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それでも我輩は君に笑いかけよう  作者: 小日向 ななつ
第3章 憧れは未来を作り出す
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思いもしない再会

 太陽がサンサンと輝きを放つ昼下がり。生えそろえられた芝生を踏みつけて、ロキはリディアを見つめていた。


「〈我は一〉〈我らは全〉」


 ゆっくりと紡がれていく言葉。徐々にだが、その魔法が持つ光を、リディアは帯び始めていた。


「〈理を計りし者であり〉〈我が身を計られし者なり〉」


 その姿は、少女とは思えないほどの美しさが溢れていた。

 白い光が身体を包み込んでいく。徐々に、その輝きは一つのドレスを形作っていった。


「〈我は我がために約束を果たす〉――セブンライト・エンゲージ」


 言葉を受け、胸が輝きを放つ。同時に包み込んでいた光が、一気に弾けた。


「ほう」


 覆っていた眩しさがロキの目から消えると、そこには美しい白いドレスを身にまとったリディアの姿があった。


「なかなかの姿だな」


 花嫁と表現するのにふさわしい魔法。だが、まだしっかりとした効力は発揮できてない。

 リディアもそれを感じ取ったのか、若干肩を落としてため息を吐いていた。


「落胆することはない。初めての上級魔法にしては、悪くない筋だ」

「でも、上手くいってない。まだ呼吸が悪いかも」

「何、調整はゆっくりとやっていけばいいさ」


 それにしても、とロキは呟いた。

 リディアは確かに詠唱のテンポやリズムがメチャクチャだった。だが、それを教え、整えてやるとあっという間に上級魔法へ挑戦している。

 センスはある。魔力も申し分ない。今までが不思議に思えるほどの成長に、驚きを抱くほどだ。

 しかし、妙な違和感があった。


「ロキ、この魔法って本来どんな感じに発動するの?」


 ロキはその違和感を忘れることにした。今は目の前に集中することが大事だと、感じたからだ。


「やったことがない。だが、知識だけで語るならドレスは幻想的な七色に輝くそうだ」

「そんなの知ってる。参考にならない」

「我輩とてわからないものはある。それに、全てをやった訳ではない」


 ロキは静かに丸まり、大きなあくびをした。

 リディアの成長を見る限り、騎士団が行う入団試験に参加させても問題ないだろうと感じた。

 まだまだ呼吸のズレがあるが、それでもすば抜けたセンスだ。

 もしかすると、自分よりも強くなるかもしれない。ロキは思わず自嘲気味に笑った。しかし、同時にどこかで嬉しさを覚える。


「あ、危ないですー!」


 リディアの特訓。それを見守ろうと目を向けた瞬間だった。

 その聞き覚えがある声に、つい反応してしまう。振り向くと、何かが猛烈な勢いでロキに迫ってきていた。


「ワオーン!」

「ヌオぁっ!」


 飛びかかってきたとても大きな何か。それに捕まったロキは、否応なしに顔を容赦なく舐められてしまう。


「や、やめ、うあっ!」


 悶えるロキ。必死に抵抗するが、その舐め回しは止まらない。


「コラ、ダメです! 猫ちゃんがかわいそうです!」


 その大きな何かを誰かが引き剥がしてくれた。ベタベタする顔を何度も大きく振って、ヨダレを振り払うロキ。だが、長く舐められていたせいか、その嫌な感触は消えなかった。


「ごめんなさい、猫ちゃん。大丈夫?」


 ロキは顔を上げる。するとそこには、見たことがある顔があった。

 美しくかわいらしい顔立ち。スラリとした手足に、地味な色合いをしたメイド服。ひとまとめにされた髪と、似合いすぎるカチューシャを見て、ロキは思わず言葉を口にした。


「フィローネか?」


 名前を呼ばれた存在は、目をパチパチとした。そして、大きな声を上げる。


「猫がしゃべったー!」


 相変わらず、とウンザリをするロキ。だが、その反応がどこか安心感を覚える。


「我輩、といってもわからないか。まあ、姿が変わったしな」

「え? え? もしかして、あなたってマギカドール?」

「そうだ。名前はロキ。聞き覚えがあるだろ?」


 フィローネはもう一度目をパチパチとする。そして、また大きな声を上げた。


「ロキ様なのー!?」


 ロキはいちいち大げさなフィローネに、頭を抱えた。


「貴様な、驚くのはわかるがそんな大きな声を出すな」

「でも、でも――」

「かつて〈真紅の戦姫〉と呼ばれたマギカドールだろう? もう少し威厳を保て」


 フィローネは泣きそうな顔をして、頬を大きく膨らませていた。

 王国を苦しめた兵器の中でも、最強と呼ばれた存在。だが、それも今は昔である。


「ワフッ」


 呆れた顔をしていると、大型犬が楽しそうに見つめていた。

 尻尾を振りながら、「もっと遊ぼー」と訴えてくる。


「ロキ、この人は誰?」


 そんな大型犬を無視して、ロキはリディアに目を向けた。するとリディアはいつも以上に冷めた顔をして、ロキを睨みつけていた。


「我輩が生きていた頃、仕事を手伝ってもらっていたマギカドールだ。名前はフィローネ。こんな見た目だが、戦いに関しては我輩より手慣れている」


 フィローネはニッコリと笑った。しかし、リディアは淡白に「ふーん」と返事するだけだ。


「それにしても、貴様はこんな所で何をしている?」

「メイドとして雑務を行っております。ワンちゃんの散歩もその一つですよ」

「貴様を雇った奴の気がしれる」


 少し頭を抱えながら、呆れと安心感を抱くロキ。

 そんなロキを見たフィローネは、少し照れながらも嬉しそうにおしとやかな微笑みを零していた。


「もう、ビックリしましたよ。ライドに言いつけられて出かけたら、アジトはなくなっているし、みんなはいないしで。後で新聞を見たらロキ様は死んでしまっていましたし。もう、誰に甘えればいいかわからなくなりましたよ」


「我輩は甘えさせるために、貴様を雇っていた訳じゃないぞ?」

「これは失礼。でも、よかったです。またロキ様と出会えて」


 フィローネはそう言って、静かに見つめる。そして、意を決したような顔つきとなった。


「ロキ様、今までありがとうございました。とても感謝しています。もしよろしければ――」

「断る」


 遮るように放たれた言葉。フィローネはそれに、少し驚いたような顔をしていた。


「貴様には新しい雇い主がいるのだろう? なら、そいつのために働け。それに、我輩は猫だ。猫は誰かを縛ることも、縛り付けることもしない生き物。だから、これからは勝手気ままに生きる」


 フィローネは何かを言いかけた。だが、敢えてそれを飲み込み、ニッと笑う。


「承知いたしました。では、私も勝手気ままに生きます」


 立ち上がるフィローネ。一度ロキに一瞥してから、大型犬を連れて去っていった。


「いいの?」

「いいさ。それに言っただろ? 我輩は猫だ」


 リディアはロキを静かに見つめていた。

 だが、ロキはその顔を見ることなく、空を見上げる。

 変わってしまった自分。そんな自分ができるのは、前を見ることだけだった。


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