かが猛烈な勢いでロキに迫ってきていた。
「ワオーン!」
「ヌオぁっ!」
飛びかかってきたとても大きな何か。それに捕まったロキは、否応なしに顔を容赦なく舐められてしまう。
「や、やめ、うあっ!」
悶えるロキ。必死に抵抗するが、その舐め回しは止まらない。
「コラ、ダメです! 猫ちゃんがかわいそうです!」
その大きな何かを誰かが引き剥がしてくれた。ベタベタする顔を何度も大きく振って、ヨダレを振り払うロキ。だが、長く舐められていたせいか、その嫌な感触は消えなかった。
「ごめんなさい、猫ちゃん。大丈夫?」
ロキは顔を上げる。するとそこには、見たことがある顔があった。
美しくかわいらしい顔立ち。スラリとした手足に、地味な色合いをしたメイド服。ひとまとめにされた髪と、似合いすぎるカチューシャを見て、ロキは思わず言葉を口にした。
「フィローネか?」
名前を呼ばれた存在は、目をパチパチとした。そして、大きな声を上げる。
「猫がしゃべったー!」
相変わらず、とウンザリをするロキ。だが、その反応がどこか安心感を覚える。
「我輩、といってもわからないか。まあ、姿が変わったしな」
「え? え? もしかして、あなたってマギカドール?」
「そうだ。名前はロキ。聞き覚えがあるだろ?」
フィローネはもう一度目をパチパチとする。そして、また大きな声を上げた。
「ロキ様なのー!?」
ロキはいちいち大げさなフィローネに、頭を抱えた。
「貴様な、驚くのはわかるがそんな大きな声を出すな」
「でも、でも――」
「かつて〈真紅の戦姫〉と呼ばれたマギカドールだろう? もう少し威厳を保て」
フィローネは泣きそうな顔をして、頬を大きく膨らませていた。
王国を苦しめた兵器の中でも、最強と呼ばれた存在。だが、それも今は昔である。
「ワフッ」
呆れた顔をしていると、大型犬が楽しそうに見つめていた。
尻尾を振りながら、「もっと遊ぼー」と訴えてくる。
「ロキ、この人は誰?」
そんな大型犬を無視して、ロキはリディアに目を向けた。するとリディアはいつも以上に冷めた顔をして、ロキを睨みつけていた。
「我輩が生きていた頃、仕事を手伝ってもらっていたマギカドールだ。名前はフィローネ。こんな見た目だが、戦いに関しては我輩より手慣れている」
フィローネはニッコリと笑った。しかし、リディアは淡白に「ふーん」と返事するだけだ。
「それにしても、貴様はこんな所で何をしている?」
「メイドとして雑務を行っております。ワンちゃんの散歩もその一つですよ」
「貴様を雇った奴の気がしれる」
少し頭を抱えながら、呆れと安心感を抱くロキ。
そんなロキを見たフィローネは、少し照れながらも嬉しそうにおしとやかな微笑みを零していた。
「もう、ビックリしましたよ。ライドに言いつけられて出かけたら、アジトはなくなっているし、みんなはいないしで。後で新聞を見たらロキ様は死んでしまっていましたし。もう、誰に甘えればいいかわからなくなりましたよ」
「我輩は甘えさせるために、貴様を雇っていた訳じゃないぞ?」
「これは失礼。でも、よかったです。またロキ様と出会えて」
フィローネはそう言って、静かに見つめる。そして、意を決したような顔つきとなった。
「ロキ様、今までありがとうございました。とても感謝しています。もしよろしければ――」
「断る」
遮るように放たれた言葉。フィローネはそれに、少し驚いたような顔をしていた。
「貴様には新しい雇い主がいるのだろう? なら、そいつのために働け。それに、我輩は猫だ。猫は誰かを縛ることも、縛り付けることもしない生き物。だから、これからは勝手気ままに生きる」
フィローネは何かを言いかけた。だが、敢えてそれを飲み込み、ニッと笑う。
「承知いたしました。では、私も勝手気ままに生きます」
立ち上がるフィローネ。一度ロキに一瞥してから、大型犬を連れて去っていった。
「いいの?」
「いいさ。それに言っただろ? 我輩は猫だ」
リディアはロキを静かに見つめていた。
だが、ロキはその顔を見ることなく、空を見上げる。
変わってしまった自分。そんな自分ができるのは、前を見ることだけだった。




