秘めた力と不変なる法則
「では、早速始めようか」
騎士団寮の部屋の中、ロキは一度リディアを見上げた。リディアはやる気に満ち溢れているのか、いつもより強い眼差しでロキを見つめ返す。
「まず、貴様の知識を測りたい。いろいろと質問をするから、答えてくれ」
「うん」
「一つ目だ。人はなぜ、魔法が使える? どうして死ぬと魔石になるか、知っているか?」
「うん。人は、ううん生物は必ず〈魔導器官〉というものを持ってる。それがあるから魔力が生み出せるの。人も例外なくそれを持っていて、訓練することで魔法が使えるようになる。そして、死ぬと〈魔導器官〉が変質して、魔石になっちゃう」
「よくできた解答だ。だが、少し足りないな」
ロキはそういって、近くに転がっていた人形と金属製のキャップを咥えて持ってきた。
落とすように離すと、ロキは前足を使って説明し始める。
「確かに生物は魔導器官を持っている。だが、だからといって生物全てが死ぬと、魔石になる訳ではない」
「どういうこと?」
「魔法が生物の身体を変質させる、と言えばいいだろう。一度でも魔法を発動すると、魔導器官に変化が起きる。それと伴い、身体が変質する。ゆえに大きな魔力を秘めた存在が、死しても魔石にならない。まあ、全て魔石になってしまうなら、人は何を食べて生きていけばいいのか、という話になるがな」
最後の言葉を聞いて、リディアは納得したように声を上げた。
そんなリディアを見て、ロキは少し微笑ましく思っていた。
「では、そのことを踏まえて問いかけよう。魔法の発動条件とは何か?」
「えっと、詠唱を正しく行うことで魔法は発動する、だったよね?」
「言葉が足りないな。まあ、一つ一つ整理していこうか」
ロキは目を細める。そして、人形を立てて説明を始めた。
「まず、詠唱を正しくと言ったな。一体何をどう正しく行うのだ?」
「それは、その……」
「わからないか?」
リディアは頬を赤くして、唸りながら考えていた。懸命に頭の中の知識を掻き集めている様子だが、その答えは出てくる気配がない。
「ではヒントだ。人は生きるために、常に何かをしている。それはなんだ?」
「え? えっと、寝たり食べたり、息をしたりかな?」
「ああ、そうだ。だが、それは人それぞれのタイミングがある。どうしてだ?」
「どうしてって、そんなのわからない。人それぞれだし」
ロキはその言葉を聞き、小さく微笑んだ。
そして、リディアに答えとなるヒントを口にした。
「その通りだな。人は、必ずしも同じタイミングを持たない。人それぞれだからこそ、個性が生まれる。ではもし、それが魔法にも適用されているとしたら、どうなる?」
「もしかして――」
リディアは驚いたような表情を浮かべていた。
ロキはそんなリディアを見て、魔法とは何なのかを語る。
「確かに魔法には、決まった呪文がある。だが、それは単なる駆動機器だ。燃料とそれを動かす鍵がなければ、意味がない」
「その鍵になるのが、タイミング。でもそれは、人それぞれだから決まっていない。そういうことなんだね」
「ああ、そうだ。我輩には我輩のリズムとテンポがある。貴様も貴様のそれがあるんだ。人それぞれ持っている鍵も、燃料の質も違う。だからこそ、魔法にも個性が生まれるのだ」
リディアはその言葉を聞いて、とても納得していた。
詠唱を本に記されていた通りにやっていた。だが、そのリズムとテンポではリディアに合わなかったのだ。
魔法が上手く発動しなかったのも、自分に合ったリズムとテンポができていなかったためである。
「ちなみにだ。魔法の発動条件は他にもある」
「他にもあるの?」
「耳にしたことはあると思うが、魔法には媒体が必要だ。影だろうと音だろうとな。その媒体が最低二つ組み合わせることができれば、魔法は発動する」
「そんなの聞いたことがない。魔法は詠唱しないと、上手く発動はしないって書いてたし」
「ああ、本来よりは効力が落ちているな。だが、咄嗟な対応には非常に便利だ。覚えておいても損はないぞ?」
リディアはロキの言葉に目を丸くしていた。
しかし、ロキはそんなリディアに目を細めて眺める。
「理解しがたいだろう。まあ、これは我輩が発見した法則だからな」
「もしかして、オリジナル?」
「いいや、違う。だが、それには近いだろう」
ロキの言葉に、リディアは目を輝かせた。
少しだけ尊敬したような目つきで、ロキに質問をする。
「ロキには、オリジナルがあるの?」
「あるにはある。だが、この身体ではできん。それにあの魔法は、とてもよろしくない」
「すごい! オリジナルがあるなんて、すごい!」
「褒めても何も出てこないぞ? まあ、機会があっても見せることはないと思え」
ロキは思わず口元を緩ませていた。それだけに嬉しさが溢れている。
リディアはそんなロキに、見せたことがない無邪気な顔をしていた。
「さて、これから特訓をしようか。貴様の詠唱呼吸がわかれば、多少はマシになるだろう」
「頑張る! 私、絶対に魔法を発動させてみる!」
「その意気だ」
ロキとリディアは、意気揚々と部屋を出ていく。
その場に、一つの人形を残したまま。




